2017/04/22

茶の湯展

東京国立博物館で開催中の特別展『茶の湯』を観てまいりました。

室町の東山御物や唐物趣味から近代の数寄者旧蔵品まで、“茶の湯”の歴史とその世界を、数々の名品・名椀とともに展観するという展覧会。“茶の湯”をテーマにしたここまで大規模な展覧会はトーハクでは実に37年ぶりなのだそうです。

長次郎あり、利休あり、もちろん大名物もあり、織部の茶室まで再現されてるし、何といっても集めに集めた名碗の数々は、あれも来てる、これも来てるで、もうこれ以上は望めないんじゃないだろうかという贅沢さ。一幅のお茶どころか、ドラム缶でお茶飲んだぐらいにおなかがいっぱいになりました。

ちょうど東京国立近代美術館では『茶碗の中の宇宙』もあったり、出光美術館でも『茶の湯のうつわ』があったり、今年は“茶の湯”ブームなのでしょうか。それにしても、これだけあちらこちらで同時期に“茶の湯”をテーマにした展覧会があると、一気に勉強できて有難いです。


会場の構成は以下のとおりです:
第一章 足利将軍家の茶湯-唐物荘厳と唐物数寄
第二章 侘茶の誕生心にかなうもの
第三章 侘茶の大成千利休とその時代
第四章 古典復興小堀遠州と松平不昧の茶
第五章 新たな創造近代数寄者の眼

牧谿 「観音猿鶴図」 (国宝)
南宋時代・13世紀 大徳寺蔵 (※展示は5/7まで)

まず会場に入ってすぐ、目に飛び込んでくるのが牧谿の「観音猿鶴図」。滅多に公開されない作品であり、周文や長谷川等伯、狩野派などにも大きな影響を与えた水墨画の傑作です。等伯や山楽らの猿の絵が本作をモトにしていることでも有名ですね。おととしトーハクの『博物館に初もうで』で横山大観が模写した作品を観ていますが、牧谿の実物は初めて拝見しました。猿の毛の質感と鶴の羽毛の質感が全く違っていたり、観音様の顔の線質と衣文線の線質に変化をつけるなど、猿と観音様と鶴の筆調がそれぞれに異なり、三幅それぞれに水墨の技法のすべてが詰まったような素晴らしい作品でした。

[写真左から] 梁楷 「六祖截竹図」 (重要文化財)
南宋時代・13世紀 東京国立博物館蔵 (※展示は4/23まで)
(伝)梁楷 「六祖破経図」 南宋時代・13世紀 三井記念美術館蔵

梁楷の「六祖截竹図」と「六祖破経図」が並んで観られるのは三井記念美術館の『東山御物の美』以来ではないでしょうか。竹を切って悟りを得たという故事と、悟りは文字で伝えられるものではない禅の教えを描いたもの。それぞれ所蔵先(東博と三井記念美術館)が異なるので、こうした機会でもなければ一緒に見られません。

梁楷の「寒山拾得図」と馬麟の「寒山拾得図」が並んで展示されていたのも面白かったです。いずれも速筆の闊達な線なのですが、それぞれに味があり、とくに梁楷のニタリとした「寒山拾得図」がいい。梁楷は円窓に破墨の岩と略筆の鷺を描いた「鷺図」も印象的。

絵・藤原隆章 「慕帰絵 巻五」(重要文化財)
南北朝時代・観応2年(1351年) (※展示は4/23まで)

なんと室町時代を代表する絵巻の一つ「慕帰絵」が、『絵巻マニア列伝』ではなくこちらに出てました。覚如上人の伝記絵巻「慕帰絵」は本願寺の重宝で、絵巻マニアの足利義尚が借りたものの何年も返却せず、結局10巻のうち2巻を失くしてしまったという作品(その後補作)。展示されているのは歌合の部屋の隣で食事の支度やお茶の用意をしているという場面。日本の喫茶文化は室町時代から広まったといわれているので、その頃の風景なのでしょう。床の間には青磁らしきものが飾られているのも見えます。

曜変天目 稲葉天目」(国宝)
南宋時代・12~13世紀 静嘉堂文庫美術館蔵 (※展示は5/7まで)

本展は、出品作のほぼ9割が茶碗や茶器、香合など茶道具。茶の湯の世界に疎い人でも、この展覧会を観れば、ほぼ間違いなく、一通りの知識が身につけられるのではないでしょうか。各章はさらにこまかにテーマが設けられ、そのテーマに沿って作品がまとめられているので、大変見やすく、また分かりやすいと感じました。

前期展示の目玉は、最近何かと話題の“曜変天目”。国宝とされる三椀の曜変天目茶碗のうちの一つ。照明がややフラットだったので、静嘉堂文庫美術館で自然光の中で観たほどの感動は正直なかったのですが、それでも小宇宙とも評される瑠璃色の光彩は一見の価値ありです。

