2013/12/03

江戸の狩野派

出光美術館で開催中の『江戸の狩野派 -優美への革新』展に行ってきました。

江戸絵画といえば狩野派を抜きに語ることはできず、その作品を観る機会も多くありますが、人気の面では琳派や伊藤若冲、円山応挙らに及ばず、また粉本主義やら何やらで狩野派は特徴がないとか少し退屈というイメージがついているようにも感じます。

個人的には、今年たまたま京博の『狩野山楽・山雪展』や板橋区立美術館の『狩野派 SAIKO!』などで狩野派の作品をまとめて観る機会があり、狩野派を再評価できた年でもありました。狩野派って実は面白いじゃん、と思っていたところのこの展覧会。江戸狩野を見直すにはグッドタイミングの展覧会じゃないかと思います。(ほんとは埼玉県立歴史と民俗の博物館の『狩野派と橋本雅邦展』にも行きたかったのですが…)


Ⅰ章 探幽の革新-優美・瀟洒なる絵画

狩野探幽はご存知のように織田信長と豊臣秀吉の下で一時代を築いた狩野永徳の孫で、江戸幕府の開府とともに徳川家康に招かれて拠点を江戸に移し、江戸狩野派の祖となります。ここでは探幽の作品を中心に、狩野派の二代目で、狩野派の様式を確立した元信や、探幽の甥で、元信・永徳・探幽とともに狩野派の四大家と評される常信らの作品を展示しています。

会場に入って右手に展示されていたのが縦長の掛軸に二十数羽の燕の群れ飛ぶ様を描いた「波濤群燕図」(前期展示)。燕がコマ撮りのように描かれているのですが、たとえば宗達/光悦の「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」の鶴とは違い、それぞれの燕に個性というか自由さがあり、かつ群舞図としてまとまりがあるのが面白いところ。探幽というと狩野派のお手本のような画を描く人というイメージがあったので、こういう洗練されたクリエイティブな作品も手掛けていたとはちょっとした発見でした。

Ⅰ章でのテーマの一つは探幽の創り出す“余白”の美で、長谷川等伯や海北友松など余白に美を見出した一時代前の絵師の傾向を引き継ぎ、さらに余白を表現上の重要な要素と捉え、そこに優美さと瀟洒な佇まいを追求したと紹介しています。

狩野探幽 「叭々鳥・小禽図屏風」(右隻)
江戸時代 出光美術館蔵

展示されていた狩野元信(実際には元信画に学んだ狩野派絵師?)の「花鳥図屏風」は安土桃山の狩野派の典型的な屏風絵という感じで、京狩野もこうした画趣に近いものがありますが、探幽による「叭々鳥・小禽図屏風」や「竹林七賢・香山九老図屏風」は前時代の狩野派の派手さはなく、逆に饒舌になり過ぎた水墨表現を一端リセットし、余白を大きく取り入れ、清新な美的価値を新たに見いだしているようなところがあります。


Ⅱ章 継承者たち-尚信という個性

探幽の弟で木挽町狩野家を興す尚信にスポットを当てています。尚信というと、偉大な兄・探幽や高い画才を示した子・常信の影に隠れ、あまり目立った印象を持っていなかったのですが、こうして尚信の作品に絞って観てみると、天性の感性や柔軟さがクローズアップされ、あまりの巧さに俄然興味が湧きました。

農村の風俗を軽妙なタッチで描いた「猿曳・酔舞図屏風」や日本や中国の物語や故事を題材にした瀟洒な味わいの「小督弾琴・子猷訪戴図屏風」、また金地に大胆に筆を走らせ、墨の濃淡が絶妙な「叭々鳥・猿猴図屏風」など、レベルの高さだけでなく、機知に富んだ表現力に尚信の豊かな創造性と個性を感じます。

