2018/02/18

ルドン-秘密の花園

三菱一号館美術館で開催中の『ルドン - 秘密の花園』のブロガー内覧会に参加してきました。

三菱一号館美術館といえば、ルドンの「グラン・ブーケ」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。開館時に購入し、2012年の『ルドンとその周辺-夢見る世紀末』でお披露目され、話題になったルドンの傑作です。

内覧会の冒頭、挨拶の中で高橋館長がさまざまな苦難を乗り越えて「グラン・ブーケ」を三菱一号館美術館に迎えた話をされていて、本展が三菱一号館美術館にとって特別な意味を持つ展覧会だということが伝わってきました(「グラン・ブーケ」購入のいきさつについては本展図録にも詳しく載ってます)。

その本展の見どころはなんといっても、「グラン・ブーケ」とともにドムシー男爵家の城館の食堂を飾り、現在はオルセー美術館に所蔵されている15点の装飾画が来日していること。展覧会自体はルドンの初期から晩年まで多岐に渡る画業に触れているのですが、とりわけ花や植物をモティーフにした作品にスポットを当てているのも面白い。オルセー美術館やニューヨーク近代美術館、世界有数のルドン・コレクションで知られる岐阜美術館など国内外の美術館から約90点の作品を集め、とても充実した内容になっていました。


第1章 コローの教え、ブレスダンの指導

ルドンが本格的に画家の道を目指すのは20代半ば。ルドンと印象派のカミーユ・コローに接点があったというのはなかなか結びつかないのですが、コローの助言は修業を始めたばかりのルドンに大きな影響を与えたようです。「毎年同じ場所に行って、木を描くといい」というコローの言葉に従ったのか、ルドンは初期から晩年まで樹木をモティーフにした作品を多く残しています。

[写真左] オディロン・ルドン 「峡谷の入り口の木」 1865年以前 プチ・パレ美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「スペインにて」 1865年 シカゴ美術館蔵

[写真左] オディロン・ルドン 「ペイルルバートの小道」 オルセー美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「風景」 岐阜県美術館蔵

この時代は新古典主義のジェロームに師事したり、ブレスダンやファンタン=ラトゥールからエッチング(腐食銅版画)やリトグラフ(石炭画)の指導を受けたりしていた時期で、作品も油彩や木炭、エッチングなど、さまざまな技法を試みています。

初期の作品にはルドン特有の色彩や象徴主義的な傾向はまだあまりなくて、これルドンなの?と思うような作品もあったりするのですが、たとえばちょっとブーダンぽい「風景」の手前の樹木がいきなり破墨ぽかったり(葉のない樹木というモティーフはこのあとたびたび登場する)、「ペイルルバートの小道」の真っ青な空なんて後のルドンを彷彿とさせます。

[写真左] オディロン・ルドン 「ペイルルバートのポプラ」 岐阜県美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「青空の下の木」 1883年頃 ニューヨーク近代美術館蔵


第2章 人間と樹木

ルドンの実質的なデビュー作となるのが版画集『夢のなかで』。39歳のとき。いわゆる“黒の時代”のはじまりです。ここで展示されていた5点はいずれも木(葉のない樹木)が描かれていたり、柱に根が描かれていたり、ちょっと奇怪です。

[写真右から] オディロン・ルドン 「『夢のなかで』表紙=扉絵」「『夢のなかで』Ⅴ.賭博師」
1879年 三菱一号館美術館蔵
「『ゴヤ頌』Ⅲ.陽気な風景の中の狂人」 1885年 三菱一号館美術館蔵
「『夜』Ⅱ.男は夜の風景の中で孤独だった」「『夜』Ⅴ.巫女たちは待っていた」
1886年 三菱一号館美術館蔵


[写真左] オディロン・ルドン 「兜をかぶった横顔」 1869-79年 プティ・パレ美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「荊の冠の頭部(キリストの頭部)」 1877年 プティ・パレ美術館蔵

木炭画もルドンの初期を特徴づけるものの一つ。黒というより茶に近い独特の色合いや風合いもそうですが、顔の影や荊の陰影と肌の白さのコントラストが印象的です。

[写真左] オディロン・ルドン 「キャリバンの眠り」 1895-1900年 オルセー美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「エジプトへの逃避」 オルセー美術館蔵

“黒の時代”も異界や悪夢をイメージ化したような作品が中心でしたが、色彩を取り戻したあとも、怪奇的なモティーフは影を潜めたとはいえ、非現実的で幻想的な世界観は変わりません。シェイクスピアの『テンペスト』に登場する異形の怪物キャリバンを描いた作品が2つあって、ひとつは鬼のような奇怪な顔をした“黒の時代”のもの、もうひとつはかわいいんだか不気味だか不思議な赤子のような彩色のもの。“黒の時代”を思わせる頭部だけの虫みたいなものが飛んでて、もう『テンペスト』とはほとんど関係なくなっているのはご愛嬌。


