2012/08/11

日本美術デザイン大辞展

三井記念美術館で開催中の『日本美術デザイン大辞展』に行ってきました。

古美術入門編として三井記念美術館がときどき開催している企画展『美術と遊びのこころ』シリーズの第5弾。展示作品の解説や、図録や美術書などで目にする専門用語を、実際の美術品を見ながら学ぼうというリアルな美術辞“展”です。

日本画や書跡、陶磁器、工芸品、染織物、甲冑、刀剣などの美術品にまつわる文様や画題、技法や材料等の用語を50音順に並べ、その“現物”と一緒に紹介しています。登場する用語は全部で94。カテゴリーや年代で分けるフツーの展覧会と違って、50音順に見ていくので、まるで辞典のページをめくるような楽しさがあります。

面白かったもの、勉強になったもの、ちょっとメモしたものなどを少しだけご紹介。

≪あしでえ/葦手絵≫
漢字や仮名文字を、岩や樹木などの風景のなかに隠すように描いた絵画。「平家納経」の模本と「舟月蒔絵二重手箱」が展示されていました。「舟月蒔絵二重手箱」は一見ただの(とはいっても立派な)蒔絵なのですが、模様の中に「夜」「雲」「水」「秋」といった文字が隠されています。

≪いろえ/色絵≫
陶磁器でよく見る装飾技法ですが、「一度釉薬をかけて焼いた器物に、赤・緑・黄などの上絵具で文様を描き、窯にいれて焼き付けた陶磁」というように、どういう工程で造られるのかなど詳しく説明されています。陶磁器は不案内なのですが、解説と一緒に作品を観ると、素人の私でもよく理解できます。

仁清 「色絵鶏香合」
江戸時代・17世紀 三井記念美術館蔵

≪うきえ/浮絵≫
西洋画の透視遠近法を取り入れた浮世絵で、今でいう“3D”的な効果を売りにしたもの。展示されていた「浮絵室内遊楽図」は障子の部分に絹を使うなどリアル感を試みていて面白かったです。円山応挙が得意とした“眼鏡絵”も浮絵の一つですね。

≪うろこもん/鱗文≫
三角形を組み合わせた文様で、魚や蛇の鱗の形に似ているため、「鱗文」と呼ばれるとのこと。歌舞伎の「娘道成寺」で清姫が蛇体になるときの衣装に用いられたり、能楽では鬼女などの衣装に用いられるそうです。今度「娘道成寺」を観に行ったら、よく見てみよう。

狩野探幽 「雲龍図」
江戸時代(寛文11年)・1671年 京都・本山興正寺蔵

≪うんりゅう/雲龍≫
言わずもがなの“龍”の絵ですが、「龍吟雲起」といって、古来より龍は雲とセットで描かれます。参考作品として探幽の立派な「雲龍図」が展示されていました

≪おおつえ/大津絵≫
“大津絵”とは滋賀県の大津の名物だった民芸画のこと。主に仏画や鬼の念仏絵などが有名で、歌舞伎で知られる「藤娘」ももともとは大津絵の画題だったものでした。河鍋暁斎の「浮世絵大津之連中図屏風」が展示されていましたが、大津絵をパロディー化したような作品で、鬼が弾く三味線がまるでエレキギターのようだったり、大津絵らしい奴や座頭がいる一方で、大津絵らしからぬ美男美女が描かれてたりと、とてもユニークでした。

「光悦謡本」
桃山時代・17世紀 三井記念美術館蔵

≪きらずり/雲母摺≫
装飾料紙に用いられる技法の一つで、膠でといた雲母(うんも)を紙に摺刷したものを“雲母(きら)摺”といい、歌麿や写楽の錦絵など浮世絵で効果的に使われていることでも知られています。展示されていた「光悦謡本」は安土桃山末期に富裕町人や上流武家などに向けて作られた豪華な装丁の謡本(能の謡の稽古用のテキスト)。キラキラ輝いていて、とても贅沢感がありました。

≪きりかね/截金≫
≪きりかね/切金≫
技法としてはほぼ同じもので、極細に切った金や銀の箔を仏画や仏像に装飾として貼ったのが「截金」で、蒔絵など工芸品に貼ったのが「切金」というようです。5月にNHK‐BSで放映された『極上美の饗宴』で、『ボストン美術館展』で展示された「馬頭観音菩薩像」の金の装飾を絵仏師の方が再現するというのをやっていて、その截金の超絶技巧ともいうべき繊細な作業とその美しさに心奪われたばかりなので、とても興味深く拝見しました。小さな細工がよく分かるように、拡大鏡が置いてありました。