「油滴天目」 (国宝)
南宋時代・12~13世紀 大阪市立東洋陶磁美術館蔵

「灰被天目 銘 虹」 (重要文化財)
元~明時代・14~15世紀 文化庁蔵

油滴天目茶碗の唯一の国宝、大阪市立東洋陶磁美術館の「油滴天目」は初めて拝見しました。ビッシリと現れた斑文が金にも銀にも見えて素晴らしいの一言。「稲葉天目」もそうですが、これでお茶をいただくということが全く想像できませんが…。

油滴天目茶碗はたくさん展示されていて、他にも「灰被天目」や「禾目天目」、「木葉天目」、「文字天目」、「鸞天目」など、華麗な天目茶碗がズラリ。中でも、兎の毛のような銀色の景色が面白い「建盞(禾目天目)」や、黄色の斑模様が鼈甲柄に見えることからその名がつく「玳玻盞 鸞天目」が面白かったです。こうした見た目にも美しい天目や青磁といった唐物茶碗は足利将軍家には尊ばれたのでしょう。

「唐物肩衝茶入 銘 初花」 (重要文化財)
南宋~元時代・13~14世紀 徳川記念財団蔵 (※展示は4/23まで)

大名物として名高い「肩衝茶入 初花」。天下三肩衝と呼ばれた茶器の一つで、信長、秀吉、家康と手に渡っていった茶入としても有名ですね。この端正な形と何とも言えない釉薬の景色が時の権力者を虜にしたんだろうなと、そんな感慨を覚えました。

初代長次郎 「赤楽茶碗 銘 無一物」 (重要文化財)
安土桃山時代・16世紀 頴川美術館蔵 (※展示は5/7まで)

初代長次郎 「黒楽茶碗 銘 ムキ栗」  (重要文化財)
安土桃山時代・16世紀 文化庁蔵

第二会場に入ったところには長次郎の名碗が6点も。『茶碗の中の宇宙』で4月上旬まで限定公開されていた「無一物」や「白鷺」、「一文字」、「万代屋黒」はこちらにも出品されています。「ムキ栗」、「俊寛」、「利休」(展示は4/16まで)はこちらだけのようです。 「無一物」はちょうど1年前、松濤美術館の『頴川美術館の名品』で初めて観て、そのカセ肌の味わい深さに強く感銘を受けた作品。林屋晴三理事の講演を拝聴し、茶碗の魅力を教えてもらったというのも大きかったと思います。本展の開幕直前に林屋氏の訃報が飛び込んできましたが、この『茶の湯展』をご覧になりたかっただろうなと、長次郎を見ながら、そんなことを考えていました。

本阿弥光悦 「黒楽茶碗 銘 時雨」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 名古屋市博物館蔵

少し先のコーナーでは、樂家三代目・道入(ノンコウ)と光悦の作品も。光悦の黒楽茶碗のゆったりとした佇まいの美しさ、ザラッとした肌の味わい。素晴らしいですね。ノンコウの「残雪」は蛇褐釉の風景がまたとても魅力的でした。

高麗茶碗や大井戸茶碗、志野や織部、黄瀬戸、信楽、唐津といった名碗の数々。もう挙げたらキリがないのですが、雨漏り状の染みの模様が味わい深い「雨漏茶碗」、大胆な造形と黒釉に浮かび上がる模様が印象的な織部黒茶碗の「悪太郎」に強く惹かれました。

「雨漏茶碗」 (重要文化財)
朝鮮時代・16世紀 根津美術館蔵

「志野茶碗 銘 卯花墻」 (国宝)
安土桃山時代~江戸時代・16~17世紀 三井記念美術館蔵

会期末の2週間には東山御物を代表する傑作、「紅白芙蓉図」も限定公開されます。

李迪 「紅白芙蓉図」 (国宝)
南宋時代・慶元3年(1197) 東京国立博物館蔵 (※展示は5/23から)

この4月からトーハクの金・土の夜間開館が21時までになったのに伴い、『茶の湯展』も金・土は21時までやってます。仕事帰りに行ってもゆっくりできるのがうれしいですね。とはいえ、『茶の湯展』は出品作が多いので、2時間観てましたが、それでも最後は駆け足になってしまいました。時間にゆとりをもって出かけられるのをお勧めします。


【特別展 「茶の湯」】
2017年6月4日(日)
東京国立博物館にて


決定版 はじめての茶の湯―点前の基本から茶事まで 表千家家元の指導による最新版の茶の湯入門書 (主婦の友新実用BOOKS Hobby)決定版 はじめての茶の湯―点前の基本から茶事まで 表千家家元の指導による最新版の茶の湯入門書 (主婦の友新実用BOOKS Hobby)


月刊目の眼 2017年5月号 (東京国立博物館 特別展「茶の湯」 名碗を創造した茶人たち 奈良国立博物館 特別展「快慶」 快慶を護るお寺をたずねて)月刊目の眼 2017年5月号 (東京国立博物館 特別展「茶の湯」 名碗を創造した茶人たち 奈良国立博物館 特別展「快慶」 快慶を護るお寺をたずねて)

2017/04/21

茶碗の中の宇宙

東京国立近代美術館で開催中の『茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術』を観てまいりました。(といっても既に1ヶ月以上前のことですが…)