第3章 植物学者アルマン・クラヴォー

ルドンが10代の頃に出会い、大きな影響を受けた友人で植物学者のクラヴォーに捧げた版画集『夢想』。キリストの顔が浮き出た聖布など顔の描かれた作品がいくつかあって、いずれもクラヴォーの顔を描いたのではないかとされているそうです。ただどれもどこか悲しげ。光の表現なのか魂なのか、オーブのようなものも飛んでる。

オディロン・ルドン 「『夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)」
1891年 三菱一号館美術館蔵


第4章 ドムシー男爵の食堂装飾

4階中央の一番広いスペースにはドムシー男爵家の食堂装飾画が並んでいます。食堂装飾画は16点あって、その内の10点がこのスペースに展示されています(残り5点+「グラン・ブーケ」は別の部屋)。基本的に実際の室内に飾られていた並びと同じになっていて、往時の雰囲気が良く分かります。美術館の雰囲気にもピッタリ。

ドムシー男爵はルドンのパトロンで、大きな作品の経験がほとんどなかったルドンに装飾画を依頼するわけですが、このチャレンジはルドンにとっても大きな契機となったようです。

[写真左から] オディロン・ルドン 「ひな菊」「人物」
「人物(黄色い花)」「花とナナカマドの実」 1900-1901年 オルセー美術館蔵

オディロン・ルドン 「黄色の背景の樹」「黄色のフリーズ」
1900-1901年 オルセー美術館蔵

[写真左から] オディロン・ルドン 「黄色い花咲く枝」「花のフリーズ(赤いひな菊)」
1900-1901年 オルセー美術館蔵

よく見ると、変な毛虫みたいな模様(?)があったり、手のように伸びる赤い枝があったり、ルドンが装飾画を描くんだからしょうがないよね、みたいなところもあります。

オディロン・ルドン 「グラン・ブーケ(大きな花束)」
1901年 三菱一号館美術館蔵

装飾画は何れも暖色系の柔らかな色彩で描かれているのですが、こうして見ると「グラン・ブーケ」の青色の大きな花瓶だけが異彩を放っているのに気づきます。敢えて寒色を使いながらも明るくカラフルな花々とパステルの柔らかなタッチで彩られた「グラン・ブーケ」は時に華やかに、時に静かに食堂を演出したのだろうなと感じます。


会場にはドムシー城の食堂の室内図がパネルで紹介されているので、どこに窓があって、どこに暖炉があったのかもイメージできます。

[写真左] オディロン・ルドン 「神秘的な対話」 1896年頃 岐阜県美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「ドムシー男爵夫人の肖像」 1900年 オルセー美術館蔵

ドムシー男爵夫人の肖像画があったのですが、肖像画にしては夫人の冷たい表情が印象的。広く空いたスペースに描かれたルドン的な青空がなんとなくシュールな感じもします。


第5章 「黒」に棲まう動植物

ふたたび“黒の時代”(これは単にスペースの関係?)。『夢のなかで』や『起源』、『ゴヤ頌』、『陪審員』、『悪の華』などルドンを代表する“黒の時代”の版画が並びます。

[写真右から] オディロン・ルドン 「『夢のなかで』Ⅰ.孵化」
「『夢のなかで』Ⅱ.発芽」 1879年 三菱一号館美術館蔵

次男が生まれ(長男を幼くして亡くしている)、幸福感に包まれたことがきっかけで画風が大きく変わったといわれるルドン。色彩豊かに描かれた植物や生物がルドンの夢や希望の表れだったとすれば、“黒”の動植物はかつてルドンを覆っていた不安や孤独、死の象徴だったのでしょうか。「天から私が授かったものは、夢にふけることでした」とルドンは語っていますが、“黒の時代”の作品はルドンの心の闇を観るような思いがします。

[写真左] オディロン・ルドン 「預言者」 1885年頃 シカゴ美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「植物人間」 1880年頃 シカゴ美術館蔵

「預言者」と「植物人間」がとてもいいんですが、あまり目に焼き付けてしまうと夢に出てきそうでちょっと怖い(笑)


第6章 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り

こちらは一転、ルドンの作品にたびたび登場するカラフルで幻想的な蝶や草花、水をイメージさせる作品を集めています。まさに“秘密の花園”。

[写真左から] オディロン・ルドン 「マドンナ」 1910年 浜松市美術館蔵
「アレゴリー(太陽によって赤く染められたのではない赤い木」 1905年 岐阜県美術館蔵
「花の中の少女の横顔」 1900-1910年頃 岐阜県美術館蔵
「神秘」 1910年頃 フィリップ・コレクション蔵

[写真左] オディロン・ルドン 「眼をとじて」 1900年以降 岐阜県美術館蔵
[写真右] オディロン・ルドン 「オルフェウスの死」 1905-1910年頃 岐阜県美術館蔵

