2017/11/18

木島櫻谷 近代動物画の冒険 / 木島櫻谷の世界

木島櫻谷の生誕140年を記念して、京都の泉屋博古館、京都文化博物館、そして櫻谷文庫で開催されている3館連携企画の展覧会に行ってまいりました。

今回京都に行った一番の目的は木島櫻谷の展覧会を観に行くこと。かれこれ4年前になりますが、東京の泉屋博古館分館で観た『木島櫻谷展』に深く感動し、この秋、京都で櫻谷祭り(笑)があるというのですかさず飛んできました。だって、櫻谷クラス(失礼!)のマイナーな画家でこんなに一度にたくさんの作品が観られる機会なんてありませんから。

新幹線もホテルも押さえたあとに展覧会が東京にも巡回することを知ったのですが、結局京都で観た作品の一部しか東京に来ないことが分かって、わざわざ京都まで足を運んで正解だったと思います。

いつ行っても混んでいる京都ですが、今回は時間に余裕をもってスケジュールを立てたのと(いつもここぞとばかり予定を詰め込んでしまうのですが…)、紅葉シーズン前の比較的落ち着いた季節で、しかもお天気にも恵まれ(11月にしてはちょっと暑いぐらいでしたが)、ゆっくりと京都と櫻谷の世界を楽しんできました。



まずは、泉屋博古館の『木島櫻谷近代動物画の冒険』から。
京都東山の麓、鹿ヶ谷にある泉屋博古館。南禅寺や永観堂、哲学の道なんかも近い閑静な住宅街にあります。この日は早めにホテルを出て、ちょうど特別公開をしていた法然院で狩野孝信の障壁画と光信の屏風を観てきました(※特別公開は終了しています)。泉屋博古館は法然院から歩いて15分ぐらい。

法然院は紅葉にはまだ早かったですが、静かでいいところでした。

泉屋博古館は櫻谷の動物画にスポットを当てた展覧会。屏風から掛軸、色紙、写生に至るまで30数点の作品が並んでいました(3期に分かれ、出品作は合計50点)。どれも円山四条派の写生と西洋の写実表現を融合させた近代日本画に相応しい動物画を完成させ素晴らしい。京都画壇といえば、竹内栖鳳も動物画では高い評価を得た人ですが、櫻谷はその動物画をさらに極めた感があります。

木島櫻谷 「熊鷹図屏風」(右隻)
明治37年(1904)

「獅子虎図屏風」や「熊鷲図屏風」なんて近代日本画ならではの傑作ではないでしょうか。獅子も虎も日本画では定番ですが、画家がその目で見て描いたリアルなライオンと(猫っぽくない)ちゃんとしたトラが向かい合う屏風というのが新しいというか素晴らしいというか。熊と鷲の組み合わせというのも初めて観ました。こうしたリアルな写実を水墨で描くのですから唸ってしまいます。鹿にしても馬にしても牛にしても猪にしても狸にしても何を描かせても巧い。そして表情がまたいい。

木島櫻谷 「かりくら」
明治43年(1910) 櫻谷文庫蔵

近年、櫻谷文庫から表装もないマクリの状態で発見され、今年修復を終えたばかりという「かりくら」がまた傑作。明治44年にローマ万国美術博覧会に出品された後、長い間行方不明だった幻の作品で、発見された当時の写真が並んでありましたが、よくこんな酷い状態からここまで修復されたなと驚くぐらいボロボロ。かなり大きな対幅の大作で、臨場感溢れるダイナミックな構図と、疾走する馬の迫力ある描写がまた凄い。比較的明るい色を使った豊かな色彩、ススキやその間に花を咲かせる秋草の描写も実にいい。

木島桜谷 「寒月」
大正元年(1912) 京都市美術館蔵

2014年の『木島櫻谷展』で感銘を受けた作品の一つ「寒月」も出品されていました。月に照らされた雪の上を歩く一匹の狐。遠目に見ると、なんとなく動物の愛らしさを感じるのですが、近くで見ると、野性の動物本来の鋭い目つきと周囲を警戒する緊張した表情にハッとします。雪はただ白いだけでなく、粗い岩絵具を使うことで、雪が反射するようなキラキラしたマチエールを再現。狐の茶の毛にちょんちょんと白い冬毛を描き入れ、スーッと直線に描いた竹も墨の濃淡で微かな陰影や節を丁寧に描き込んでいます。夏目漱石が酷評したことでも有名ですが、ただの写実にとどまらない白と黒の繊細な表現性、奥行き感のある構図、とても素晴らしいと思います。