初代長次郎から十五代吉左衞門まで、一子相伝で伝えられてきた“樂焼”の450年の歴史をたどる展覧会。京都に引き続いての待望の東京展です。

まぁ“茶の湯”の嗜むというような生活を普段してませんので、茶碗は観る専門というか、あまりよく分かってないところが多いのですが、樂茶碗の名品が一堂に会する過去最大規模の展覧会とあって、昨年からずっと楽しみにしていました。

会場は照明をあえて暗くしていて、にじり口から利休の茶室に入り、そこで長次郎の茶碗に初めて出会うことをイメージしているのだそうです。茶碗を照らす照明も計算されていて、ほの暗い空間で観る樂茶碗は大変美しく、なるほど“茶碗の中の宇宙”という言葉がピッタリです。


初代・長次郎 「二彩獅子」 (重要文化財)
1574年 樂美術館蔵

まずは長次郎。最初に展示されていた「二彩獅子」はこれが長次郎の作品なの?と思ってしまうような、長次郎の茶碗の静寂さとは真逆の豪壮さがあります。“二彩”とあるように低火度二彩釉という素三彩の技法が使われているのだとか。ほかにも素三彩の平鉢もあって、楽焼のルーツといわれても、ちょっと意外な感じがします。

初代・長次郎 「黒樂茶碗 銘 大黒」 (重要文化財)
16世紀 個人蔵

初代・長次郎 「黒樂茶碗 銘 禿」
16世紀 表千家不審菴蔵

長次郎の茶碗は13点(4/16以降は9点のみ展示)。利休七種の「大黒」をはじめ、黒楽茶碗、赤楽茶碗の名品が並びます。“手づくね”と呼ばれる、手のひらの中で作られるその侘びた風情、黒や赤のモノトーンのカセた土肌、個性を一切排した無作為の美しさ。もうたまらんですね。個人的には代々の樂茶碗の中でも長次郎のミニマルさが一番好きかも。

「大黒」は利休が好んだとされる“長次郎七種”のうちの1碗。飾り気のない端正な佇まいが惚れ惚れするほど美しい。黒楽では「万代屋黒」、「本覚坊」もかなり好みですが、「禿」の少しぼってりした、それでいて手の中に静かに収まりそうな形がいいですね。光沢のない少し赤茶けたような色合いも枯淡の趣があります。赤楽茶碗では、「太郎坊」が「無一物」とはまた違い、厚作りの感じといい、腰のあたりの丸みといい、これ好きだなぁと思いました。

初代・長次郎 「赤樂茶碗 銘 太郎坊」 (重要文化財)
16世紀 裏千家今日庵蔵

初代・長次郎 「赤樂茶碗 銘 一文字」
16世紀 個人蔵 (展示は4/9まで)

長次郎の妻の祖父で、二代・常慶の父という田中宗慶と、樂家とも繋がりの深い本阿弥光悦の作品を除けば、代々の作品が紹介されているのですが、やはり江戸時代の樂茶碗はどれを見てもそれぞれに持ち味があり、伝統回帰と新たな創造が交互に現れるのがまた面白い。

二代・常慶では歪んだ造形に大胆さと落ち着きがある「黒木」、金継ぎも印象的な「香炉釉井戸形茶碗」、三代・道入(ノンコウ)ではモダンささえ感じる「青山」、深く不思議な色合いが後を引く「鵺」、四代・一入では独特の深い赤味が侘びた風情を感じる「つるし柿」、五代・宗入は黒釉のカセた味わいが印象的な「梅衣」、六代左入では女性には呑みづらそうな大ぶりで重厚な「ヒヒ」、九代・了入では大胆なヘラ削りがモダンでありつつ気品も感じる「白樂筒茶碗」あたりが特に惹かれました。

三代・道入 「黒樂茶碗 銘 青山」 (重要文化財)
17世紀 樂美術館蔵

三代・道入 「赤楽茶碗 銘 鵺」 (重要文化財)
17世紀 三井記念美術館蔵

後半は当代・吉左衞門の作品で、これは好みの問題でしょうが、作為しすぎというか、表現過多で個人的にあまり好きではありませんでした。ただ“楽焼”とはそもそも「今の焼き物」という意味があるそうで、かつての楽焼も当時としては前衛だったのだろうと考えると、正しい姿なのかもしれない思います。フランスで作陶したという一連の作品は肩の力が抜けた感じが良かったです。

本阿弥光悦 「赤樂茶碗 銘 乙御前」 (重要文化財)
17世紀 個人蔵

いま東京では“茶の湯”がテーマの展覧会がいくつか開催されていて、『茶の湯展』が開催されている東京国立博物館と東京国立近代美術館の間で無料シャトルバスを運行したり、出光美術館で開催中の『茶の湯のうつわ』と相互割引をしていたり、お得なコラボ企画があったりします。普段“茶の湯”の世界に馴染みのない人も、この機会に“茶の湯”の世界を覗いてみるのもいいのではないでしょうか。


【茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術】
2017年5月21日まで
東京国立近代美術館にて