本展のメインヴィジュアルになっている「眼を閉じて」は『ルドンとその周辺-夢見る世紀末』でも拝見し、とても印象に残っている作品。ルドンの代表作「目を閉じて(閉じられた目、瞑目)」をベースにしていますが、「目を閉じて(閉じられた目、瞑目)」の精神性は薄れた分、色彩感や装飾性が強まってます。

[写真左] オディロン・ルドン 「蝶」 1910年頃 ニューヨーク近代美術館蔵


第7章 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな

花の静物だけが集められています。ルドンの静物画ってあまりイメージが湧かないのですが、この展覧会の流れで観ているととても自然だし、ルドンの別の一面を見るようで興味深いものがあります。このあたりはかつて指導を受け、静物画でも高い評価を得たファンタン=ラトゥールの影響とかもあるんでしょうか。

[写真左から] オディロン・ルドン 「日本風の花瓶」 1908年 ポーラ美術館蔵
「首の長い花瓶にいけられた野の花」 1912年頃 ニューヨーク近代美術館蔵
「花の中の少女の横顔」 1900-1910年頃 岐阜県美術館蔵
「花束」 ボルドー美術館蔵(オルセー美術館より寄託)

花瓶に歌舞伎の「紅葉狩」の鬼婆が描かれた作品がとても印象的。1点だけごく初期の20代後半頃の静物もありました。


第8章 装飾プロジェクト

最後にルドンがデザインを手がけた椅子や衝立、下絵などが紹介されています。椅子や衝立はタピスリーなので、それを前提として計算しデザイン化されていますが、オリヴィエ・サンセールという蒐集家のために制作したという屏風はカンバス地に直接油彩で描かれているので、完全にルドン的世界。それでいて屏風というのがすごくユニーク。


ここ10何年かで何度かルドンの展覧会を観ていますが、観れば観るほどルドンの世界にハマって行くというか、その魅力の深さに気づかされます。会期の長い展覧会ですが、早めにどうぞ。


【ルドン-秘密の花園】
2018年5月20日(日)まで
三菱一号館美術館にて


もっと知りたいルドン―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたいルドン―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2018/02/03

小村雪岱 「雪岱調」のできるまで

川越市立美術館で開催中の『小村雪岱 「雪岱調」のできるまで』を観てきました。

2009年の埼玉県立近代美術館や資生堂アートハウスの回顧展にはじまり、ここ10年でいくつか小村雪岱の展覧会がありましたが、東京近郊で小村雪岱の展覧会が開かれるのは2012年のニューオータニ美術館の展覧会以来久しぶりではないでしょうか。わたしも雪岱の作品をこうして観るのは埼玉県美のとき以来です。

再評価の波もあって最近は雪岱の関連本も相次いで出版されていたり、昨年が生誕130年だったそうで、ちょうといいタイミングの展覧会かもしれないですね。

本展は、鏡花本などの装釘や代表作「おせん」など小説の挿絵原画を中心にした展覧会で、春信に似た細面の美人、肥痩のない細くしなやかな線、シンプルで洗練された構図といった独特の「雪岱調」に行き着くまでとその後の活躍が分かりやすく構成されています。

展覧会の構成は以下のとおりです:
はじめに
第一章 大正期の雪岱
第二章 挿絵の仕事
第三章 「おせん」以後
第四章 雪岱の日本画

会場入ってすぐのところに、雪岱の没後に制作された雪岱画の複製版画があったのですが、クオリティが高くて、面相筆なのか木版なのか分からないぐらいでした。単純な2色の版画ですが、相当摺りを重ねたんだろうという感じがします。

東京美術学校では下村観山に就いて学んでいたという雪岱ですが、展示されていた美校の卒業制作作品という2点は余白もなく隅々まで描き込まれた鮮やかな色彩の作品で、いわゆる雪岱画とは完全に真逆の、そのギャップがとても興味深い。この頃、どういう画家を目指していたのか。

小村雪岱 「青柳」「雪の朝」
大正13年(1924)頃 埼玉県立近代美術館蔵

泉鏡花の小説本の装釘(雪岱は「装丁」でも「装幀」でもなく「装釘」という漢字を用いていたらしい)や資生堂の香水瓶などが並ぶ中、面白かったのが雪岱の描く女性の面貌表現の例として挙げられていたコーナーで、国貞風があったり、水野年方風があったり、大正ロマン風があったりと意外とバラエティに富んでるのが分かります。

雪岱の肉筆の日本画は少ないといいますが、「青柳」「落葉」「雪の朝」の連作は新鮮なトリミングと余白を活かした俯瞰の構図、繊細な線描と落ち着いた色彩に惹かれます。歴史人物画の「武者絵貼り交ぜ屏風」を観ると、古画や絵巻の模写の経験が活きてるんだろうなという印象を受けます。

