2012/10/14

お伽草子展

サントリー美術館で開催中の『お伽草子展』に行ってきました。

“お伽草子”とは、室町時代から江戸時代にかけて作られた絵入りの短編物語のことで、絵巻や絵本でも親しまれ、幅広い階層に愛読されたといいます。

“おとぎ”は、もともと寄り添う意味の“とぐ”から来ていて、退屈を紛らわせたり、慰めたり、機嫌を取ったりするための話し相手のこと。空いた時間にちょっと読むにはちょうどよい“相手”としての需要があって“お伽草子”は広まったのでしょう。

内容は「一寸法師」や「浦島太郎」のような昔話もあれば、恋愛物語や武勇伝、さらには怪奇譚まで、その題材は多彩で幅広く、時代時代で新しい物語が作られ、現存作品だけでも400種類を超えるそうです。

本展では、全期間で約110点の作品が展示され、お伽草子の成り立ちから、時代ごとの変化、その内容の変遷や特異性などを紹介しています。

会場に入ると、まず“お伽草子”の定義が書かれていました。
  1. 短編であること。比較的短い時間で楽しめる。
  2. テーマの新奇性。物語文学が貴族の恋愛物語であるのに対し、“お伽草子”は名もない庶民が主人公だったり、神仏の化身や申し子だったり、動物たちが人間のようにふるまったりするなど多種多様。
  3. 多くの場合、絵を伴うこと。
とのことでした。

序章には、18世紀前半に大坂の渋川清右衛門が「御伽草子」の名で刊行した23編の“お伽草子”が展示されています(期間により5~6点ずつ)。「御伽草子」は渋川清右衛門が使ったいわば商標のようなもので、ロングセラー商品としてヒットしたといいます。“お伽草子”という言葉自体は、ここから広まったということです。


第1章 昔むかし ― お伽草子の源流へ

絵巻の全盛期は鎌倉時代といわれていますが、当時は寺社縁起や高僧伝記などの宗教的なものが多く、物語文学を内容とするものは少なかったそうです。やがて、鎌倉時代末期になると、題材や表現にそれまでとは異なる物語が現れます。これがお伽草子の萌芽といわれているとのことでした。

「福富草子」(部分) (重要文化財)
室町時代 京都・春浦院蔵

「むかしむかし、見事な“放屁っぷり”で長者になった男がおりました。それを真似ようとした…」という男の失敗談を描いた「福富草子」。サントリー美術館 には「放屁合戦絵巻」という一度見たら忘れない絵巻の珍品がありますが、今回はその出展はなく、2点の「福富草子」が展示されていました。こんな昔話が あったんですね。

ほかにも、物語化される前の浦島伝説「浦嶋明神縁起絵巻」も展示されていて、まずはお伽草子の源流から触れていきます。


第2章 武士の台頭 ―「酒呑童子」を中心に

武士が台頭する鎌倉時代以降になると、軍記物語が登場し、それはやがて超人的な武士像を生み、武勇説話や怪物退治に姿を変えていきます。丹波の大江山に棲む鬼の頭領・酒呑童子を退治する物語は100を超えるものが存在するそうで、当時は非常にポピュラーな物語だったことがよく分かります。

狩野元信 「酒伝童子絵巻」(下巻 部分)
大永2年(1522) サントリー美術館蔵

本展ではその現存最古のものという「大江山絵詞」(重要文化財)のほか、狩野永徳の祖父にあたる元信による「酒伝童子絵巻」や岩佐派の関与が指摘されている「大江山縁起図屏風」などのお伽草子と呼ぶには立派過ぎる“酒呑童子もの”の絵巻や屏風も展示されています。


第3章 お伽草子と下剋上

すっかり武士の世の中となった室町時代。文化もそれに応じた発展を遂げます。戦国の世は、文芸の世界にも質の変化と多様化をもたらしたといいます。このコーナーでは、立身出世といった時代の精神や風潮、また物語の主人公や画風の変容、また享受層の広がりを、さまざまなお伽草子から辿っていきます。

伝・土佐光信 「地蔵堂草紙絵巻」(部分)
室町時代 個人蔵

「地蔵堂草子」は、美女に連れられ竜宮に行った僧が美女の正体が竜だと知り、地蔵堂へ戻ってくるが、一夜明けると僧は竜の姿になっていたというお話。絵巻は土佐光信の筆と伝えられるもので、素朴でユーモラスな画風の作品が多い中でも、ちょっと別物というような完成度の高い絵巻でした。

