2014/06/15

描かれたチャイナドレス

ブリヂストン美術館で開催中の『描かれたチャイナドレス展』のブロガーナイトに参加してまいりました。

Twitter のTLにときどき流れてくる感想ツイを読んでると、なかなか評判もいいようで、早く観に行かないといけないなと思ってたところでした。会社から急いで美術館に着くと、1Fのティールーム《ジョルジェット》に案内されて、ウェルカムドリンクのサービス。冷たいシノワズリティーに汗もスーッと引いていきます。

さて本展は、大正から戦前にかけての、中国への憧憬や愛着を抱いた洋画家たちが描いたチャイナドレス姿の女性像だけを集めたユニークな企画展。

かつての中国は文化の先進国。大正時代の日本では中国趣味のブームというのがあって、まだ女性の半数は和服姿という時代にもかかわらず、チャイナドレスを着た女性を街中で見かけることも珍しくなかったというから驚きです。

展覧会は第1室と第2室を使い、28作品が展示されています。壁も展覧会に合わせて赤く塗られていたり、チャイナドレスが飾られていたりと、気分はオリエンタル。当日は学芸部長の貝塚氏の解説を伺いながら、作品を拝見しました。


第1室は日本人女性に中国服を着せて描いた作品で構成されています。最初に登場するのが藤島武二。「匂い」は日本の洋画家がチャイナドレスを着た女性を描いた最も早い時期の油彩画だそうです。ヨーロッパ留学からの帰国後に描いた作品で、藤島は60着もチャイナドレスを買い集めていたといい、それをモデルに着せて描いたようです。ちょっと浅丘ルリ子似の美人。

藤島武二 「匂い」
大正4年(1915) 東京国立近代美術館蔵

メインヴィジュアルにも使われている「女の横顔」は赤い中国服とピンクの髪飾りの彩りも美しく、女性の顔がパーッと明るく輝いて見えます。横顔の肖像はイタリア・ルネサンスの肖像画の典型で、藤島はルーブルでこうした肖像画の模写に励んでいたそうです。モデルの“お葉さん”は竹久夢二の元恋人で、藤島を満足させた数少ない“横顔美人”ということでした。

[写真右から] 藤島武二 「芳蕙」 大正15年(1926) ※パネル展示
藤島武二 「女の横顔」 大正15~昭和2年(1926-27) ポーラ美術館蔵
藤島武二 「鉸剪眉」 昭和2年(1927) 鹿児島市立美術館蔵

同じく“お葉さん”を描いたとされる「芳蕙」がパネル展示であったのですが、現在所在不明なのだとか。会期前半には「東洋振り」という、滅多にお目にかかれない藤島武二の代表作も展示されていたようです。その「東洋振り」から約3年ほど、藤島は中国服を着た女性の横顔を集中的に描いていたというお話でした。

[写真右] 小林萬吾 「銀屏の前」
大正14年(1925) 福富太郎コレクション資料室蔵
[写真左] 久米民十郎 「支那の踊り」
大正9年(1920) 個人蔵

小林萬吾の「銀屏の前」は北京から中国服を取り寄せて描いたといい、中国服の模様や色合いがとても良いというか、仕立てや着心地は最高だろうなという感じまで伝わってきます。小林は黒田清輝の弟子で、東京美術学校で教鞭をとっていたそうです。久米民十郎の「支那の踊り」は不思議な動きで体をくねらせ、当時は“霊媒画”と呼ばれていたとか。久米はイギリスで絵を学んだ人で、渦巻派(ヴォーティシズム)の影響を受けているとありました。この方は関東大震災で若くして亡くなっているのですね。

岸田劉生 「照子像」
大正9年(1920) 郡山市立美術館蔵

個人的にオススメは、劉生の「照子像」と矢田清四郎の「支那服の少女」。「照子像」は劉生の5歳下の妹で、病気療養のため劉生宅に身を寄せ、そのときに描かれた1枚とのこと。心なしか顔色も少し悪い。中国服の風合いというか質感の表現が素晴らしく、娘・麗子像とはまた違った魅力があります。「支那服の少女」は撮影NGだったのですが、柔らかな光の中に佇む少女の姿が美しく、とても印象的な作品。