小村雪岱 「おせん 傘」
昭和12年(1937) 資生堂アートハウス蔵

小村雪岱 「『お伝地獄』より“入れ墨”」
昭和10年(1935) 埼玉県立近代美術館蔵

新聞や小説本の挿絵は当初は好評だったものもあれば不評だったものもあり、一時は挿絵の仕事を控え、舞台美術に集中した時期もあったようですが、だんだんと無駄な描写や“かすれ”などの細工を省き、最低限の線だけで構成された「雪岱調」になっていくのが見て取れます。

谷中笠森稲荷の水茶屋の娘おせんをモデルにした「おせん」は現存する挿絵原画4枚の内2枚が出品。挿絵下図や冊子の絵入草紙、また挿絵をもとに画面構成を改変し描き直された作品などもあり、「おせん」の雰囲気は十分に伝わります。

繊細な線描は原画だからこその味わい。「おせん」以降の「お伝地獄」や「遊戯菩薩」、「忠臣蔵」、「旗本伝法」などの挿絵は墨の二諧調のみの明快でシンプルな画面構成で、物語の一場面をトリミングし、原作をより印象付ける雪岱ならではの行きついた境地のようなものを感じさせます。

小村雪岱 「春告鳥」
昭和7年(1932) 個人蔵

最後にもういちど、主に晩年の肉筆の日本画がいくつか。挿絵画家として活動してからは画壇とも距離を置き、ほとんど展覧会にも出品せず、私的な注文で描くことが多かったとのこと。雪岱調の延長線上にある美人画の数々に、雪岱がもし戦後まで生きていたらどんな作品を残していたのか、と思わずにいられませんでした。

新聞小説の挿絵「西郷隆盛 第二部」は雪岱の最期の作品。「巨盃」を描いたあと倒れ、その2日後に亡くなったそうです。

小村雪岱 「見立寒山拾得」
埼玉県立近代美術館蔵

美術館に着いたのがちょうどギャラリートークが終わったときで少し混んでたのですが、その後は人もまばらでゆっくり鑑賞できました。『日曜美術館』のアートシーンで紹介されるらしいので、会期後半は混み出すかもしれませんね。隣りの常設コーナーにも雪岱の作品が展示されているので忘れずに。


【生誕130年 小村雪岱 -「雪岱調」のできるまで-】
2018年3月11日(日)まで
川越市立美術館にて


小村雪岱随筆集小村雪岱随筆集


小村雪岱―物語る意匠 (ToBi selection)小村雪岱―物語る意匠 (ToBi selection)

2018/01/27

運慶 鎌倉幕府と霊験伝説

金沢文庫で開催中の『運慶 鎌倉幕府と霊験伝説』を観てきました。

ちょうど昨年の10月、トーハクの『運慶展』が盛り上がっている最中、神楽坂ラカグの『運慶ナイト』というイベントで、運慶研究の第一人者・山本勉先生と金沢文庫の瀬谷学芸員のトークを拝聴したのですが、その中で瀬谷学芸員が東国における運慶および運慶派の活動について熱心に語られていて、今回の金沢文庫の展覧会についても触れていたので、大変楽しみにしていました。

本展はその東国における運慶仏、特に鎌倉幕府との関係に焦点を当て、2011年の同館の『運慶 中世密教と鎌倉幕府』を深掘りし、さらに近年の研究の成果が見えて期待通りのとても充実した内容になっていました。



2階の会場でまず圧倒されるのが横並びされた曹源寺の「十二神将立像」。昨年、トーハク本館の仏像コーナーでも展示され、そのカッコよさが話題になった12躯の仏像です。写実的で動きのある造形は運慶派によるものとされていますが、もとは鎌倉・永福寺(廃寺)の運慶による十二神将像の模刻という可能性も指摘されているとか。頭部に付けられた十二支の標幟は江戸時代の補作で、各像の本来の名前と頭の干支が一致しなかったりするので、ちょっと混乱します。トーハクでも真ん中にいた巳神は周りより若干大きいのですが、ほかの異形めいた神将に比べ、表情はどことなく人間的です。

「十二神将立像」(重要文化財)
鎌倉時代 横須賀・曹源寺蔵(※写真は東博での展示時に撮影)

運慶派によるとされる横須賀・大善寺の「天王立像」は顔面が損傷していますが、図らずも内刳りが見えて面白い。中尊寺金色堂の増長天の様式を踏襲しているとあり、平泉との関係も興味深いところ。

運慶仏としては、光明院の「大威徳明王像」と光得寺の「厨子入大日如来坐像」、そして愛知・瀧山寺の「梵天立像」が出ています。光明院と光得寺の運慶仏はトーハクの『運慶展』にも出陳されていましたが、光得寺の「大日如来坐像」は作風や来歴などから運慶の手によるものとされていますが、トーハクでも本展でも運慶作とは明記されていません。瀧山寺の運慶・湛慶合作の三尊は、2011年の『運慶 中世密教と鎌倉幕府』では「帝釈天立像」、昨年のトーハクの『運慶展』では「聖観音菩薩立像」が来ていたので、これでコンプリート。

