2011/05/08

写楽展

こちらも東日本大震災の影響で開幕が延期されていましたが、約1ヶ月遅れてようやく始まりました。有難いことです。

同時期に開催予定だった三井記念美術館の『ホノルル美術館所蔵 北斎展』が中止となったので、こちらも一時はどうなることかと思いました。

東洲斎写楽の浮世絵作品は現在146点(肉筆画、下絵等を除く)が確認されているそうですが、その内、所在不明の作品2点と美術館への寄贈の条件として公開禁止になっている作品1点、現在国内巡回中の「ボストン美術館 浮世絵名品展」で公開中の作品1点、そして震災の影響(はっきり言って、原発事故の影響ですが)で来日が叶わなかったブレーメン美術館(ドイツ)所蔵の作品1点の計5点が残念ながら展示されておらず、写真展示のみとなっています。

一部、摺り違いの展示などで複数枚展示されている作品もあり、計180枚の写楽の浮世絵がこうして無事展示されるに至ったわけです。写楽には世界に1枚しか存在が確認されていない作品が37点あって、その内、所在不明など上述の理由で公開が叶わなかった4点を除く33点をこの『写楽展』で観ることができます。ここまで写楽の作品が一堂に会すなんて、世界的にもありえないというか、まさしく空前絶後だといえるでしょう。

それにしても、今回の展覧会は海外美術館所蔵の作品も多かったので、よくこの時期に貸し出してくれて、ここまで作品が揃ったものだと、ほんと感謝の気持ちでいっぱいになります。

「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」
(『恋女房染分手綱』より)

「市川鰕蔵の竹村定之進」
(『恋女房染分手綱』より)

さて、展覧会の構成は、まず最初のコーナーで写楽登場前の浮世絵(役者絵)の流れ、写楽の浮世絵の版元である蔦屋重三郎が手がけた写楽以外の絵師の浮世絵を展示し、浮世絵の歴史と写楽への期待を持たせつつ、一挙に写楽の作品を見せるという流れになっています。写楽の作品も順番にただ並べるのではなく、一期から四期までを分け、さらに歌舞伎の演目ごとに展示し、なおかつライバル絵師の作品との比較や摺り違いも紹介するという丁寧ぶりです。

「三代目沢村宗十郎の名護屋山三元春と
三代目瀬川菊之丞のけいせいかつらぎ」
(『けいせい三本傘』より)
 
写楽の現存する浮世絵作品146点の内136点が役者絵(内2点は追善絵)ということからも、写楽は歌舞伎とともにあったわけですが、言い換えれば、当時の歌舞伎の人気ぶりも窺えます。

写楽が絵にした歌舞伎狂言は今も上演される『義経千本桜』や『恋女房染分手綱』、『神霊矢口渡』などもあるものの、ほとんどは長らく上演が途絶えている演目と思われますが、中には先月や今月も東京で上演されている『恋飛脚大和往来』を思わせる『四方錦故郷旅路』という作品もあったり、このストーリーは何々に似ているなとか、この役は何々にも出てくるなとか、歌舞伎ファンならことさら楽しめることでしょう。『けいせい三本傘』なんてストーリーを読むと、ちょっと観てみたくなります。

「三代目市川高麗蔵の亀屋忠兵衛と
初代中山富三郎の新町のけいせい梅川」
(『四方錦故郷旅路』より)

もちろん、歌舞伎の知識がなくても分かるように、演目の筋書きや登場人物の役柄の説明が大変親切で、今も名跡が受け継がれている團十郎や鰕蔵(海老蔵)、幸四郎、三津五郎という名も作品に見え、歌舞伎ファンならずとも十分に楽しめること請合いです。

「六代目市川団十郎の曾我の五郎、
時宗三代目市川八百蔵の曾我の十郎祐成、
市川鰕蔵の工藤左衛門祐経」
(『再魁槑曾我』より)

写楽というと必ず「写楽とは誰か?」という写楽の正体をめぐる話になりがちですが、写楽の謎解きということには一切触れず、写楽の浮世絵の世界を純粋に取り上げ、わずか10ヵ月という短い活動の足跡のみにスポットを当てています(当時の『増補浮世絵類考』という本に「写楽は阿波出身の能役者・斎藤十郎兵衛である」という記述があるという話は紹介されていました)。

