2013/06/15

ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-

江戸東京博物館で開催中の『ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-』に行ってきました。

“ファインバーグ・コレクション”はアメリカの実業家で化学者のロバート・ファインバーグ氏が蒐集した日本美術のコレクションで、本展では江戸絵画を中心に約90点の作品が里帰りをしています。

宗達や抱一、若冲、蕭白、北斎といった人気絵師の作品がずらりと並び、いずれ劣らぬ逸品揃い。こうした作品を一代で蒐集したというファインバーグ氏(正確には奥様のベッツィ・ファインバーグ夫人との共同コレクション)の趣味の良さと鑑識眼の確かさ、そして財力に驚かされます。

現在、同じアメリカの日本画コレクター、ジョー・プライス氏の“プライス・コレクション”も東北の美術館を巡回中ですが、プライス氏もファインバーグ氏も蒐集したものをこうして日本の私たちに見せてくれるというその心の広さに感謝と敬意を表せずにはいられません。ただ、こうした日本美術の優品の数々が海外流出してしまっていることが恨めしくもあります。


第1章: 琳派

まずは琳派から。
最初に登場するのが宗達の「虎図」。猛々しい虎のイメージはなく、どこか猫のような愛嬌すら感じられる優しげな虎。毛のふわりとした感じに見せる技巧的な筆致は流石です。

俵屋宗達 「虎図」
江戸時代・17世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

酒井抱一 「十二ヶ月花鳥図」(内、紫陽花・立葵に蜻蛉)
江戸時代・19世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

会場の一角には、抱一お得意の画題「十二ヶ月花鳥図」がズラリ。ファインバーグの「十二ヶ月花鳥図」は2008年に東京国立博物館で開催された『大琳派展』のときも来日しているので、久しぶりの再会です。解説によると、抱一の「十二ヶ月花鳥図」は現在5セット(三の丸尚蔵館(宮内庁)、プライスコレクション、出光美術館、畠山記念館、そして本作)が確認されているとのこと(私自身は畠山記念館本のみ未見)。どれも甲乙つけ難いのですが、ファインバーグ本は状態がとてもきれいで、構図や色が品良くまとめられているという印象を受けました。

鈴木其一 「群鶴図屏風」
江戸時代・17世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

ファインバーグ・コレクションで一番有名な作品といえば、この其一の「群鶴図屏風」でしょう。『大琳派展』のときも来日しているので、ご覧になった方も多いかもしれません。完全に意匠化された川と鶴の群れ。斬新かつリズムカルな構図。其一のデザインセンスの高さを見事に表した傑作です。プライス・コレクションにも其一の「群鶴図屏風」がありますが、プライス版より、ファインバーグ版の方がデザイン性という点ではすっきりしていて、より洗練された感じを受けます。

そのほか≪琳派≫の中では、深江蘆舟の「秋草に瓜図」、俵屋宗里の「楓図屏風」 、抱一の「宇津の細道図屏風」、其一の「山並図小襖」が個人的には非常に好みでした。


第2章: 文人画

文人画でまず目に入るのが、池大雅の六曲一双の傑作「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風」。風で帽子が飛ばされた孟嘉と急な雨で笠と履物を農家で借りた東坡の二人の中国の高士を描いた作品です。おおらかな人物描写と岩や木々の太く勢いのある墨線の対比が素晴らしい。


池大雅 「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

池大雅はほかにも、なかなか立派な墨竹画の名品「雪竹図」や指頭画による初期作「唐人合奏図」などが展示されていました。

谷文晁 「秋夜名月図」
江戸時代/文化14年・1817年 ファインバーグ・コレクション蔵

今回の出品作品の中で、一番の収穫というか、一番感動したのが、この谷文晁の「秋夜名月図」。横170cm近い横長の大きな水墨画で、少し霞のかかった中秋の名月と背の高い葦、そして巨大な落款と、とてもインパクトのある作品です。構図の妙もさることながら、霞の淡墨や葦の茎葉の濃淡の加減が何とも言えません。一目見て、思わず唸ってしまいました。谷文晁の作品でも最高傑作の一つじゃないかと思います。

与謝蕪村 「寒林山水図屏風」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

≪文人画≫では、蕪村の「寒林山水図屏風」、中林竹洞の「四季花鳥図」、山本梅逸の「畳泉密竹図」、岡本秋暉の「蓮鷲図」など、優品が多く展示されていました。


第3章: 円山四条派

次のコーナーは円山応挙から。最初に展示されていた「鯉亀図風炉先屏風」(展示リストでは6/18からになっていましたが既に展示されていました)の上品な美しさにいきなりノックアウト。水紋を描いた絹地を裏に貼り透明感のある水面を再現するという技巧を凝らした小屏風で、応挙ならではの写実性と情緒豊かな画面作りが堪能できる逸品です。調べると徳川美術館にも同じ画題の作品があるようなので、応挙は同様の作品を複数制作しているようです。