伝運慶・湛慶作 「梵天立像」(重要文化財)
鎌倉時代・正治3年(1201) 愛知・瀧山寺蔵

その瀧山寺の「聖観音菩薩立像」の造像当初のものとされる装飾金具と鎌倉・永福寺出土の装飾金具が並んで展示されていたのですが、同じ工房で制作されたものと考えられているかで強い興味を覚えました。現在の三尊像は明治時代に彩色されたという話なので、装飾も同じく造り直されたものなのでしょう。横を向けば「梵天立像」があって、一見豪華に見える装飾も造像当初のものと比べると随分シンプルなのが分かります。

「不動明王立像」
鎌倉時代 埼玉・地蔵院蔵

運慶は鎌倉に下るとき、慶派仏師を引き連れていたとされていますが、本展では宗慶、実慶など運慶周辺の慶派仏師による仏像、またその東国の広がりやそこから派生した様式についても積極的に取り上げています。宗慶は康慶の弟子で運慶の兄弟弟子、実慶は運慶の弟子、もしくは兄弟弟子とのこと。宗慶は保寧寺の「阿弥陀如来坐像及び両脇侍立像」、実慶はかんなみ仏の里美術館所蔵の「勢至菩薩立像」と修禅寺の「大日如来坐像」が展示されています。藤沢・養命寺の「薬師如来坐像」も宗慶や実慶の作例に近いと紹介されていました。

「類焼阿弥陀縁起絵巻」(重要文化財)、「阿弥陀如来像」
鎌倉時代 神奈川・光触寺蔵

快慶仏の可能性もあるという仏像もあったり、ユニークな童子像があったり、印象的な仏像は他にもいろいろあるのですが、その中でとりわけ目を引いたのが運慶作と伝わる光触寺の「阿弥陀如来像」。その名のとおり焦げたような跡があり、胸から上は真っ黒。本当に運慶の手によるものなのかどうかは分かりませんが、そうした伝承が語り継がれてきたということは興味深いところです。

近年の研究で運慶作とほぼ断定された舞楽面もあって、陵王の頭上の龍と興福寺現南円堂の広目天(実際には北円堂の持国天だろうとされるもの)の帯喰とが類似しているという指摘も説得力がありました。(家に帰って、トーハクの『運慶展』の図録の写真とまじまじと見比べました)

[写真左] 「舞楽面 陵王」(重要文化財)
鎌倉時代・建保7年(1219) 神奈川・光触寺蔵
(写真右は参考:興福寺現南円堂広目天の帯喰部分)

昨年トーハクで大々的に開かれた『運慶展』に比べたら、規模もはるかに小さいですが、狭い会場に運慶はじめ運慶派の諸仏が所狭しと並ぶ様は濃密。トーハクの『運慶展』に補完する意味でも是非訪れたい展覧会です。


【運慶 鎌倉幕府と霊験伝説】
2018年3月18日(日)まで
神奈川県立金沢文庫にて


芸術新潮 2017年 10 月号芸術新潮 2017年 10 月号

2018/01/20

墨と金 狩野派の絵画

根津美術館で開催中の『墨と金 -狩野派の絵画-』を観てきました。

室町時代に京都で興り、足利将軍家から織田信長や豊臣秀吉、そして江戸幕府へ、時の権力者や政権の御用絵師として400年もの長きにわたって頂点に立ち続けた狩野派。中国絵画の筆様を整理した“真体・行体・草体”の水墨画、文化の成熟と時代のムードを体現した絢爛豪華な金屏風。本展はその“墨”と“金”という狩野派を象徴する2つの側面から狩野派の何たるかを探ろうという企画展です。

展示は全て根津美術館の所蔵品で構成されていますが、作品数は決して多くありませんし、狩野派を語るには正直全く足りません。ただ、そこはさすが根津美術館なので、良い作品が出ています。

会場に入ると、まず拙宗等楊(雪舟)の「潑墨山水図」と芸阿弥の「観瀑図」と狩野正信の「観瀑図」。それぞれ中国・南宋の絵師・玉澗、夏珪を手本にした作品として紹介されています。中国絵画の受容という意味で、室町水墨画から狩野派への流れの手掛かりになりますし、サントリー美術館の『狩野元信展』のおさらいとしてもいいですね。

芸阿弥筆 月翁周鏡ほか二僧賛 「観瀑図」(重要文化財)
室町時代・文明12年(1480) 根津美術館蔵

その元信の作品が意外にも充実しているのが嬉しいところ。「養蚕機織図屏風」は『狩野元信展』にも出品されていた作品。梁楷の「耕織図巻」を研究した元信らしい傑作です。梁楷の絵巻を屏風に展開した構成力といい、硬軟自在な山水の表現といい、広がりと奥行きのある構図といい、養蚕・機織の的確で精緻な描写といい、非の打ち所がありません。