「葡萄栗鼠」も前回観て一目惚れした作品。葡萄を食べた後?の手を舐めてる栗鼠がかわいいんだけど、生い茂る葡萄の葉やたわわに実る葡萄、力強く伸びる幹やしなやかな蔓のそれぞれの筆致や色合いが巧みで、今回あらためて観て、櫻谷やっぱりいいわと実感するのでした。

木島櫻谷 「葡萄栗鼠」
大正時代

2014年の櫻谷展で観た作品も複数ありましたが、今回初めて観る作品も多くあって、中でも前回展示替えの関係で観られなかった最晩年の作「角とぐ鹿」が特に目を惹きました。鹿の首の曲げた向きといい、毛の質感といい、樹木の立体表現といい、奥行きを感じさせる構図といい、素晴らしいの一言です。

木島櫻谷 「角とぐ鹿」
昭和7年(1932) 京都市美術館蔵

スケッチ帳や動物の写真のスクラップ帳などもあり櫻谷が動物研究に熱心だったこともよく分かります。芦雪の作品の模写もありました。展示室の外には櫻谷の絵具の入ったトランクが展示されています。こちらだけ写真撮影可。

なお、こちらの『木島櫻谷 近代動物画の冒険 』は東京の泉屋博古館分館にも巡回します(詳細はページ下を参照)。



つづいて京都文化博物館で『木島櫻谷の世界』。
こちらは櫻谷と交流のあった大橋家から京都府に寄贈された作品を中心に構成された展覧会。動物画に限らず、人物画や風景画、花卉画、水墨画、さらには絵葉書帖や扇絵などもあり、幅広く櫻谷の画業を観ることができます。文博の特別展ではなく、常設展コーナーの奥の特集展示という扱いですが、50点近くと出品作も多く(師の今尾景年らの作品も数点あり)、泉屋博古館の展示に勝るとも劣らない充実ぶりでした。

木島桜谷 「初夏・晩秋」
明治36年(1903) 京都府(京都文化博物館管理)蔵 (展示は12/10まで)

木島桜谷 「しぐれ」
明治40年(1907) 東京国立近代美術館蔵
(※泉屋博古館で11/8まで展示)

中でも今回初公開という「初夏・晩秋」が傑作。右隻が初夏、左隻が晩秋で、鹿の角で季節が分かるのも面白い。櫻谷といえば鹿というぐらい、鹿を描いた作品がたくさんあって、第一回文展で日本画最上位を受賞した「しぐれ」は櫻谷を代表する傑作ですが、鹿の親子、季節の風情など共通するものがあり、「初夏・晩秋」があって「しぐれ」に繋がったことがよく分かります。しかもこれ、20代の作品ですからね。凄い。

櫻谷は狸を描いた作品も多い。竹藪から狸がひょっこり出てきたという感じの「月下遊狸」も憎めない顔で愛嬌があるのですが、靄で霞んだ山桜や竹の表現がまた秀逸。仔犬を描いた「狗児」は可愛すぎ。芦雪も顔負けです。

木島櫻谷 「群禽」
大正時代 京都府(京都文化博物館管理)蔵

カワセミやメジロ、インコなどさまざまな種類の小鳥が群れ飛ぶ「群禽」も見事。自然ではありえない光景ですが、鳥の飛ぶ姿も千差万別、描写も的確で、それぞれの形や色彩に変化があってとても面白いと感じました。

風景では「飛瀑」が印象的。滝がハイキー気味に白く、まわりの岩肌や木々とのコントラストが素晴らしい。人物では「僊客採芝図」がいいですね。どことなく大観や観山あたりの影響を感じるところもあります。

木島櫻谷 「僊客採芝図」
大正15年(1926) 京都府(京都文化博物館管理)蔵

文博の方は図録はありませんが、8ページもののカタログを無料でいただけます。ちなみに、来年東京の泉屋博古館分館で開催される木島櫻谷展には文博から2点のみ出品されるとのこと。泉屋博古館の展覧会の図録に「初夏・晩秋」と円山四条派風の「孔雀図」が載ってましたので、恐らくこれが行くのだと思います。