狩野尚信 「叭々鳥・猿猴図屏風」(左隻)
江戸時代 出光美術館蔵

面白いのは「猛虎図」で、虎に全く猛々しいところがなく、何か気配を伺っているような、どこか人間的な表情がユニーク。よく見ると舌をペロッとだしているなど愛嬌があります。

狩野尚信 「猛虎図」
江戸時代 東京富士美術館蔵


Ⅲ章 やまと絵への熱意-広がる探幽の画世界

狩野派のベースは中国絵画ですが、探幽は30代後半にやまと絵に傾倒し、土佐派の細密画法を研究したそうです。恐らく一番勢いと創作意欲が高まっているだろう時期に、さらなる理想を目指し新たな狩野派の画に取り組む探幽のモチベーションの高さが見えるようです。

狩野探幽 「源氏物語 賢木・澪標図屏風」(右隻)
寛文9年(1669年) 出光美術館蔵

探幽の「源氏物語賢木・澪標図屏風」はどこが狩野派的か素人には分からず、土佐派の作品といわれても見分けがつかないほど、精緻で華美なやまと絵の屏風絵ですが、「定家詠十二ヵ月和歌花鳥図帖」になると余白の使い方や瀟洒な筆致に探幽らしさを感じもします。(素人に分かるのは所詮そのぐらいですが)


Ⅳ章 写生画と探幽縮図-写しとる喜び、とどまらぬ興味

探幽は日本や中国の古画の模写や写生に熱心だったというのは有名な話で、それらは「探幽縮図」としてまとめられ、江戸狩野派の手本となっただけでなく、模写の原本が現存しないものも多く現在は貴重な美術的資料になっています。ここでは「探幽縮図」をはじめ、探幽や常信の模写や写生図などを紹介しています。探幽による「鳥獣戯画絵巻」の模写などもあり、こんなものまで写していたのかと驚きました。

狩野常信 「波濤水禽図屏風」(右隻)
江戸時代 出光美術館蔵

常信の「波濤水禽図屏風」は探幽の同題の作品に学んだものだろうということですが、探幽の優美さはなく、華美で目を引くものの、たとえば狩野山雪の「雪汀水禽図屏風」のダイナミックな造形美や、また琳派の波濤図の装飾性などと比べるとちょっと垢抜けない感じがします。この作品だけ一つポンと展示するのではなく、関連作品と比較展示してくれると良かったのですが。


Ⅴ章 京狩野 vs 江戸狩野-美の対比、どちらがお好み?

最後は、ここ数年注目が集まっている京狩野との比較ということで、京狩野から山雪の子・永納の屏風絵と、江戸狩野から探幽・尚信の弟・安信の屏風絵が比較展示されています。

狩野永納 「遊鶴図屏風」
江戸時代 出光美術館蔵

これは好みもあるでしょうが、濃厚な永納の屏風の隣では安信の作品は淡白に映り、ちょっと気の毒。華美さでは永納に軍配が上がり、山雪の血を確かに受け継いでいるなと感じます。対して、安信の屏風絵は余白も多くし、優美さを出そうとしていますが、探幽や尚信の技量には及ばず、面白味に欠けます。永納の「遊鶴図屏風」はサントリー美術館蔵の「春夏花鳥図屏風」(本展未出品)を思い起こさせるところもあり、非常に美しい屏風絵でした。

狩野安信 「松竹に群鶴図屏風」
江戸時代 出光美術館蔵

琳派や奇想派に人気が集まりがちの昨今ですが、そういう今だからこそあらためて狩野派を見直す機会じゃないかと思います。来年の2月には板橋区立美術館でも『探幽3兄弟展』が開かれることになっていて、江戸狩野派の評価が今後高まっていくのではないかとかなり期待しています。


【江戸の狩野派 -優美への革新】
2013年12月15日(日)まで
出光美術館にて


もっと知りたい狩野派―探幽と江戸狩野派 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい狩野派―探幽と江戸狩野派 (アート・ビギナーズ・コレクション)


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