伝・狩野元信 「養蚕機織図屏風」
室町時代・16世紀 根津美術館蔵

「猿曳図屏風」は後の狩野派絵師にも引き継がれる画題。ここである程度基本の構図ができているのが興味深い。断簡(?)の「山水図」は真体の山水図で、伝・元信の作と紹介されていますが、観た感じは元信なのか正信なのか判断の難しいところ。中国画風の折枝画「林檎鼠図」は旧大仙院方丈障壁画の折枝画と比べると、ちょっと硬いというか、恐らく工房作なんだろうなという感じがします。鼠の小さく細い指や精緻な毛書きがとてもリアル。

長吉 「芦雁図」(重要美術品)
室町時代・16世紀 根津美術館蔵

元信の門人とされる絵師の作品を観ることができたのも収穫でした。元信の門人は少なくとも数十人いたといわれていますが、その遺品は少なく、なかなか観る機会がありません。長吉の「芦雁図」は行体の水墨。後期に展示される元信の「四季花鳥図屏風」にもほぼ似た構図の雁の群れが描かれていますが、どちらもソースは牧谿の「芦雁図」。牧谿画にも元信画にも飛ぶ雁が描いているので、長吉の「芦雁図」ももしかしたら上の方に飛ぶ雁が描かれていたのかもしれません。珍牧の「寒江独釣図」は「養蚕機織図屏風」にも描かれていた小舟の上の釣人を描いた作品。これもよく見る構図ですね。関東に進出した狩野玉楽とされる右都御史の「梅四十雀図」は粗放な筆の梅と簡素ながら的確な雀という墨技が楽しめます。

 
狩野探幽 「両帝図屏風」
江戸時代・寛文元年(1661) 根津美術館蔵

江戸狩野では、中国の故事を描いた狩野探幽のきっちりした「両帝図屏風」と、弟・尚信の対照的にミニマルな「山水花鳥図屏風」。「両帝図屏風」は中国古代の皇帝を描いた一種の勧戒画。一方の尚信は探幽が示した瀟洒淡泊と評される余白を活かした減筆体の墨画をさらに推し進めたような屏風で、破墨のような山水と、簡素ながら的確に動態を捉えた鳥が見事。

江戸中期の絵師とされる狩野宗信の「桜下麝香猫図屏風」も印象的。麝香猫も中国絵画や狩野派の作品で見かける画題ですが、ゆるやかな土坡や緑青の水面、また水分の多い絵具で描いた樹木などは琳派を思い起こさせます。

狩野山雪 「梟鶏図」
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵

京狩野にも触れていて、狩野山雪の作品がいくつか。いずれも京博の『狩野山楽・山雪展』にも出品されていた作品。「藤原惺窩閑居図」と「秋景山水図」は山雪の奇矯さはありませんが、異様に屈曲した松の枝は山雪の特徴でもあるとのこと。双幅の「梟鶏図(松梟竹鶏図)」はフクロウとニワトリの目つきが笑えます。2階には狩野山楽と伝わる「百椿図」も展示されているので忘れずに。「百椿図」は2巻からなる絵巻で、さまざまな園芸椿が花器に見立てたさまざまな器(中にはちりとりや箒も)に飾られていて、大名や皇族・歌人らの筆による和歌や俳句、漢詩が添えられています。

サントリー美術館の『久隅守景展』にも出ていた「舞楽図屏風」もありました。濃い色彩が京狩野の影響というように解説されていたのですが、色が濃ければ京狩野みたいな解説はちょっと短絡的。左隻の舞人の図様は俵屋宗達の「舞楽図屏風」に共通するし、守景とほぼ同時代の狩野永納の「舞楽図屏風」にも似た図様があるので、宗達か、あるいは共通の基となる作品に拠っているのではないかと思われます。

最後にあった「源氏物語図屏風」もちょっと何だかなぁという感じ。解説で指摘されていた永徳より光信風を感じもしますが、人物表現は凡庸・稚拙で、画面構成もボテボテしてまとまりがありません、狩野派とするにはかなり見劣りがします。

伝・狩野山楽 「百椿図」(※写真は一部)
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵

少ない作品の中で狩野派らしさ、伝統をいかに見せるかという点で苦労している感じはありますが、狩野派のいくつかの側面を観るという点ではとても良い展覧会だと思います。後期は一部展示替えがあります。


【墨と金 -狩野派の絵画-】
2018年2月12日(月・祝)にて
根津美術館にて


別冊太陽131 狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)別冊太陽131 狩野派決定版 (別冊太陽―日本のこころ)