そして最後に、櫻谷文庫に訪問。
櫻谷の旧邸内に櫻谷の作品や草稿、愛用の品々、孫のために作った打掛などが展示されています。説明してくれる方がいてさまざまな話を聞けますし、いろいろ質問にも答えていただけるのが嬉しいですね。櫻谷は下戸だったそうで、虎屋の羊羹が好物で、エジプト煙草を愛飲していたという話も教えていただきました。

木島桜谷 「画三昧」
昭和6年(1931年) 櫻谷文庫蔵

櫻谷の作品も写生中心ですが展示されていて、前回の『木島櫻谷展』で強く印象に残った「画三昧」も展示されていました。フツーに室内に、ケースに入るわけでもなく、そのまま掛けられていてビックリ。絵を描く櫻谷の姿を思わせ、とてもいいですね。ほかにも部屋の装飾や茶碗などに描かれた絵も櫻谷だったりして、これも櫻谷ですか?これも?と尋ねながら観て歩いてました。ここだけ洛西なのでちょっと離れてますが、時間があれば是非。



帰りに、櫻谷文庫から歩いて10分ぐらいの北野天満宮にお詣り。宝物館では国宝「北野天神縁起絵巻 承久本」が特別公開されています(※公開は12/3まで)。

展示は「清涼殿霹靂の段」と「海路西下の段」のみですが、「承久本」の公開はなんと15年ぶりとか。ほかにも長谷川等伯の「昌俊弁慶相騎図絵馬」(重要文化財)も展示されています。巨大な絵馬でビックリするし、絵もこれが等伯かというインパクト。

門前のあわ餅澤屋さんの粟餅も美味しかったですよ。京都では美味しいものもたくさん食べてきました♪



【木島櫻谷 近代動物画の冒険 】
2017年12月3日まで
泉屋博古館にて

【木島櫻谷の世界】
2017年12月24日まで
京都文化博物館にて

【木島櫻谷旧邸 特別公開】
2017年12月3日まで(金土日祝のみ)
櫻谷文庫にて


※巡回情報:
【木島櫻谷- PartⅠ 近代動物画の冒険】
東京・泉屋博古館分館にて 2018年2月24日~4月8日
【木島櫻谷- PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し】
東京・泉屋博古館分館にて 4月14日~5月6日

2017/11/17

長沢芦雪展

愛知県美術館で開催中の『長沢芦雪展』を観てまいりました。

円山応挙の弟子にして応挙の端正な作風とは対照的な奔放さが魅力の長沢芦雪。数年前に滋賀のMIHO MUSEUMで展覧会があり、そして今回名古屋で展覧会があり、なかなか東京でやってくれないものですから(本展は巡回はありません)、ここはこちらから行くしかあるまいと、奈良・京都を回った帰りに名古屋に立ち寄ってきました。

会期も長いと作品によっては展示替えで観られないものもありますが、10/24~11/5の2週間だけ、全作品(84点)が公開されているというので、遠征組としてはこのチャンスを逃す手はありません。

土曜日の朝一だったので、そこそこ人は入ってましたが、会場のスペースが広いのと、作品も比較的余裕をもって展示されているので観るのに困るようなことはなく、2時間半たっぷり堪能することができました。東京ではこうはいかないかもしれませんね。


第1章 氷中の魚:応挙門下に龍の片鱗を現す

芦雪は武家出身とされますが、その出自は不明なところもあり、どのような経緯で画工の道に進んだのか、いつ応挙の門を叩いたのかも分からないまま。そんな芦雪の、応挙に弟子入りする前とされる貴重な作品が展示されていました。「蛇図」は松に這う蛇を描いた作品で、松の質感や蛇の立体感に拙さが残りますが、蛇の不気味な動き、何より松に這う蛇を題材にするという奇矯さに芦雪らしさが早くも現れている気がします。

同じ初期作品の「関羽図」は『柳沢淇園展』で観た「関羽図」と構図や衣文線は異なるとはいえ、関羽の顔形や頭巾がそっくり。「群鶴図」は鶴澤派の鶴の造形に類似していることが指摘されていて、応挙入門前の芦雪がさまざまな画風を吸収し学んでいたことが窺えます。図録の解説では、芦雪が鶴澤派から同じ鶴澤派の石田幽汀の弟子である応挙に師を変えたとする説を紹介していました。なるほどさもありなん。