定本 樂歴代―宗慶・尼焼・光悦・道樂・一元を含む定本 樂歴代―宗慶・尼焼・光悦・道樂・一元を含む

2017/04/15

絵巻マニア列伝

サントリー美術館で開催中の『絵巻マニア列伝』を観てまいりました。

本展は、絵巻を年代順やテーマごとに並べるというのではなく、平安時代の後白河院から江戸時代の松平定信まで、絵巻マニアたちの“マニアぶり”を彼らが虜になった絵巻とともに紹介するという企画展。絵巻を集めたり、取り寄せたり、貸し借りしたりならただのオタクですが、気に入った絵巻を写したり、古い絵巻を修復したり、新作をプロデュースしたりとみんなかなりの筋金入り。

半年ぐらい前ですが、高岸輝氏の『室町絵巻の魔力-再生と創造の中世』を読みまして、歴代の足利将軍の絵巻に対する強いこだわりや、歌合のように左右に分かれ絵巻を見せ合い優劣を競う“絵合”のこと、失われた絵巻の数々、そして土佐派の成立ちなど、丹念な調査をもとに事細かに書かれ、非常に面白かったこともあり、ちょうど絵巻を観たい熱が自分の中でも盛り上がっていたところ。そんな絵巻の世界に魅入られた“絵巻マニア”が主役の展覧会とあって、とっても楽しみにしていました。


序章 : 後白河院

『平家物語』でもおなじみ後白河院。後白河院が平清盛に命じ建立させた蓮華王院(現在の三十三間堂)の宝蔵には数多くの絵巻物が納められたといわれます。平安末期の絵巻のことを調べていると、多くの作品で後白河院の関与説が出てきて、実際のところどこまで関わっていたかは不明ですが、恐らく新たに創らせた絵巻もあれば、収集した絵巻もあるでしょうし、直接的な関係はなくても同時代に創られたという絵巻もあるのでしょう。それだけ後白河院の院政文化のもとでは絵巻ブームが盛り上がっていたんだなと思います。

飛騨守惟久・画 「後三年合戦絵巻 巻中」 (重要文化財)
貞和3年(1347) 東京国立博物館蔵 (写真は部分) ※展示は4/24まで

蓮華王院宝蔵に所蔵されていたとされる絵巻は内裏火災で焼失したり、長い歴史の中で散逸したりして現存しませんが、所蔵絵巻を写したとされる「年中行事絵巻」や後年新たに制作された「後三年合戦絵巻」などが本展に出品されています。「後三年合戦絵巻」は比較的大きな絵巻で、凄惨な戦の描写や、まるで『蜘蛛巣城』のような矢の嵐など、臨場感溢れる合戦の様子が広い画面いっぱいに描かれていて、思わず引き込まれます。

「病草紙断簡 不眠の女」 (重要文化財)
平安時代・12世紀 サントリー美術館蔵

「病草紙断簡 頭のあがらない乞食法師」 (重要文化財)
平安時代・12世紀 九州国立博物館蔵 ※展示は4/10まで

「病草紙」も後白河院の周辺で成立したといわれる絵巻。現在は場面ごとに切り離され、21段が現存。その内6段が本展で公開されます(※各段で展示期間が異なります)。六道絵の一つとされ、不眠症だったり、いねむりばかりしてたり、骨が変形する病気だったり、いずれも病に苦しむ人々が取り上げられているのが興味深い。重い病気や先天性疾患は昔は業病とされていたんでしょうね。展示されていた3段を見る限り、たとえば「不眠の女」は白描の卓越した筆線が見て取れ、かなり優れた絵師の手によるものだろうことが分かります。


第1章 : 花園院

鎌倉時代後期、花園院の時代の絵所預といえば、東博の『春日大社 千年の至宝』でも大きく取り上げられた「春日権現験記絵」を描いた高階隆兼。ここでは高階隆兼の作とされる絵巻を中心に、蓮華王院宝蔵の絵巻(宝蔵絵)の影響や隆兼様式の広がりを紹介しています。

「石山寺縁起絵巻 巻一」 (重要文化財)
絵 鎌倉時代 正中年間(1324-1326)頃、詞 南北朝時代・14世紀後半 石山寺蔵

「石山寺縁起絵巻」は大津・石山寺の縁起絵。現存七巻の内、巻一~巻三は高階隆兼(または工房)作と考えられているといいます。「春日権現験記絵」と「石山寺縁起絵巻」が並んで展示されていて、比較するとよく分かりますが、人物描写がとてもよく似ています。鎌倉や室町の絵巻は作者が不明なものも多いのですが、序章でも常盤光長の筆とされる「伴大納言絵巻」(展示は複製)と「年中行事絵巻」(展示は模写)が並んでいて、比べられるのが有り難い。


第2章 : 後崇光院・後花園院 父子

本展は絵巻マニアたちのマニアたる所以を今に伝える資料の展示も充実しています。伏見宮貞成親王(後崇光院)の日記『看聞日記』は上述の『室町絵巻の魔力』でもたびたびソースとして引用されている中世絵巻の第一級の資料。絵巻を鑑賞して楽しむだけでなく、絵巻を転写したり、新作を制作したりという当時の絵巻マニアたちの傾倒ぶりが細かに記されています。