「おようのあま絵巻」(部分)
室町時代 サントリー美術館蔵

「おようのあま」は、貴族や武家の女房たちを訪ねては小物や古衣などを売り歩く“御用の尼”と呼ばれる老尼が、お茶をごちそうになった老僧にお礼に世話をする若い女性を約束するが、後日現れたのは若い女性の格好をした老尼だったというお話。

“お坊さん”ものではほかにも、美しい娘に一目惚れした僧侶が長い竹筒で愛を囁くという「ささやき竹物語」や、殺生をいさめたり、念仏をすすめたりと熱心に語りかけるも、あれこれと言い返されてしまう僧の悲哀をユーモラスに描いた「善教房絵巻」など、ユニークな作品がありました。

「浦島絵巻」(部分)
室町時代 日本民藝館蔵 (展示は10/8まで)

“浦島太郎”の話はいくつもバリエーションがあるようで、この「浦島絵巻」もいじめられてた亀を助けるわけでもなく、現代のストーリーと若干違うようです。名前も“浦島太郎”ではなく“浦島子”でした。この箱からピューッと出てるのは実は煙で、「玉手箱を開けたら男は白髪のおじいさんになりました」ということなのですが、今で言うと“ヘタうま”っていうんでしょうか、素朴な味わいがあって、子どもが喜んで見ている光景が目に浮かぶような楽しいお伽草子でした。

ほかにも、兄・海幸の釣り針を失くした弟・山幸が翁に導かれて海中の竜宮城に向かい、無事に釣り針を見つけた上に美しい姫と結婚するという海幸・山幸の神話を描いた「かみ代物語」や、刈萱道心と子・石童丸の説話を描いた「かるかや」など、稚拙な画ながらも、素朴さとユーモラスさに溢れた作品があって、とても面白かったです。


第4章 お伽草子と〈場〉 ― すれ違う物語・行きかう主人公

「鼠草子」もいくつものバリエーションが展示されていました。昔話の「ねずみの嫁入り」とは違う話のようで、畜生界から逃れたいと願う鼠が人間の女性と結婚するも、実は鼠だと知ったお嫁さんが逃げてしまうというお話。擬人化された鼠の姿がユーモラスです。

鼠草子絵巻(巻二 部分)
室町時代~桃山時代 サントリー美術館蔵

鼠が人間のお嫁さんが欲しいと願をかけるところが清水観音(清水寺)なのですが、お伽草子の中には清水寺が登場するものがいくつもあって、その数40篇を超えるそうで、現存するお伽草子の約1割を占めているというから驚きです。

京都の清水寺の門前で女性を物色する「物ぐさ太郎」など、ここでは清水寺が重要な場面に描かれているお伽草子を集め、その関係を探る独立したコーナーが設けられています。中でも、清水寺を舞台にした中将と姫の恋愛を描く「しぐれ絵巻」は貴族の男性の目が少女マンガのようなパッチリ二重でビックリします。女流絵師による作品だそうで、昔からパッチリ二重はイケメンの象徴だったのでしょうか。いろんな絵巻を観てきましたが、こんなの初めて観ました。


第5章 見えない世界を描く ― 異類・異界への関心

最後のコーナーは、異界や異類が描かれたお伽草子を集めています。先ほどの「鼠草子絵巻」もこちらのコーナーでも紹介されていましたが、ほかにも天狗が比叡山の僧との法力競べであえなく負けてしまう様を描いた「是害房絵巻」や、台所用品など器物のお化けを描いた「付喪神絵巻」、また妖怪たちの跳梁跋扈を描く「百鬼夜行絵巻」などが展示されています。

中でも、60点を超えるという「百鬼夜行絵巻」の最古の名品といわれる京都・真珠庵蔵の「百鬼夜行絵巻」は中世の妖怪の絵が見られるという点でも非常に興味深い作品でした。このほかにも、「百鬼夜行絵巻」と「付喪神絵巻」が合体したような、その名も「百器夜行絵巻」なるユニークな作品もありました。

「付喪神絵巻」(上巻 部分)
室町時代 岐阜市・崇福寺蔵

たとえば「平家物語」や「伊勢物語」、「源氏物語」を取り上げた作品のように、多少なりともその物語のバックグラウンドがないと、ちゃんと理解するのが難しいものと違って、“お伽草子”は肩ひじ張らず楽しめる“軽め”なところがいいのだと思います。高尚な美術作品とは違って敷居も低く、大人から子どどもまで楽しめて、愉快でとても楽しい展覧会でした。


【お伽草子 この国は物語にあふれている】
2012年11月4日(日)まで
サントリー美術館に


慶応義塾図書館蔵図解 御伽草子慶応義塾図書館蔵図解 御伽草子


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