長沢芦雪 「牡丹孔雀図」
天明前期(1781-85)頃 下御霊神社蔵

長沢芦雪 「楚蓮香図」
天明6年(1786)以前 個人蔵

応挙の作品と芦雪の作品が並べて展示されている一角があり、2人の作品を見比べると、芦雪が忠実に応挙の線や形態をものにしていることが分かります。毛の一本一本丁寧に描きこんだ精悍な「虎図」の迫力、「七福神図」や「岩上猿・唐子遊図屏風」の人物表現の巧みさ。芦雪にしては珍しい風俗絵「東山名所図屏風」の人物も細かによく描けてます。もともと実力はあったのでしょうが、応挙からみっちりイロハを叩きこまれることで、さらに技術が飛躍的に伸びたのでしょう。


第2章 大海を得た魚:南紀で舟を揮う

芦雪の代表作といえば、南紀・無量寺の襖絵。もともとは応挙に依頼された仕事だったわけですが、鬼の居ぬ間ではないでしょうが、まるで縛りから解き放たれたように芦雪の自由奔放な画風が一気に開花します。

本展の一番の見ものは何といってもその無量寺の障壁画の再現展示で、方丈を模した空間に虎と龍が向かい合う姿は壮観です。やはり本来の位置・空間で観て感じられる意味は大きいし、ガラス越しでないのも嬉しいところ。芦雪のダイナミックで自在な墨戯に惚れ惚れします。それぞれ裏に描かれた「薔薇に鶏・猫図襖」も「唐子遊図襖」も実際に表・裏として観ることができて、虎の裏に描かれた猫もたまりませんが、龍の裏に描かれた唐子の遊ぶ姿がまた楽しげで素晴らしい。


長沢芦雪 「虎図襖」「龍図襖」(重要文化財)
天明6年(1786) 無量寺・串本応挙芦雪館蔵

南紀の高山寺に描き残した「朝顔に蛙図襖」は朝顔のありえないような蔓の伸び方に驚くも、どこか応挙の「藤花図屏風」の空間構成を思わせるところがあります。蔓も付立筆でしょうか。墨の滲みで巧みに表現した蛙も抜群です。同じ高山寺の「寒山拾得図」はその大雑把な風貌と荒々しい筆勢に最早応挙に怒られはしないだろうかと観てるこっちがヒヤヒヤしてくるほど。草堂寺の「群猿図屏風」は芦雪が草堂寺を去る日の朝に30分程で描き上げたと伝わる作品。特に右隻の前衛的な岩山の描写に芦雪の溜まりに溜まっていたものが爆発したような感覚さえ覚えました。

長沢芦雪 「群猿図屏風」(重要文化財)
天明7年(1787) 草堂寺蔵


第3章 芦雪の気質と奇質

辻惟雄氏の『奇想の系譜』でも取り上げられているように、芦雪は奇想派の一人として注目を集めていますが、若冲や蕭白の奇想とはまた少し違うというか、芦雪はどこか“演出”的なところがあるように思います。確かに着眼点のユニークさにはいつも感心するのですが、今回の展覧会を観ていると、奇抜な着想も大胆な構図も応挙に叩き込まれた基礎(とそこからの反動)の上に成り立っているということを強く感じます。円山派は多くの優れた絵師を輩出しましたが、応挙を超えるような人はなく、所詮完璧な応挙には勝てないので、芦雪はそこを個性で乗り越えていったのでしょう。

長沢芦雪 「降雪狗児図」
天明年間(1781-89) 逸翁美術館蔵

「降雪狗児図」は黒っぽく染めた紙に油絵風にべったりと描いた作品。芦雪は一時期こうした作品を描いていたそうで、司馬江漢の影響も指摘されていますが(図録では否定されている)、長崎派や洋風画の作品をどこかで観ていたかもしれませんし、応挙も得意とした泥絵に発想の源があるような気もします。いずれにしろ興味深いものがあります。

長沢芦雪 「薔薇蝶狗子図」
寛政後期(1794-99) 愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵

