2011/04/27

四月大歌舞伎

今月は昼の部と夜の部ともに鑑賞。

まずは昼の部。
『お江戸みやげ』は芝翫と富十郎のコンビで何度も上演された狂言だそうで、本公演では三津五郎と翫雀がコンビを組んでいます。

結城紬の行商人のお辻とおゆうが江戸土産に芝居見物したところ、お辻が人気役者の阪東栄紫に一目惚れ。栄紫にはお紺という恋人がいて、養母に妾奉公へ出されそうになっているのを知り、初めて惚れた男のために全財産を投げ出して二人を助けるという話です。珍しく女形の三津五郎はいかにも真面目そうな堅物のおばさん。堅実な暮らしをしなければならなかった女性の悲哀も垣間見せる一方、役者にゾッコンになったときのギャップがまた面白い。芸域の幅が広いというか、うまい人だなと思います。少々ふくよかな翫雀は見た目、台詞とも大らかさが出ていて役柄にピッタリ。喜劇的センスもあって、大いに笑わせてもらいました。このコンビは回を重ねて余裕が出てくると、かなり面白味も出てくるんではないかと思います。文字辰の扇雀、栄紫の錦之助も適役。笑って泣けて、いい芝居でした。

次は、『一條大蔵譚』。
源氏方の鬼次郎らが、一條大蔵卿の屋敷に忍び込み、常盤御前が本当に平家方に寝返ったのかその真意を探るというお話。一條大蔵卿に菊五郎、常盤御前に時蔵、お京に菊之助、鬼次郎に團十郎と安心して観ていられる座組。菊五郎の阿呆過ぎず作り過ぎない、いい感じの阿呆さといい、團十郎の大きさといい、菊之助の美しさといい、申し分ありませんでした。去年、今年と團菊祭が大阪なのは寂しい限りですが、名目上は團菊祭といってもいいようなサービス演目という気がします。まるで“歌舞伎座さよなら公演”のような豪華さでした。

昼の部の最後は『封印切』。
飛脚問屋の若旦那忠兵衛と恋仲の遊女梅川を恋敵・八右衛門が身請けするという話が持ち上がったものの、忠兵衛は手付け金が工面できず、懐にあった店の金に手をつけてしまうという話です。一部に藤十郎の台詞が聞きづらいとの声も聞きますが、この日は幸いかぶりつき席だったので、そのへんはあまり気にならなかったのですが、自分としては上方和事に慣れてないので、関西弁のじゃらじゃらしたというか、べたーっとしたというか、(いい意味での)くどさに付いていくのが大変でした(笑)。それでも80歳という年齢を全く感じさせない藤十郎には驚くばかり。これが至芸の域なのかと、ああ観て良かったなと思える芝居でした。

さて、夜の部はまずは『絵本太功記』から「尼ヶ崎閑居の場」。
光秀が信長を討った後、秀吉に滅ぼされるまでを描いた全十三段の芝居の内の十段目。俗に“太十”。その後の光秀の悲劇を予感させる時代物の一幕です。光秀に團十郎、久吉に菊五郎、十次郎に時蔵、初菊に菊之助、皐月に秀太郎、操に魁春、正清に三津五郎と、こちらも昼に劣らず大顔合わせで、気分はまるで團菊祭。観る前は時蔵と菊之助は逆の方がいいのにと思ってましたが、時蔵の若武者の凛々しさ、菊之助の美しさにうっとり。秀太郎と魁春はさすが手堅いものの事の重大さの割に演技が少々淡白な感じがして、團十郎にしてももう少し重厚さが欲しい気がしましたが、最後に菊五郎、三津五郎が登場すると歌舞伎らしい絵になり、それだけで満足した気分になるから不思議です。

次に菊之助と松緑の『男女道成寺』。
菊之助の道成寺は玉三郎との『京鹿子娘二人道成寺』を観ていますが、無表情でどこか妖しげな雰囲気を漂わせていた『二人道成寺』に比べ、今回は表情も柔らかい気がしました。菊之助の色っぽさや艶やかさは申し分なく、松緑の桜子は比較してしまうとかわいそうですが、愛嬌があり、観ていて楽しい道成寺でした。