 「とら屋虎丸(二代目嵐龍蔵の奴なみ平)」
(『花都廓縄張』より)

今回の『写楽展』は、現在見られる限りの、ほぼ全作品が集められており、恐らく今後、ここまでの規模の展覧会はないのではないかと思います。混雑必至ですが、観て損はない展覧会だと思います。図録も大変詳しく、また今回展示されていない作品も含め、写楽の浮世絵全作品が掲載されており、こちらもおすすめです。


【写楽展】
東京国立博物館にて
6/12(日)まで

ストーリーで楽しむ「写楽」in大歌舞伎 (広げてわくわくシリーズ)ストーリーで楽しむ「写楽」in大歌舞伎 (広げてわくわくシリーズ)









写楽 (別冊太陽 日本のこころ 183)写楽 (別冊太陽 日本のこころ 183)

2011/05/07

包む―日本の伝統パッケージ展

目黒美術館で開催中の『包む―日本の伝統パッケージ展』に行ってきました。

目黒区美術館って初めて行ったのですが、目黒駅からだと権之助坂を下り、目黒川沿いにしばらく歩いたところにあるテニスコートやプールなど区の施設のある一角にあります。目黒川沿いは都内でも有数(?)の桜の名所。桜の咲いてる時季はさぞきれいで、賑やかだったんでしょうね。桜の頃に来ればよかったと、ちょっと後悔しました(川は相変わらず臭かったですが…)。

(上写真)≪卵つと≫ 山形県

さて、今回の『包む展』は、明治生まれのグラフィック・デザイナー岡秀行さん(1905-1995)のコレクションを紹介したもので、食料品や菓子折などの容器から、米俵や藁の苞(つと)、酒瓶などまで、日本の風土や自然素材を色濃く反映した“伝統パッケージ”を展示しています。

≪さらさあめ≫ 宮城県/熊谷屋

会場は、それぞれ「木」、「竹」、「笹」、「土」、「藁」、「紙」といった素材ごとにスペースを分けられ、展示されています。 

≪澤の鶴≫ 兵庫県/沢の鶴

恐らく何百年という長い経験や生活の中で生まれた藁や笹を使った包装物。職人技さえ感じさせる工芸的な美しさに溢れています。菓子折や食品のパッケージなどは大正時代から昭和の30年代頃にかけてのものだと思われますが、現代のグラフィックデザインにはない“心”を感じさせる懐かしさ、美しさ。日本ならではの“美意識”を思わずにいられません。

≪真盛豆(利休井筒)≫ 京都府/金谷正廣

小さな頃、こういう包みを見たことあるなとか、お土産に買ってもらったことあるなとか、こんな洒落たものがあったのかとか、あまりに楽しくて面白くて、同じところを何度もグルグルしてしまいました。今度地方に旅行や出張に行ったときは必ずこういう商品を探してこよう、買ってこようと思うこと必至です。

≪鬼づら≫ 香川県

樽や甕がビンやプラスチックになり、藁が発泡スチロールになり、便利さや合理化の流れで、どんどん伝統や個性、手わざが失われていく。こうしたコレクショ ンを蒐集した岡秀行さんがかつて危惧した以上に、現代ではどんどん進行しています。それはある意味、日本の古き良き伝統が失われていくことを意味してもいます。「これほど美しく、これほど心を動かされるものが、かつては日常生活にあふれていたのは驚くべきことである」と会場にありましたが、これだけ素晴らしい伝統が失われていくのはほんと悲しいと思います。

≪濱焼桜鯛≫ 岡山県/鯛惣

でも、結局それは私たち日本人が近代化と引き換えにどこかに捨ててきたものなのですが、果たしてそれで良かったのかと、この展覧会はふと立ち止まらせるきっかけになるような気がします。ただの懐古趣味の展覧会ではなく、日本にはこんな素晴らしい伝統があったんだと再確認・再評価する意味は十分にある気がします。おすすめの展覧会です。