かわいい犬の絵も芦雪人気を高めている一つのポイント。犬の絵自体は応挙からの受け売りで、芦雪の新奇さを物語るものではありませんが、なぜ芦雪の犬がかわいいのか、そこはやはり芦雪の演出性、アレンジ力なのかもしれません。それにしても、応挙の幽霊を模した作品も展示されていましたが、仔犬にしても幽霊にしても、よほど応挙の方が斬新だったのではないかと思うこともあります。新しい技法もいろいろ開発したりしましたし。

長沢芦雪 「なめくじ図」
寛政後期(1794-99) 個人蔵

なめくじの通った跡を一筆書きで描いたユニークな「なめくじ図」。こういう観る人を愉しませるユーモア精神は芦雪本来の性分という感じがします。「牧童吹笛図」は指に墨を付けて描いた指頭画。円山派に指頭画を描いた人はいないといいますが、柳沢淇園や池大雅など文人画を観て、自分でもやってみたいと思ったのかもしれません。“円山派とはこういうものだ”ということに囚われないのも蘆雪らしい。

長沢芦雪 「牧童吹笛図」
寛政前〜中期 久昌院蔵


第4章 充実と円熟:寛政前・中期

琳派のたらし込みも取り入れた「松竹梅図」、よーく見ると象の背中に人がたくさん乗っているというユニークな「象背中戯童図」、即興的な味わいが面白い「蹲る虎図」、一列に群れ飛ぶ鶴、一列に歩む亀、一列に並ぶ松並木が印象的な「蓬萊山図」など、印象に残った作品を挙げるとキリがありません。

長沢芦雪 「蓬莱山図」(重要美術品)
寛政6年(1794) 個人蔵

応挙が得意とした唐子を芦雪も多く描いていますが、「唐子睡眠図」はほかの唐子図とは異なり、妙に生々しいリアルさがあります。「窟上母猿図」の悲しげな母猿の姿もまるで人間の表情を彷彿とさせます。芦雪は幼い我が子を相次いで亡くしていて、この絵にはそうした思いが反映されているのではないかともいわれているようです。

長沢芦雪 「唐子睡眠図」
寛政前〜中期 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 (展示は11/5まで)


第5章 画境の深化:寛政後期

芦雪は応挙がこの世を去ったわずか4年後に45歳で亡くなるのですが、その死も謎に包まれていて、毒殺とも自殺ともいわれています。芦雪にはいろいろ敵が多かったなんて話もありますが、それも芦雪の才能と円山派の枠に縛られない型破りな性格故なのかもしれません。

長沢芦雪 「月夜山水図」(重要美術品)
寛政後期(1794〜1799)頃 頴川美術館蔵

「月夜山水図」は昨年松濤美術館の『頴川美術館の名品』で拝見し、こういう芦雪もあるのだと深く感動した作品。自然遠近法を取り入れた構図はどこか近代日本画のよう。墨の滲みを活かした表現もしっとりと抒情的です。

長沢芦雪 「方寸五百羅漢図」
寛政10年(1798) 個人蔵

「方寸五百羅漢図」は2010年に82年ぶりに発見され話題になった作品。約3センチ四方の紙に五百はいようかという羅漢がびっしりと描かれています。2015年に森美術館で開催された『村上隆の五百羅漢図展』で公開されたときにも拝見しましたが、拡大鏡がないと分からないような細かさ。

「白象黒牛図屏風」はプライスコレクションの有名な芦雪作品。人を驚かす、楽しませる、感心させるという芦雪らしさの極致にあるような作品だと思います。この作品は過去にも何度か観ていますが、今回あらためて観てみると、一見斬新な構図のように見えて、白と黒、静と動、大と小といった対称から尻尾の呼応に至るまで、実は隅々まで計算されていることが分かりますし、象の首回りの皺や牛の肌のグラデーションなど、大変優れた表現がされていることに気づきます。

長沢芦雪 「白象黒牛図屏風」
寛政後期(1794〜1799)頃 エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵

初期から晩年まで通しで観ると画風も変化してるし、さまざまな技法に挑んだり、いろいろ進化しているけど、仔犬の愛らしさは一貫して変わらないのが面白いですね。奇想の絵師というけれど、人を楽しませるウィットや、動物や子供に向けた眼差しからは何となく芦雪の優しい人柄も伝わってくるようです。本展はとても充実した内容で、間違いなく今年トップクラスの素晴らしさでした。


【長沢芦雪展 京のエンターテイナー】
2017年11月19日(日)まで
愛知県美術館にて


もっと知りたい長沢蘆雪 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい長沢蘆雪 (アート・ビギナーズ・コレクション)