2018/01/03

博物館に初もうで

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今年も博物館・美術館巡りはトーハクから活動開始! 毎年恒例『博物館に初もうで』に新年早々開館の1時間前から並び、混み合う前にひととおり観てまいりました。朝早いし寒いかなと厚着で出かけたのですが、幸いに風もなく穏やかな晴天で、日差しも心なしか暖か。

今年のお正月は平成館で特別展をやってないので、去年ほど混まないかなと思ってましたが、開館前にはかなりの行列になっていたようですし、お昼過ぎにトーハクをあとにしたときにも当日券を買い求める人の列がかなり長く伸びてました。『博物館に初もうで』も恒例行事となり、年々混雑するようになっている気がします。

今年は戌年ということで、本館2階の特別1室・2室では≪博物館に初もうで 犬と迎える新年≫と題し、戌(犬)をテーマとした作品が展示されています。当然ですが、犬だらけ。たまりませんな(笑)

円山応挙 「朝顔狗子図杉戸」
江戸時代・天明4年(1784) 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

円山応挙 「狗子図」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

犬といえば、長沢芦雪の犬がかわいいと人気ですが、芦雪の師匠・円山応挙の犬の絵が2点出ています(芦雪はありません)。解説に「犬は世界中で最も古くから人に飼われていたと考えられる動物」とあるように、最近サウジアラビアから8000年前と思われる壁画から世界最古の犬の絵が見つかったなんてニュースもありましたし、それこそ「鳥獣戯画」にも犬は出てきますが、応挙以前にここまで仔犬をコロコロモフモフに描いた画家がいたでしょうか。いまはキャラクター化されたかわいい犬の絵はいくらでもあるけど、当時としては革新的だったのではないでしょうか。

竹内栖鳳 「土筆に犬」
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

四条派の流れを汲む竹内栖鳳の「土筆に犬」に描かれた犬も応挙の犬の完全な摸倣。皇居に納められた襖絵の下絵なのですが、この犬が描かれた襖が皇居にあるってことなんでしょうね。

歌川広重 「名所江戸百景・高輪うしまち」
江戸時代・安政4年(1857) 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

喜多川歌麿 「美人子供に小犬」
江戸時代・文化3年(1806) 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

犬が描かれた浮世絵がいくつも展示されていましたが、こうして見ても江戸庶民の日常に犬がフツーに溶け込んでます。広重の「名所江戸百景・高輪うしまち」は“うしまち”というのに牛は描かれず、わらじでじゃれて遊ぶ仔犬が描いているのが面白い。広重の仔犬も歌麿の仔犬もコロコロとして、ちょうど時代的にも応挙の仔犬に影響されてるんだろうなと感じます。

鈴木春信 「犬を戯らす母子」
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

菊川英山 「狆だき美人」
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

狆といえば、大名家や大奥で人気だったという江戸時代を代表する愛玩犬。狆を抱いているというだけでセレブ感が漂いますね。春信の黒い小型犬はなんでしょうか。子どもが母親の後に隠れてるのは犬をおっかながっているのかな?

橋本周延 「江戸婦女」
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

橋本周延(楊洲周延)の肉筆浮世絵「江戸婦女図」にも狆が。江戸の風俗を描いた作品ではありますが、女性の顔はいかにも明治期の美人画という感じです。着物の柄がまた実に細かい。

伝・夏珪 「山水図」
中国・南宋~元時代・13~14世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

ほかにも英一蝶の雑画帖や酒井抱一の絵馬も良かったのですが、こちらは撮影禁止。中国絵画の模本の狗図などもあった中、なぜか夏珪(伝)の「山水図」があって、ここにも犬が描かれているそうです(すぐに見つけましたが)。ほとんどウォーリーを探せ状態(笑)。

「染付子犬形香炉」
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

「緑釉犬」
後漢時代・2~3世紀 東京国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

犬の陶磁器もいくつか。愛らしい仔犬の香炉は平戸焼。口と耳からお香の煙が出るみたい。「緑釉犬」は不細工な感じがどこか愛嬌があって憎めないですね。

「犬形置物」
19世紀 東京国立博物館蔵(ライプツィヒ民族学博物館寄贈) (展示は1/28まで)

磁器の街として知られるドレスデンで作られたといわれる犬型の置物。スパニエルでしょうかね。目にはガラス玉がはめられているそうです。

「釈迦金棺出現図」(国宝)
平安時代・11世紀 京都国立博物館蔵 (展示は1/28まで)

つづいて国宝室。ここ数年、お正月に決まって公開されていた長谷川等伯の「松林図屏風」が今年はお休み。今年は平安時代後期を代表する仏画「釈迦金棺出現図」が展示されてます。横2mを超える大変大きな仏画で、お釈迦様が入滅し摩耶夫人が嘆き悲しんでいると、お釈迦様が身をを起こし母のために説法したという仏教説話を絵画化したもの。色も良く残っていて、金銀による彩色や色のぼかしなど、大変丹念に描きあげられたものであることが分かります。単眼鏡で覗くと、描かれている人物や動物に名前らしきものも記されています(背景の色や着物の柄に交じったりして分かりづらい)。