「福富草紙」 (重要文化財)
室町時代・15世紀 春浦院蔵

和尚と小坊主のやりとりが可笑しい「法師物語絵巻」や放屁の芸を描いたお伽草子「福富草紙」は後崇光院の命で制作もしくは転写されたといいます。しかも画中詞は自ら書き入れたとも。こういうユーモラスな話も公家や武家の間では人気だったのですね。

「放屁合戦絵巻」
文安6年(1449)写 サントリー美術館蔵

「福富草紙」の後日譚を描いたとされるのがサントリー美術館所蔵の「放屁合戦絵巻」。「福富草紙」は滑稽ながらも線描が的確で、図録の解説にもありましたが、人々の表情や大げさな身振りは確かにどこか「伴大納言絵巻」や「信貴山縁起絵巻」を思わせます。一方、「放屁合戦絵巻」はタッチが全く異なり、戯画的で、まるでギャグマンガ。「放屁合戦絵巻」の原本は宝蔵絵とされ、すでに平安時代にこうした絵巻が存在したということが驚きです。

「玄奘三蔵絵 巻四」 (国宝)
鎌倉時代・14世紀 藤田美術館蔵
※展示は4/24まで(4/26からは巻八を展示)

貞成親王の息子・後花園院はさらに輪をかけたような絵巻マニアだったようで、「玄奘三蔵絵」を当時の持ち主・興福寺から取り寄せ、父子揃って借覧したこともあったといいます。前期展示では、玄奘三蔵が仏頂骨城から捨身飼虎の地まで釈迦の足跡を辿る場面が展示されていますが、その密度の高い描写にはビックリ。濃厚鮮明な青緑山水の色彩や異国風な花や木の実、珍しい動物など豊かな風景描写の中で物語が展開していて、目を輝かせながら絵巻に没頭する後崇光院と後花園院の様子が目に浮かぶようです。三蔵が山の中で出くわす虎が、虎でもなく猫でもなく、タヌキみたいなのがかわいい。


「融通念仏勧進帳」が展示されていて、実際の絵巻がないのはなぜだろうと思っていたのですが、この対となる本は現存しないのだそうです。ただ「融通念仏縁起絵巻」は室町絵巻の最重要作例とされるので他の転写本でもいいので出して欲しかったな。


第3章 : 三条西実隆

時代的には後花園院とも重なり、後花園院の息子・後土御門から三代の天皇に重用された公卿・実隆。その日記『実隆公記』には実隆が鑑賞した絵巻の数々が記されているといいます。碩学として名高い実隆は絵巻制作のチーフプロデューサー的なこともしていたそうで、本コーナーに展示されている「石山寺縁起絵巻 巻四」や「地蔵堂草紙絵巻」、「当麻寺縁起絵巻」、「桑実寺縁起絵巻」、「酒伝童子絵巻」はいずれも実隆のもとで制作されたのだとか。

実隆は能書家としても知られ、「石山寺縁起絵巻 巻四」や「地蔵堂草紙絵巻」の詞書も実隆の筆といいます。「地蔵堂草紙絵巻」では真面目に写経をしているのかと思ったら「早く写経を終えて、女と寝たい」と書いていたという場面が展示されていて、思わず笑ってしまいました。

「地蔵堂草紙絵巻」
室町時代・15世紀 個人蔵

この頃になると宮中の絵所預だった土佐派の活躍ぶりが目立ちます。出品されているものだけでも、「地蔵堂草紙絵巻」は土佐光信、「当麻寺縁起絵巻」と「桑実寺縁起絵巻」は光信の子・光茂の手によるものとされています。光信の「三条西実隆像紙形」のデッサン力の高さも驚きです。

同じく土佐派の絵師(土佐行定説が濃厚?)によるとされる「石山寺縁起絵巻 巻四」は「巻一」同様に琵琶湖の青々とした湖面が印象的。巻一は霞引きが白なのに対し、巻四は薄い青。これは補作時の趣向なのか、もしくは巻一も元は薄い青で退色しただけなのでしょうか?土佐派とされる絵巻では他にも「当麻寺縁起絵巻」と「桑実寺縁起絵巻」で水彩のような青の霞引きが見られました。

「桑実寺縁起絵巻」は境内の地面や波立つ湖面、そして観音様の周囲に金泥を多用していて、次の章に展示されていた「巻下」も田んぼの畔道が金泥だったり、豪華というか斬新というか。この時代の土佐派の作品は、古典として仰がれた隆兼様式の倣いながらも、全体的に淡彩なところがあって、豊かな色彩と金銀の調和を図りつつ、これまでにない視覚表現に挑んでいるところが新しいですね。