かわいい こわい おもしろい 長沢芦雪 (とんぼの本)かわいい こわい おもしろい 長沢芦雪 (とんぼの本)

2017/11/11

柳沢淇園展

奈良の大和文華館で開催中の『柳沢淇園展』を観てまいりました。

淇園は18世紀前半に活躍した文人画家。よほど江戸絵画を観てない人でないと知らないようなマイナーな絵師かもしれませんが、Twitterでも淇園の展覧会が観たいとつぶやいていたことがあるくらい、淇園の作品を一度ちゃんと観たいとずっと思っていました。

トーハクの常設や都内の展覧会でもときどき淇園の作品を観る機会はありますが、それはほんと稀なこと。そんな柳沢淇園の、なんと50年ぶりという展覧会があるというので、遠く奈良まで行ってきました(もともと京都に行く予定があったのでよかったのですが)。朝5時半に家を出て、10時の開館には美術館に着いていたという(笑)。バカですね。


展覧会の構成は以下のとおりです:
淇園の境遇-主家と生家-
淇園の関心-黄檗美術と古画-
淇園の人物図
淇園の花果図・花鳥図
淇園の墨戯
淇園の墨跡・書簡
淇園の著作・版本
淇園周辺の新たな潮流-南蘋風と文人画-

早くから画才に恵まれた淇園は12、3歳ですでに狩野派を批判し、長崎派の英元章に師事。中国の明清画を積極的に学んだといいます。淇園というと、江戸後期に隆盛する文人画、南画の先駆とされていますが、その作品からはいわゆる南宗画の画様はあまり見られず、一般的にイメージされる江戸絵画の文人画、南画とは少し異なります。柳沢吉保の筆頭家老の家に生まれた武士という身分や境遇から、本来の意味での文人画家であるわけですが、どちらかというと黄檗絵画の傾向が強く、鶴亭や伊藤若冲、あるいは円山応挙といった濃密鮮烈な彩色画の先を行っていたという印象を受けます。展覧会の解説でも「伊藤若冲に先駆けて、濃密で個性的な絵画世界を作り出した」と紹介されていました。

柳沢淇園 「関羽図」
延享2~寛延元年(1745-48)頃 東京国立博物館蔵

淇園に先立つ作品として、中国風の絵画“唐絵”の祖とされる逸然やその流れを汲む蘭渓若芝らの作品が展示されていました。逸然の「達磨図」は昨年『我が名は鶴亭』でも拝見した作品。かつての禅画で見られた達磨とは異なる図様、黄檗絵画らしい彩色された姿が印象的です。東博所蔵の「関羽図」は淇園を代表する人物画ですが、その構図、色彩も逸然が持ち込んだ中国絵画の図様に行き着くようです。恐らく淇園は環境的にも幼い頃から狩野派の作品に触れる機会があったでしょうし、そうした彼が当時としてはまだ目新しい唐絵に強く傾倒したというのが興味深いところです。

柳沢淇園 「寒山拾得図」
江戸時代・18世紀 個人蔵

淇園の道釈人物画が充実していて、その中でもひと際目を引いたのが「寒山拾得図」。寒山と拾得をあたかも一つの顔のように描いたところがユニークで、こういう絵は初めて観た気がします。濃厚な色彩もさることながら、顔や衣服の陰影の強い表現も印象的です。

柳沢淇園 「大黒天図」
宝暦6年(1756) MIHO MUSEUM蔵

「大黒天図」や「布袋図」も陰影の強いニタリと笑う顔が強烈。同じパターンの作品がいくつか展示されていて、「関羽図」も似た構図の作品があったり、淇園が同じ画題を繰り返し描いていたことが分かります。こちらも複数展示されていた「睡童子図」は朱塗の長机に頬杖ついて居眠りする童子を描いた作品。机の上には墨と紙があって、勉強をしていて眠くなってしまったのでしょうか。中には机に突っ伏して眠る子も。唐招提寺所蔵の「臥遊子千里図画冊」からの流用が指摘されていました。