[写真右] 三岸好太郎 「中国の女」
昭和2~3年(1927-28) メナード美術館蔵
[写真左] 三岸好太郎 「支那の少女」
大正15年(1926) 北海道立三岸好太郎美術館蔵

つづいて第2室。こちらは中国を訪れ、中国服の女性を描いたり、その印象を日本で描いたりした作品が中心。夭折の画家・三岸好太郎は岸田劉生やルソーの影響を受けているそうで、独特のタッチが印象的。三岸はヨーロッパに行きたかったけれども行けなかった画家で、唯一の渡航先が上海だったそうです。当時の上海はヨーロッパへの玄関口で、ヨーロッパを夢見させる街だったのですね。

[写真右から] 小出楢重 「周秋蘭立像」 昭和3年(1928) リーガロイヤルホテル蔵
正宗得三郎 「赤い支那服」 大正14年(1925) 府中市美術館蔵
正宗得三郎 「支那服」 大正14年(1925) 府中市美術館蔵

小出楢重といえば大正時代を代表するよう画家の一人。「周秋蘭立像」は大阪のリーガロイヤルホテルのメインラウンジに飾られている作品とのこと(美術館の方が照明の効果できれいに見えるとの話)。神戸在住の上海生まれのダンサーをモデルに描いたのですが、顔はあまり似ておらず、実は奥さんの方に似ていたというエピソードがあるそうです。

[写真左から] 児島虎次郎 「花卓の少女」
大正15年(1926) 高梁市成羽美術館蔵
児島虎次郎 「西湖の画舫」
大正10年(1921) 高梁市成羽美術館蔵

児島虎次郎は日本よりパリで作品を発表することが多かったという画家。「花卓の少女」は少女の愛らしさと花の美しさ、中国家具のトーンがなんとも品のいい一枚。「西湖の画舫」は画舫(屋形船)での酒宴を描いたもので、古都・西湖の風流な遊興の様子が伝わってきます。

安井曾太郎 「金蓉」
昭和9年(1934) 東京国立近代美術館蔵

さて、本展のメインの一つ安井曾太郎の「金蓉」。言わずと知れた安井の代表作。本展の企画そのものが、この作品を東京国立近代美術館から借りられたことにより始まったのだそうです。モデルは上海総領事の令嬢で、中国好きで普段から中国服を着ていたとか。細川護立(細川護熙元首相の祖父)の依頼により描いた作品で、政財界には彼女のファンも多かったようです。鮮やかな紺色の中国服や全体の色味といい、構図的なバランスといい、どれも素晴らしいのですが、やはり彼女の落ち着いた雰囲気というか、知的な内面性が伝わってくるところが秀逸です。

恩地孝四郎 「白堊(蘇州所見)」
昭和15年(1940) 千葉市美術館蔵

そのほか、中国といえば…の梅原龍三郎の作品や、中国の大道芸人とその家族を描いた藤田嗣治のインパクトのある作品など見どころも多いのですが、個人的に特に印象深かったのが恩地孝四郎の版画作品。白い壁の空間に背を向けて佇む中国服の女。なにか空気の冷たさと、感情のよそよそしさがあります。制作年からして中国とは戦争の様相を呈し、日本でもモガの時代は遠い記憶と化した時代、そんな時代の空気感さえ伝わってくるようです。


残りの第3室から第10室は、ブリヂストン美術館のコレクション展示となっています。ルノワールやマネ、モネなど印象派の作品から、マティスやピカソ、ポロックやフォートリエなど20世紀の美術まで、良質の作品が展示されています。

チャイナドレスと洋画家たちとの素敵な関係に、中国文化に憧れを抱き、中国趣味に洗練を感じた時代に思いを馳せるのもいいのではないでしょうか。


※展示会場内の画像は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【描かれたチャイナドレス -藤島武二から梅原龍三郎まで】
会期: 2014年4月26日(土)~7月21日(月)
会場: ブリヂストン美術館
開館時間: 10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日: 月曜日


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