円山応挙 「孔雀牡丹図」
江戸時代/明和5年・1768年 ファインバーグ・コレクション蔵

「孔雀牡丹図」も応挙の得意とした画題。写実を極めた応挙らしい精細で、極彩色の牡丹と孔雀が見事です。応挙はほかにも美人画なども展示されていました。

森祖仙 「滝に松樹遊猿図」(左幅)
江戸時代・19世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

森祖仙といえば猿の絵。この「滝に松樹遊猿図」は猿の親子の生き生きとした、仲睦まじげな描写が何とも心を和ませます。左幅に松と猿、右幅に滝というシンプルな構図で、滝の音や猿の鳴き声が聴こえるようでした。

そのほか、≪円山四条派≫には、下絵ということですが下絵には見えない迫力ある岸駒の「滝に鷲図」や、貴族の端午の節句と農家の桃の節句を描いたユニークな柴田是真の「二節句図」あたりが良かったと思います。


第4章: 奇想派

ここでは最近京都国立博物館で展覧会があったばかりの狩野山雪をはじめ、若冲、蕭白、蘆雪ら、自由奔放で奇抜な画風の、いわゆる≪奇想派≫と呼ばれる絵師たちの作品が展示されています。

伊藤若冲 「松図」
江戸時代/寛政8年・1796年 ファインバーグ・コレクション蔵

期待の山雪の作品は、京博の展覧会で観たほどのインパクトは受けませんでしたが、素晴らしかったのが若冲最晩年の作という「松図」。このデフォルメされ、勢いよく描かれた松の強さ、迫力。老いてなお意気軒昂な若冲の創作意欲に驚かされます。

葛蛇玉 「鯉図」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

面白かったのが葛蛇玉(かつ じゃぎょく)の「鯉図」で、勢いよく流れる川の瀬に逆らうように泳ぐ大きな鯉。一度観たら忘れられないようなユニークな構図が印象的です。葛蛇玉という絵師の作品は初めて観たのではないかと思いますが、Wikiによると、現存する作品は極めて少なく、現在6点しか確認されていないそうです。

曽我蕭白 「宇治川合戦図屏風」
江戸時代・18世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

そのほか、蕭白が3作品、蘆雪が3作品展示されています。蕭白は彼の多面的な技量を物語るように、ダイナミックな「宇治川合戦図屏風」に、お得意の「鉄拐仙人図」、細密水墨の「山水図」とバラエティに富んでいました。


第5章: 浮世絵

最後は≪浮世絵≫。といっても木版画ではなく、肉筆画のみの展示でしたが、これがなかなかの優品揃いで、趣味がいいなと感じました。

鳥文斎栄之 「遊女と蛍図」
江戸時代・18-19世紀 ファインバーグ・コレクション蔵

≪浮世絵≫のコーナーで個人的に良いと思ったのが、東燕斎寛志の「見立孟宗図」と鳥文斎栄之の「遊女と蛍図」。浮世絵は詳しくないので、二人の絵師のことはあまり知りませんが、「見立孟宗図」は、孟宗という人が病気の母のために雪をかき分けて筍を掘ったという有名な故事に見立てたもので、当世風の女性に置き換えたところがユニーク。ちょっと現実離れしていて、雪の描写も印象的で、なかなか面白い作品でした。鳥文斎栄之は歌麿のライバルといわれたほどの美人画の名手だそうで、「遊女と蛍図」は蛍を愛でる遊女の、なんとも品のある一幅でした。酒井抱一が琳派に傾倒する以前の若い頃に描いた浮世絵肉筆画というのもありました。

葛飾北斎 「源頼政の鵺退治図」
江戸時代/弘化4年・1847年 ファインバーグ・コレクション蔵

会場の最後に展示されていたのが、北斎の「源頼政の鵺退治図」。『平家物語』にも登場する“鵺”退治の逸話を描いた作品です。鵺を描かず漆黒の闇と頼政の勇壮な姿で怪物退治の臨場感を表した傑作です。


恐らくファインバーグ氏の趣味だと思いますが、全体的にきれいな感じの、あまりこってりとせず、品の良い江戸絵画が多いという印象でした。なかなかの優品揃いなので江戸絵画ファンにはお勧めです。なお、当ブログで紹介した作品の中には、一部展示替えになる作品もありますので、事前に公式サイトでご確認ください。


【ファインバーグ・コレクション展 -江戸絵画の奇跡-】
2013年7月15日まで
江戸東京博物館にて


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