柳沢淇園 「蘭花果実図」
江戸時代・18世紀 個人蔵

淇園というと個人的には花卉画の印象が強いのですが、こちらは展示作品が少なかったのが残念。淇園の花卉画も道釈人物画同様、中国趣味の強い濃厚な色彩と細密な描写が特徴。花瓶や皿(あるいは籠)に添えられた花や果物はまるで静物画で、当時の江戸絵画には見られないものだと思うのですが、明清画では人気の画題だったといいます。五言絶句、七言絶句といった漢詩が添えられていることからも、中国の文人趣味を強く意識していることが分かります。

沈南蘋来日前から淇園はこうしたヴィヴィッドな色彩の花果図・花鳥図を描いていたわけですが、「雪中梅花小禽図」の胡粉を散らし雪に見立てる技法は南蘋派からの影響が指摘されていて、晩年は鶴亭など南蘋派の若い画家との交流も盛んだったことが窺えます。

柳沢淇園 「雪中梅花小禽図」
江戸時代・18世紀 個人蔵

筆の代わりに指や爪で描く指頭画を淇園が日本で誰よりも早く取り入れていたというのも、この人のアンテナが中国絵画に向いていたことを物語る気がします。墨竹画がいくつか展示されていましたが、墨竹画は鶴亭や若冲の作品でもよく見かけるので、黄檗絵画では人気の画題だったのでしょう。紺紙に緑の絵具で竹を描いたり、裏箔に技法を取り入れたりするところは若冲の先を行っていたという点で興味深いものがあります。

墨跡も充実していてなかなか面白かったです。楷書にしても行書にしても、性格なのか育ちの良さなのか、書きぶりが丁寧できっちりしているのが印象的。面白かったのが、朱色の斜線を引いて紙面を分割し、そこに書をしたためた一風変わった書簡で、淇園の洒落た感覚というのも窺い知ることができました。

柳沢淇園 「彩竹図」
江戸時代・18世紀 岡田美術館蔵

池大雅は若い頃、淇園のもとに身を寄せていたといいます。池大雅と淇園の作品に共通する部分は少ないように思えますが、淇園の文人趣味が池大雅や同時代の祗園南海や彭城百川といった初期南画家に与えた影響は大きいのかもしれません。また、淇園や鶴亭、若冲といった黄檗絵画や明清画を背景とした一連の流れが同時発生的に起きていたことも興味深いところです。今回の展覧会を通して、ようやく淇園がどういう絵師なのか見えてきたように思います。


【特別展 柳沢淇園-文雅の士・新奇の画家-】
2017年11月12日(日)まで
大和文華館にて


近世畸人伝 (岩波文庫)近世畸人伝 (岩波文庫)

2017/11/10

怖い絵展

上野の森美術館で開催中の『怖い絵展』を観てまいりました。

といっても、もう1ヶ月も前のことですが…。先に公開された兵庫県立美術館も連日混雑、東京の初日も早くも行列と聞いたので、開幕2日目、朝8時半から並びました。

10時開館のところを30分早く開けてくれたので、結局1時間も並ばず。90分近く観てましたが、最後を除いては快適に鑑賞することができました(1か月前のことなので、どこまで参考になるか分かりませんが)。美術館の外に出たら既に60分待ちの大行列。この連休は最大3時間半並んだようですが、昼に並んで混雑する中で観るか、朝一で並んで快適に観るか。連日の混雑ぶりと観客のターゲットから夕方や夜間開館も混むでしょうし、会期後半はどんなことになるのやら…。


さて、会場の構成は以下のとおりです:
第1章 神話と聖書
第2章 悪魔、地獄、怪物
第3章 異界と幻視
第4章 現実
第5章 崇高の風景
第6章 歴史

アート系の本としては異例の大ヒットを記録した『怖い絵』シリーズ。この絵にそんな恐ろしい話があったのかとか、ちょっとした仕草や小道具にそんな意味が隠されていたのかとか、絵の背景を知ることで初めて分かることがこんなにあるんだと、これまで意識したことがなかったような絵の見方を提示してくれたという点で新鮮でした。本展は中野京子さんが監修の展覧会ということで、それぞれの作品にその絵がなぜ怖いのかということが解説されていたり、中野さんの特別解説パネルがあったりするので、『怖い絵』の本を読んだことがない人でも十分に楽しめます。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」
1891年 オールダム美術館蔵