土佐光茂・画 「桑実寺縁起絵巻 巻上」 (重要文化財)
天文元年(1532) 桑實寺蔵

そして興味深いのは狩野元信の「酒伝童子絵巻」で、漢画系の狩野派がやまと絵の領域に進出をしていたことが分かります。狩野派の祖・正信は室町幕府の御用絵師として仏画や肖像画、障壁画を手がけたとされますが、応仁の乱の頃になると政情不安から需要が減り、後継者の元信は公武僧俗に支持層を広げざるを得なかったともいわれます。大変色彩豊かかつ濃厚で、これが狩野派の絵巻なのかと驚くのですが、岩山の描き方がやはり土佐派とは違い、狩野派らしい。

狩野元信・画 「酒伝童子絵巻」 (重要文化財)
大永2年(1522) サントリー美術館蔵


第4章 : 足利将軍家

第1章で、後白河院が源頼朝に自慢のコレクションを見せようと誘ったら丁重に断られたというエピソードが紹介されていましたが(その息子・実朝は相当な絵巻好きだったらしい)、さすがに京都の室町幕府は公家との結びつきも強いのか、歴代の絵巻熱は相当のものだったようです。

とりわけ絵巻に熱を上げたのが本展で取り上げられている9代将軍・義尚で、夜になってどうしても絵巻が見たくなり、後土御門天皇のもとへ絵巻を見に参内したとか、3日で絵巻26巻を一気に観たとか、その強引は絵巻の貸出要求は“絵巻狩り”と恐れられたといいます。義尚というと応仁の乱で若くして亡くなりますが、戦乱の世のストレスで絵巻の世界に逃げ込んだのでしょうか。

土佐光茂・画 「桑実寺縁起絵巻 巻下」 (重要文化財)
天文元年(1532) 桑實寺蔵

「誉田宗庿縁起絵巻」は比較的大きな絵巻で、高階隆兼の「春日権現験記絵」や「石山寺縁起絵巻 巻一」を彷彿とさせるところがありますが、人物描写は巧いのですが、あまり遊びがなく、真面目な絵巻という印象。室町時代を代表する絵師の一人、粟田口隆光の筆といわれます。

「硯破草紙絵巻」はその縦半分以下ぐらいの小絵と呼ばれる小さな絵巻。状態はあまりよくないのですが、光信の筆とされ、とてもしみじみとした情趣があって素晴らしい。同じく小絵の「長谷寺縁起絵巻」は描かれる人物も当然小さいのですが、これがすごく生き生きとして巧い。こちらは光茂の作。

「誉田宗庿縁起絵巻 巻中」 (重要文化財)
永享2年(1433) 誉田八幡宮蔵

当時の資料からは背景も知れて興味深い。足利将軍家の蔵書を記録した「禁裡御蔵書目録」には今は失われた絵巻や物語の名が並び、「武蔵房弁慶物語」や「弥勒地蔵合戦記」、「鴉鷺合戦記」、「切目王子絵詞」、「女人可想男子絵詞」など、そのタイトルからどんな絵巻だったのか想像も膨らみます。


終章 : 松平定信

最後に江戸時代の絵巻マニアの代表・松平定信。8代将軍・徳川吉宗の孫で、寛政の改革を推し進めたことで知られる定信は書画や古物に関心を寄せる文化人としても知られ、昨年サントリー美術館で開催された『小田野直武と秋田蘭画』でも定信の描いた花鳥画が展示されていましたが、本展でも絵巻の装束や調度など有職故実を自ら描き写した「古画類聚」が展示されています。

「蒙古襲来絵詞 後巻」
鎌倉時代・13世紀 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 ※展示は4/17まで

これまで紹介された絵巻マニアとはちょっと違って、定信は研究者肌という側面もあったようですね。近畿各地の古社寺の宝物の調査をしたり、「春日権現験記絵」や「蒙古襲来絵詞」の模写を制作させたり、「石山寺縁起絵巻」に至っては田安家と縁の深い谷文晁に模写させるとともに、新たに2巻を補作し、さらに傷みの激しかった1~3巻の補修も行ったというのですからスゴイ。

最後に再び会場の最初にも展示されていた「法然上人絵伝」。民衆が法然の法話を聞く場面が描かれているのですが、宗達の「鶴図下絵和歌巻」のような群鶴文の着物を着た人を発見。あの鶴の図様っていつぐらいからあるんでしょうか。すでに鎌倉時代にはあったということですよね。絵巻を見ているといろんな発見があって面白いですね。

「法然上人絵伝 巻三十四」 (国宝)
鎌倉時代・14世紀 知恩院蔵

サントリー美術館はいつものことながらテーマの選び方や見せ方が上手いなと思います。絵巻マニアならずとも興奮する楽しい展覧会でした。混雑すると絵巻は見づらいので、空いてる時間帯や夜間開館などに観に行くのがオススメです。


【六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝】
2017年5月14日(日)まで
サントリー美術館にて


室町絵巻の魔力―再生と創造の中世室町絵巻の魔力―再生と創造の中世

2017/04/02

奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻

2月にリニューアルオープンした熱海のMOA美術館。基本設計とデザイン監修を現代美術家の杉本博司氏が手がけ、その仕上がりが期待以上ということで、美術ファンの間ではすっかり話題ですが、わたしも遅まきながら行ってまいりました。