左:「釈迦金棺出現図(部分)」、右(参考):伊藤若冲 「象と鯨図屏風(部分)」

右下によもや若冲の白象が!若冲はこうした仏画の図像を参照してるんでしょうね。

「鳥獣戯画断簡」(重要文化財)
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

山崎董詮模写 「鳥獣戯画模本(甲巻)」
明治時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

常設展(総合文化展)にも関連企画の展示があります。本館3室<宮廷の美術>には「鳥獣戯画断簡」と「鳥獣戯画甲巻 模本」。「鳥獣戯画断簡」は甲巻の一部だったとされるもので、昨年重要文化財に指定されたばかり。模本は、東博本断簡につづく部分とされる場面が展示されていました。

伝・狩野元信 「楼閣山水図屏風」(重要美術品)
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

「梅樹禽鳥図屏風」
室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

<禅と水墨画>には元信と伝わる「楼閣山水図屏風」。昨年の『狩野元信展』には出品されてない作品で、真体による松や岩、山稜の描写が正信から元信にかけての表現を感じます。一方となりにあった「梅樹禽鳥図屏風」は元信の三男・狩野松栄周辺で活動した狩野派の絵師によるとされるもの。梅の木の曲がりくねり方が松栄の息子・永徳が聚光院に描いた「梅花禽鳥図(四季花鳥図襖)」の梅の大樹を彷彿とさせます(ちょうど反転してる)。

亜欧堂田善 「浅間山図屏風」(重要文化財)
江戸時代・19世紀 東京国立博物館蔵 (展示は2/4まで)

7室<屏風と襖絵>には江戸後期の洋風画を代表する亜欧堂田善の「浅間山図屏風」。よくよく見ると油絵なんですね、これ。手前から奥へ丘や山を重ねていく遠近感、油絵の独特の色彩、洋風画なのに屏風というのもユニーク。

安土桃山時代の筆者不詳の「宮楽図」は中国の宮廷風俗を描いた作品。恐らく狩野派なのでしょう。京狩野の狩野永敬の「十二ヶ月花鳥図屏風」は昨年も同じ時期に出てましたね。ほかの作品を展示してくれたらよかったのに。

伊藤若冲 「松梅孤鶴図」
江戸時代・18世紀 (展示は2/4まで)

8室<書画の展開>には若冲のおめでたい鶴図。若冲らしい独特のフォルムの鶴と、松なのか何なのか最早よく分からない松が面白い。ここでは酒井抱一の「五節句図」、英一蝶の「大井川富士山図」、宋紫石の「日金山眺望富士山図」、田中訥言の「十二ヶ月風俗図屏風」も印象的。

「縄暖簾図屏風」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 個人蔵 (展示は1/28まで)

<浮世絵と衣装>には、初期風俗画の「縄暖簾図屏風」。立兵庫の遊女が小犬を追って暖簾から顔を覗かせています。縄暖簾と御簾という組み合わせが不思議ですが、左側の御簾は後補だそうで、もともとは男性が描かれていたのではないかと思われているとのこと。『源氏物語』の一場面を下敷きに描かれているそうです。

横山大観 「無我」
明治30年(1897) 東京国立博物館蔵 (展示は2/12まで)

1階18室<近代の美術>には大観の「無我」と「松竹梅」の屏風。今年、東京近代国立美術館で大観生誕150年の大々的な回顧展が開かれますが、今の時期に並んでいるということは、この「無我」は東近美には出ないんでしょうか? それとも大観展の話題作りの意味で出てるのかな?

ここではほかにも今尾景年の「鷲猿」や柴田是真の「雪中の鷲」、橋本雅邦の「狙公 」、近代洋画では小林万吾の「門付」が印象的でした。青木繁の代表作「日本武尊」や平櫛田中の彫刻なども展示されています。

浅井忠 「グレー風景(黄昏)」「仏国モンクールの橋」
明治34年(1901) 東京国立博物館蔵 (展示は2/12まで)

浅井忠 「フランス風景」「グレー風景」
明治34年(1901) 東京国立博物館蔵 (展示は2/12まで)

その中で目を惹いたのが、浅井忠が留学先のフランスで描いた水彩画。フランス留学前の、“脂派(やには)”と呼ばれていた頃とは全然違う、明るく優しい色合いと柔らかな光が印象的です。



平成館の考古展示室、東洋館をぐるりと回って、お昼前。午後に用事があったので、法隆寺宝物館と黒田記念館は今回パスしましたが、今年もお正月からトーハクを堪能してきました。


【博物館に初もうで】
2018年1月2日(火)~1月28日(日)
開館時間、休館日、作品の展示期間など詳しくは東京国立博物館のウェブサイトでご確認ください。