作品の解説パネルにはそれぞれキャッチフレーズ(?)がついていて、思わずその絵に引き込まれてしまいます。たとえばウォーターハウスの「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」のキャッチフレーズは<さあ、お飲みなさい>。オデュッセウスの部下たちが魔女キルケーの振る舞う料理を食べて豚に変えられてしまったが、オデュッセウスだけが魔法の薬のおかげで助かったというお話。キルケーの後ろの丸い鏡には恐れ慄くオデュッセウスが映っています。

ギュスターヴ・アドルフ・モッサ 「飽食のセイレーン」
1905年 ニース美術館蔵

ギュスターヴ・アドルフ・モッサ 「彼女」
1905年 ニース美術館蔵

そのオデュッセウスがキルケーに、あの女だけには気をつけなさいよ、と警告されたのが半身半鳥の怪物セイレーン。ラファエル前派の画家ドレイバーの「オデュッセウスとセイレーン」はオデュッセウスの船に乗り込み誘惑するセイレーンというある意味イメージどおりの絵になっていますが、同じセイレーンを描いたモッサの「飽食のセイレーン」は口から食べた人間の血を滴らせた巨大な怪鳥で衝撃的。キャッチフレーズが<ごちそうさま>というのも怖い(笑)

モッサは有名な「彼女」も出ていて、これがまたインパクト大。会田誠の100年も前にこういう絵が存在していたのですね。女性の股間には何故か猫が。

ヘンリー・フューズリ 「夢魔」
1800~1810年頃 ヴァッサー大学、フランシス・リーマン・ロブ・アート・センター蔵

今回観たかった作品の一つがフュースリー(本展ではフューズリと表記)の「夢魔」。この作品はいくつかバリエーションがあるようで、本展出品作もそのひとつでしょう。わたしが知っていた作品とは違いましたが、眠る女性の上に悪魔が乗っかっているという構図は一緒。どんな夢を見ているのか、不思議と恍惚とした女性の表情が印象的です。

二コラ=フランソワ=オクターヴ・タサエール 「不幸な家族(自殺)」
1852年 ファーブル美術館蔵

本展はあくまでも“怖い絵”というテーマで作品が集められているので、時代やジャンルで分かれているわけでもなく、また美術史的に名の知れた画家の作品が集められているわけでもありません。タサエールも知らない画家。19世紀以前の西洋絵画は注文主の依頼があって描かれるものがほとんどだと思うのですが、神話や歴史上の出来事ならまだしも、練炭自殺を図る親子の絵にどんな需要があったのか。壁に貼られた聖母マリアの絵をぼんやりと見つめる母親のやつれた表情が痛々しい。

ギュスターヴ・モロー 「ソドムの天使」
1885年頃 ギュスターヴ・モロー美術館蔵

一見、空に現れたお釈迦様か観音様かという絵柄ですが、神の裁きにより滅ぼされた都市ソドムを見下ろす天使なんですね。大地は赤く焼け焦げ、空は煙で霞み、まるでこのようの終わりのようです。

ポール・セザンヌ 「殺人」
1867年頃 ウォーカー・アート・ギュラリー、リパブール美術館蔵

セザンヌの初期の作品「殺人」は、セザンヌがこんな不気味な絵も描いていたのかと、セザンヌのイメージを覆す作品です。黄色や青の色や腕の描き方がセザンヌぽいところはありますが。

そばに展示されていたシッカートの「切り裂きジャックの寝室」もなかなか意味深。シッカートはホイッスラーのアシスタントも務めた画家ですが、近年では切り裂きジャックの真犯人説が浮上しているのだそうです。でも、残忍なシリアルキラーが自分の犯した犯罪を絵に描くものでしょうか?

ゲルマン・フォン・ボーン 「クレオパトラの死」
1841年 ナント美術館蔵

やはり圧巻は「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。思ったより大きい絵で、その分、強烈な印象を残します。処刑を暗示する数々の描写についてパネルで説明がされていますが、それよりも精緻な写実性と人物の表情、舞台のような演劇的構図に見惚れます。

ポール・ドラローシュ 「レディ・ジェーン・グレイの処刑」
1833年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵

本展は作品の良し悪し、画家の評価は関係なく、作品に描かれる物語や背景を純粋に楽しめました。変に“怖い”推しになってないのもいいです。平日・土日、朝昼晩関係なく混んでるようなので、行列覚悟で行くしかないですね。


【「怖い絵」展】
2017年12月17日 (日)まで
上野の森美術館にて


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