現在、リニューアルオープン記念第2弾として、岩佐又兵衛の「山中常盤物語絵巻」が全巻公開されています。ちょうど5年前の全巻公開『絢爛豪華 岩佐又兵衛絵巻』にも観に行っているのですが(そのあと2015年にも全巻公開されています)、久しぶりにまた観たくなり(というか、ほとんど義務的に(笑))、新幹線に乗って朝一で熱海まで。

ちょうど昨年の夏、福井県立美術館で待望の『岩佐又兵衛展』を鑑賞し、「山中常盤物語絵巻」の全場面を映像化した羽田澄子監督によるドキュメンタリー映画『山中常盤』を京橋のフィルムセンターで念願叶って観ることができ、今年1月には出光美術館で『岩佐又兵衛と源氏絵』がつづき、又兵衛熱は一向に下がる気配がありません。

又兵衛の古浄瑠璃絵巻の傑作「山中常盤物語絵巻」は牛若伝説の御伽草子をベースにした仇討ち物語。全12巻、全長150mという長大な絵巻で、その緊迫感に満ちたドラマティックな物語、豊かで独創的な表現や細密描写もさることながら、絢爛豪華な装飾性の高さも大きな見どころです。

過去「山中常盤物語絵巻」の全巻展示とされたときも、スペースの関係で全場面展示(つまり絵巻の頭から終わりまで)ではありませんでした。リニューアルされて、よもや「全場面展示か?」と淡い期待を抱いていたのですが、やはりこれだけの絵巻を全て展示できるスペースは作れず、展示スペースの間取りが以前と若干変わっているので正確には分かりませんが、全体のおよそ半分ぐらいの展示になっていました。



「山中常盤物語絵巻」の各巻のストーリーと今回の展示場面をメモ程度にまとめてみました。

伝・岩佐又兵衛 「山中常盤物語絵巻」
江戸時代(17世紀) (以下同)

【第一巻】 奥州・平泉へ下った牛若は藤原秀衡の館で歓迎を受ける。牛若から母・常盤のもとへ文が届き、常盤は狂喜して奥州へ向かおうとする。展示場面は、巻頭の東下りから常盤御前が牛若の行方が分からず心をいためる場面まで。全体の前半分。


【第二巻】 奥州の冬は厳しいため春になるのを待ち、常盤御前が乳母の侍従を従えて東国へ旅立つ。展示場面は、巻後半の日ノ岡峠から大津ノ浦まで。全体の1/4程度。


【第三巻】 美濃の国、山中の宿にたどり着くが、旅の疲れから常盤は重い病の床につく。展示場面は、巻後半、常盤御前の痩せた姿が清水に映る場面から山中の宿に着くも疲れから臥せってしまう場面まで。全体の1/3程度。


【第四巻】 夜半に6人の盗賊が宿に押し入り、常盤と侍従の着ている小袖を剥ぎとり、さらには2人を刺して逃げ去る。展示場面は、6人の盗賊が現れる巻頭から常盤御前が盗賊に襲われ致命傷を負う場面まで。全体の3/4程度。


【第五巻】 瀕死の常盤は宿の主人におのれの身分を打ち明け、息絶える。宿の老夫婦は遺言に従って塚を作り常盤を葬る。母・常盤の夢を見た牛若は奥州から京へ向かうが、途中美濃の山中で塚を見つけ回向する。展示場面は、巻頭から牛若が山中の宿のはずれで塚の高札に「都の上臈ただ二人」とあるのを見て訝る場面まで。全体の半分強。


【第六巻】 牛若の夢枕に常盤の亡霊が現れ、宿の主人に尋ねると、主人は涙ながらに常盤の最期を語る。牛若は盗賊をおびき寄せるため、派手な小袖や黄金の刀を座敷いっぱいに並べる。展示場面は、牛若の枕元に母・常盤が現れる場面から目覚めた牛若が母に何かあったのだろうかと不安に思う場面まで。全体の1/5程度。


【第七巻】 蓑と傘で変装した牛若は山中の宿に大名が宿をとったと触れ回り、宿に戻って敵を待ち構える。展示場面は、巻頭から牛若が山中の宿で仇が寄せ来るのを待つ場面まで。全体の2/3程度。


【第八巻】 宿に大名が泊まり、高価な小袖や黄金の刀があることを知った盗賊は宿を襲い、小童(牛若)に宝物のありかを尋ねる。 展示場面は盗賊が臥している小童を見つけ脅す場面から小童が声を震わせながら宝物のありかを教える場面まで。後半の1/4程度。


【第九巻】 牛若は六人の盗賊を奥の間にやり過ごすと、次々と斬り捨てる。展示場面は、巻頭から牛若が八面六臂の活躍で盗賊を惨殺しまくる場面まで。全体の前半部。


【第十巻】 盗賊を打ち倒した牛若は宿の主人に死骸の始末を命じ、助力に礼を述べて褒賞を約束すると奥州へ旅立つ。展示場面は、宿の主人たちが荒菰で死骸を包む場面から巻末の牛若が常盤の墓に回向する場面まで。