締めは、世話物で『権三と助十』。
江戸時代の大岡政談を基にした岡本綺堂原作の新歌舞伎。江戸の長屋を舞台にした世話物です。権三に三津五郎(今月は大活躍)、助十に松緑。脇を時蔵、左團次、亀三郎、秀調、梅枝、市蔵といった手堅い面々が固め、配役の妙を楽しめました。江戸の市井の人情噺にミステリーを織り込んだコメディタッチの作品で、最後はハッピーエンドという打ち出しにはもってこいの芝居でした。

今月は昼も夜も大満足の大歌舞伎でした。

2011/04/03

三月大歌舞伎

すでに四月になってしまいましたが、先日、「三月大歌舞伎」の昼の部の千龝樂に行ってきました。

三月は中村歌右衛門がこの世を去って10年ということで、その追善狂言と銘打たれています。

まずは菊池寛原作の『恩讐の彼方に』。
大分の耶馬溪という断崖絶壁の渓谷で、多くの人が滑落し命を落としているという話を聞いた僧侶が岩壁を「ノミと槌だけで30年かけて掘り抜いた」という“青の洞門”伝説を基にした作品です。

前半は、主人の愛妾お弓(菊之助)との不義がバレてしまった市九郎(松緑)が主人を殺め、お弓とともに江戸から逃亡。遠く離れた峠で茶店を営みながら、旅人を襲って金品を奪うという生活を繰り返しています。なんといっても菊之助の存在感、悪女ぶりが見もので、市九郎を誑かす様子は見ていてゾクゾクします。『摂州合邦辻』の玉手御前もそうでしたが、こういう色気のある悪女(“女色悪”とでも呼びたいぐらい)をやらせると菊之助は抜群のセンスを発揮する気がします。

後半は、市九郎が良心の苛責から出家し、了海と名を改め、難所の岩壁を掘って道を作ること二十年余、村の人々の協力も得ながら、あとわずかで貫通という頃、亡き主人の息子が敵を探し、了海の前に現れます。後半は打って変わって、岩を掘り続ける了海と彼を慕う村人と、敵を討とうとする主人の息子(染五郎)との人間模様が中心。松緑は演技にも力が入っていて、見応え十分でした。新歌舞伎なので後半は歌舞伎というより少し演劇的ですが、いい芝居でした。

さて、次は歌舞伎の人気演目で、歌右衛門が得意にした『伽羅先代萩』から「御殿」と「床下」。
魁春が政岡を演じるというのが今月の話題でしたが、魁春の政岡は玉三郎の政岡と違って、乳母の温かみというか人情味が伝わってきます。玉三郎は玉三郎で、武家の女の威厳を見せ、さすがに完成されたものがあり、その点、魁春はどこか危なげ(頼りなさげ)で、全体的にも淡白な嫌いはありましたが、しかしその手振り、身振りに子を守る親の情愛と辛さが伝わってくるいい政岡だったと思います。歌右衛門の政岡は観たことがありませんが、歌右衛門の政岡もこういうものだったんだろうなと思いを馳せました。

栄御前を演じた芝翫がいつになく声が小さく元気がないのが気になりましたが、梅玉の八汐、男之助の歌昇、仁木弾正の幸四郎もよく、よい追善狂言だったと思います。

最後は『曽我綉侠御所染』の後半にあたる『御所五郎蔵』。
『三人吉三』や『白浪五人男』『髪結新三』といった歌舞伎の名作を幾つも生んだ河竹黙阿弥の代表作の一つです。侠客・五郎蔵を菊五郎が、傾城・皐月を福助、傾城・逢州を菊之助が、星影土右衛門を吉右衛門と豪華で華やかな配陣。菊五郎の七五調の台詞も歯切れよく、菊之助も『恩讐の彼方に』とは違った魅力を見せ、また福助も菊之助という若きライバルとの共演という中、落ち着いた演技でなかなか良かったと思いました。

歌右衛門追善といいながら成駒屋や高砂屋・加賀屋中心の座組というより、菊五郎劇団の色合いの濃さに、音羽屋の昨今の人気と実力を感じる三月の歌舞伎でした。