≪げちょう/牙彫≫
動物の牙(主に象牙)に彫刻を施したもの。展示されていた竹内実雅の「牙彫田舎家人物置物」は、どうやってこれを彫ったのだろうというぐらい素晴らしい作品でした。また、象牙で野菜や貝殻を真似て作った安藤緑山の「染象牙果菜置物」と「染象牙貝尽くし置物」もリアルで見事な作品。でも、象牙を使ってそこまでしなくても…と思わなくもないというか。現在はワシントン条約で象牙の輸出入は禁止されてますので、今は贅沢な美術品です。

≪さいかんさんゆう/歳寒三友≫
“松・竹・梅”(または梅・水仙・竹)の画題を“歳寒三友”と呼ぶのだそうです。ちなみに、“梅と菊”で“歳寒二友”。勉強になりました。

≪すやりがすみ/すやり霞≫
絵巻などでよく見る、たなびく霞の模様。場面転換や時間の経過を示すものとして、絵巻には必須のアイテムですね。応挙の弟子筋にあたる亀岡規礼の「酒呑童子絵巻」が展示されていました。

「紅地青海波波丸模様厚板」
明治時代・19世紀 三井記念美術館蔵

≪せいがいは/青海波≫
波を扇形に図案化した文様で、能装束から工芸品まで幅広く用いられているもの。こういう文様の名前ひとつ知ってるだけで、日本美術に詳しくなった気になるから面白いものです。参考展示として、小袖の「紅地青海波波丸模様厚板」と、塗物として柴田是真の「青海波塗皿」が展示されていました。

≪せんさい/剪綵≫
こういうのがあるのは初めて知りました。一見、日本画のようなのですが、「下絵を切り抜き、残った線に部分に金泥を塗り、切り抜いた部分には裂地を貼って作る」切り絵的な作品でした。三井家の女性たちが代々受け継いで制作したものだそうですが、奥様方の趣味の域を超えた素晴らしいものでした。会場を入ったすぐのところにも、この剪綵による作品が飾られていました。

≪そとぐま/外隈≫
描かれているものの輪郭の外側をぼやかすことで、その内側の対象物を浮き立たせる日本画の技法。いわゆる“片ぼかし”ですね。仏画などに使われていた装飾技法を、応挙が応用して考案したものといわれています。参考作品には、おととしの『円山応挙展』でも出展されていた「富士山図」が展示されていました。

≪はつぼく/溌墨≫
水墨画の技法の一つで、墨の濃淡で立体感を表す方法ですが、似た技法の「破墨」も一緒に解説してくれたら、より分かりやすかったのではないかなと思いました。橋本雅邦の「唐山水」が展示されていました。

醍醐冬基 「源氏物語画帖」
江戸時代・17世紀 三井記念美術館蔵

≪ふきぬきやたい/吹抜屋台≫
これもよく見る屋根や天井を取り去って俯瞰で描く大和絵独特の表現方法ですが、「吹抜屋台」というのだそうです。展示作品の「源氏物語画帖」を描いた醍醐冬基は後陽成天皇の孫にあたる公卿だとか。一部のみの展示でしたが、画帖全てを観てみたいと思うような作品でした。

≪もっこつほう/没骨法≫
輪郭を描かずに、筆使いやその濃淡だけで形や色を表現する、花鳥画や水墨画でよく見られる基本的な技法ですね。先ほどの「溌墨」も没骨法の一つで、また応挙が得意とした「付立て」も没骨をアレンジしたテクニックの一つです。琳派の「たらしこみ」や横山大観の「朦朧体」なんかも広い意味では没骨法です。参考作品には円山応挙の「水仙図」が展示されていました。

≪らでん/螺鈿≫
これも工芸品でよく目にする技法。使われる貝の種類などが解説に書かれていたのですが、メモしてくるのを忘れました。展示されていた「楼閣人物螺鈿重箱」が素晴らしかったです。


展示の解説を全部メモするわけにもいかず、また読んでも全部覚えられるわけでもなく、図録があれば買って帰ろうと思っていたのですが、残念ながら、本展の図録はありませんでした。中には、常識的に知ってるだろうと思うものもありますし、またこれはあって、これはないの?と思うものもありましたが、図録があれば、ちょっとした美術辞典として、重宝したかなとも思いました。とはいえ、日本美術のキーワードを五十音順で見せるという発想もユニークで、なかなか新鮮な展覧会でした。



【美術と遊びのこころⅤ 三井版 日本美術デザイン大辞展】
2012年8月26日(日)まで
三井記念美術館にて


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