【第十一巻】 奥州へ帰った牛若は3年3月の後、十万余騎という大群を率いて都へ上る。展示場面は、奥州・佐藤の館に帰る場面から3年3月後に十万余騎を率いて都へ上る場面まで。巻頭・巻末を除く2/3程度。


【第十二巻】 京へ上る途中、山中の宿で常盤御前の墓前で手厚く回向し、宿の主人と女房に感謝を述べ、土地を与える所領安堵の御判を主人に授け、その恩に報いる。展示場面は、常盤の墓前で盛大に回向する場面から宿の主人と女房に感謝を述べる場面まで。真ん中の1/3程度。



「山中常盤物語絵巻」は俗に“又兵衛風絵巻群”と呼ばれる一連の絵巻の中でも又兵衛自身の関与が最も高い作品と考えられていて、辻惟雄先生は常盤が殺される前半部までは又兵衛の筆とし、後半部は弟子によるものとしています。頬杖をついて我が子を案じる常盤の気品のある顔立ち、柔和な描線は又兵衛自身の筆だが、牛若の夢枕に現れる常盤の亡霊は有能な弟子にバトンタッチされているだろうと。素人目にはよく分かりませんが…。


「山中常盤物語絵巻」というと、やはり有名なのが前半のクライマックス、常盤御前が盗賊に惨殺される場面。戦乱や地獄を描いた絵図や絵巻などにも凄惨な描写は多くありますが、恐らくここまで劇的で、リアルで、心理描写に優れ、刺激的で、惨たらしく、血みどろな描写がされた作品はないのではないでしょうか。


絵巻なので、いくつかの場面で常盤御前が盗賊に抵抗し、斬られ、死にゆく様子がコマ送りのように描かれていて、まるで映画を観ているような、非常に映像的な流れを感じます。


どうしても常盤御前が惨殺される場面に目が行きがちですが、室内の様子を見るだけでも、屏風の壊れ方や転がる桶などから2人の激しい抵抗の跡が分かります。また又兵衛の執拗な表現は直接的に関係ない周囲にまで及んでいて、たとえば常盤が盗賊に衣を剥ぎ取られる場面、刀で刺される場面、瀕死の状態の場面で、常盤とシンクロするように庭の松も激しくうねり、ぐったりと生気を失っていきます。常盤が亡くなる場面では松は消え、薄に変わっています。


常盤御前を庇って刺された侍従はさらに生々しく、力が抜け、息絶えていく様子が極めてリアルに描かれています。その様はまるで九相図。


牛若でさえ時に狂気を感じさせます。絵巻冒頭の東下りの場面の牛若、小童(見えないけど)の振りをし賊を欺く牛若、バッサバッサと母の敵を討つ牛若、盗賊の死骸を荒菰にくるみ、谷底に突き落とす牛若。これで15歳。

 

又兵衛は風俗表現も秀逸。「山中常盤物語絵巻」でもさまざまな場面で、市井の人々の暮らしぶりが実に生き生きと描かれています。その生彩な表現は「舟木本」にも通じます。


人々のこの表情の豊かさ。話し声や息づかいまで聞こえてきそうです。エキセントリックな表現ばかり取り上げられがちですが、又兵衛の群像描写はこの時代の絵師の中では突出しています。


「山中常盤物語絵巻」は越前藩主・松平忠直(徳川家康の孫)が制作に関与しているとされていて、写真だと少し分かりづらいところもあるのですが、実際に見てみると、霞引きから細かな線や装飾描写に至るまで金銀を多用し、非常に贅沢な絵巻であることが分かります。


入念に描かれた小袖の文様や太刀、道具だけでなく、驚くのは人物の輪郭線にまで金を使用していること。


牛若も金銀で飾り立てられてるけど、一番豪華だったのは僧侶の袈裟。


絵巻の見返しも金。料紙の装飾にも贅沢に金銀泥が使われていて、とても美しい。


又兵衛の遊び心か、面白い描写も結構あります。おっぱいをあげる犬の親子がいたり、牛若をもてなす料理を作る上の階では子どもが勉強してたり、碁盤もなんかちょっとオシャレ。


リニューアルに併せて導入された新しい高透過ガラスは非常にクリアーで、細かなディテールもよく分かります。実際、単眼鏡もほとんど使いませんでした。一角にはMOA所蔵の又兵衛の軸物もズラリ。福井の展覧会に出品されなかった「官女図」も出てます。初めて観ましたが、いかにも又兵衛な豊頬長頤でなかなかの傑作です。

[写真左から] 岩佐又兵衛 「自画像」「官女図」「伊勢物語図」
「寂光院図(旧樽屋屏風のうち)」「柿本人麿・紀貫之図」
江戸時代(17世紀)

岩佐又兵衛の有数のコレクションで知られるMOA美術館の又兵衛作品が一挙に観られる贅沢さ。リニューアル記念だからこその絶好の機会です。是非。


【義経伝説全12巻一挙公開 奇想の絵師 岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻】
2017年4月25日(火)まで
MOA美術館にて


岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品岩佐又兵衛作品集―MOA美術館所蔵全作品