≪岡山獅子≫ 岡山県/中尾正栄堂


【包む―日本の伝統パッケージ展】
目黒区美術館にて
5/22(日)まで

包む─日本の伝統パッケージ包む─日本の伝統パッケージ

2011/05/06

五百羅漢展

東日本大震災の影響で開幕が大幅に延期になっていた『五百羅漢展』がようやく先日から始まり、早速伺ってきました。

前評判が高かっただけに開幕延期は残念でしたが、震災の影響で中止になる展覧会も多い中、こうしてお目にかかれることは有難いと思わなければなりません。

その狩野一信の「五百羅漢図」には通称“増上寺本”と呼ばれる100幅のものと、“東博本”と呼ばれる50幅のものがあり、それぞれ芝・増上寺、東京国立博物館が保管しています。

数年前に“東博本”の全50幅が東京国立博物館で公開されたことがあり、なんと手の込んだ作品だろうと感動した覚えがありますが、今回展示されているのは“増上寺本”の方の全100幅。副題に「増上寺秘蔵」とあるだけあって、全幅がこうして公開されるのは戦後初なのだとか。“知る人ぞ知る”仏画の傑作です。参考展示として、その“東博本”の内10幅(前期5幅、後期5幅)も特別に陳列されています(東京国立博物館でも別の5幅が5/29まで展示されています)。

「第13幅 布薩」

狩野一信は江戸末期の絵師ですが、その名から狩野派直系の由緒正しき絵師なのかと思いきや、師匠にあたる狩野章信は一信が12歳のときにこの世を去り、そのあとはほとんど独学で絵を学んだそうです。そのためか、同時期の狩野芳崖が狩野派の流れを汲む絵師として紹介されるのに対し、一信は狩野派の中に数えられていないことも多いようですね。

さて、そんな狩野一信ですが、10年の歳月をかけてこの「五百羅漢図」を完成させたと言われています。一信は48歳で亡くなっていますから、37、38歳 ぐらいから「五百羅漢図」の100幅に取り掛かったのでしょう。今回比較展示されている“東博本”は“増上寺本”に先立って描かれたと言われ、またほかにも 「十六羅漢図」などを複数残していることからも、狩野一信という人の絵師人生は羅漢図とともにあったといっても過言ではないかもしれません。

「第22幅 六道 地獄」

一信の「五百羅漢図」は、羅漢たちの暮らしぶりを表す場面、自ら出家し、出家者や異教徒を教化する場面、地獄など六道から救済する場面、神通力を発揮する場面、竜宮に招かれ、供養を受ける場面、天才や人災からの救済を表す場面など、全部で10のパートに分かれていて、1幅につき3~6人の羅漢様が描かれています(全100幅で500人の羅漢様になっているはず)。

「第51幅 神通」

10年で100幅ということは、1年で10幅、約5週間で1幅のペース。伊藤若冲の「動植綵絵」と「釈迦三尊」はおよそ10年で33幅ですから(彼の場合、その間いろんなものを描いてるので単純比較できませんが)、相当はハイペースです。体力を相当消耗したのか、最後の4幅を残して残念ながら病没。残りの4幅は妻・妙安と弟子・一純らが補って完成させたそうです。しかし、その差は歴然。一信が描いた96幅の圧倒的で濃厚な五百羅漢図とは明らかに異なる出来映えは素人目にもはっきりと分ります。全100幅を描ききれなかった一信はどれだけ心残りだったことか…。

「第61幅 禽獣」

とはいえ、五百羅漢図が100幅もあれば、それはただただ圧巻。江戸末期の作品で、大切に保管されていただけあり、保存状態もよく、彩色豊かで色鮮やか。 掛け軸としても大振りのサイズで、物語性、表現性も高く、また裏彩色を施したり、西洋画の陰影法や遠近法を取り込んだりと非常に手が込んでいて、見応え十分。日常生活の場面を描いた人間的な味わいを感じさせるものもあれば、「六道」のような緊張感漂うおどろおどろしいものもあるし、安政の大地震のあとに描 かれたとされる「七難」では東日本大震災の記憶が再び呼び覚まされるし、どれ一つとってもその素晴らしさ、迫力に圧倒されること必至です。

「第82幅 七難 震」


【五百羅漢 −増上寺秘蔵の仏画」幕末の絵師 狩野一信】
江戸東京博物館にて
7/3(日)まで

狩野一信狩野一信