2014/09/30

名画を切り、名器を継ぐ

根津美術館で開催中の『名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち』を観てまいりました。

古美術品の多くは、長い年月のなかで持ち主が変わったり、その間に経年劣化して傷んだり、時代の好みに合わなくなったりして、中には絵巻や古筆なら分断して軸物にしたり、茶道具なら補修したり敢えて破損させたりして、今に至るものも多くあります。

本展は、そうしたオリジナルの形とは違う形に切断されたり、改装されたりして作り変えられた書画、茶道具が集められ、改変された経緯やまた所有者たちの古美術品への愛情と美意識を探るというもの。

根津美術館の新創開館5周年を記念した特別展ということで、根津美術館の所蔵品だけでなく、全国の美術館や個人から国宝4件、重要文化財35件を含む、約100点(全期間計)の名品の数々が集められています。

牧谿 「瀟湘八景図 漁村夕照」(国宝)
南宋時代・13世紀 根津美術館蔵 (展示は10/19まで)

まずは≪唐絵の切断から≫。牧谿の「瀟湘八景図」は足利将軍家に伝来したもので、義満により巻物から掛物に改装されたそうです。大河で漁をする小舟や村の風景、湿潤な空気、風(霧)の流れ、夕暮れの柔らかな光線が非常に巧みな筆遣いで表現されています。元は八景あったと考えられてますが、真筆とされ現存しているのは4幅のみとか。左下に義満の鑑蔵印が捺されています。

玉澗の「廬山図」は17世紀の茶人・佐久間将監実勝が茶席の掛物にするために3つに切断してしまったもののひとつ。切り方が少々ぞんざいな気もしましたが、当時の文化人はこれを美的だと思ったのでしょうね。雪舟の「倣高克恭山水図巻」も二分され、雪舟の自跋の模写が加えられていたりとオリジナルの姿ではありませんが、雪舟が弟子の雲峰等悦にお手本として与えた絵とされるだけあり、一見の価値あり。

伝・藤原公任筆 「石山切 伊勢集」(重要文化財)
平安時代・12世紀 梅澤記念館蔵

つづいて≪古筆切と手鑑≫。経巻や歌集を掛物にして鑑賞する古筆切は室町時代後半から流行し、古筆のいわば作品集のような手鑑は桃山時代にはじまったのだそうです。

藤原道風の楷書の姿をとどめる唯一の国宝の「三体白氏詩巻」や空海による草書の巻物、装飾古写経の手鑑の傑作として名高い「染紙帖」など見ものが多いのですが、藤原公任の書を収めた「石山切 伊勢集」は絶品。“切り継ぎ”や“破り継ぎ”、“重ね継ぎ”といった技法を駆使した華麗な料紙と流れるような文字が美しい。「石山切」の分割の“すご技”は本展のチラシに詳しく載ってます。

「鳥獣戯画断簡」
平安時代・12世紀 MIHO MUSEUM (展示は10/19まで)

≪絵巻・歌仙絵の分割≫では、「鳥獣人物戯画」の逸失断簡のほか、伊勢物語を題材にした着色絵巻の現存最古の遺品という「伊勢物語絵巻」、さらには東京国立博物館やボストン美術館と同じ「平治物語絵巻」の「六波羅合戦巻」の断簡といった伝説的な断簡が出品されています。いずれもさまざまな経緯があって、分割され断簡として今に至っているわけですが、「六波羅合戦巻」なんて分割というよりシーンごとにトリミングしたようで何とも無残というか…。完品として残っていればと思わずにはいられません。

ここでは「佐竹本三十六歌仙絵」の俗にいう三美人(斎宮女御、小大君、小野小町)が登場(展示は10/13まで)。「佐竹本」は現存最古の三十六歌仙絵とされ、もとは2巻の巻物だったのですが、高額すぎて買える人がなく、大正時代に各歌仙ごとに分断されて売却されたのだそうです。購入者は思い思いに表装し、披露目の茶会を開いたというから趣味人のすることは風流というか贅沢というか。

岩佐又兵衛 「弄玉仙図(旧金谷屏風)」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 摘水軒記念文化振興財団蔵

岩佐又兵衛 「伊勢物語 梓弓図(旧金谷屏風)」(重要文化財)
江戸時代・17世紀 文化庁蔵

≪さまざまな改装≫には又兵衛の「旧金谷屏風」の「梓弓図」と「弄玉仙図」の2幅が観られたのがうれしいところ。山種美術館や出光美術館、東博所蔵の旧金谷屏風と同様に細く強く弧を描くように美しい繊細な線描が実に素晴らしい。一度でいいから旧金谷屏風を全て並べて観てみたいと思うのですが、所在不明のものもあるといわれますし、全幅観られる日は来るのでしょうか…。

「大井戸茶碗 銘 須弥(別銘 十文字)」
朝鮮時代・16世紀 三井記念美術館蔵

最後は茶道具から。まあ、茶道具の場合、欠損や傷、窯割れも味わいとしてその景色を愛でる習慣がありますから、傷んだり破れたりすることが命取りになる絵画とは少し違うところがありますが、十文字に切って寸法を縮めたという「十文字」や瀬戸の狛犬の口を千利休が打ち割って香炉に仕立てた「瀬戸獅子香炉」など、美の追求の高さたるや。

極めつけは面白味がないから少し打ち欠こうとしたら、思わず粉砕してしまったという信楽壷、その名も「破全」。そこまでやりますか感満載です。ひび割れたので中国に代わる品を依頼したところ鎹をつけて送り返されたという青磁の「馬蝗絆」も出品されています(展示は10/1まで)。


作品を切ったり継いだりという行為は、年と共に劣化し破損し色褪せていく美術品を保存し、愛蔵するための選択でもあったのでしょう。断簡にしたり古筆切にすることで美しさが際立つものもあって、いにしえの人たちの美意識の高さも感じたりします。伝説の逸品の連続に、ただただ作品の素晴らしさに唸ると同時に 「切らなきゃ国宝だったのに…」と思うものも少なからずあったりした展覧会でした。


【名画を切り、名器を継ぐ 美術にみる愛蔵のかたち】
2014年11月3日(月・祝)まで
根津美術館にて


石山切伊勢集[伝藤原公任] (日本名筆選 21)石山切伊勢集[伝藤原公任] (日本名筆選 21)


本阿弥光悦―人と芸術本阿弥光悦―人と芸術

2014/09/29

平櫛田中コレクション -つくる・みる・あつめる-

東京藝術大学美術館で開催中の『平櫛田中コレクション -つくる・みる・あつめる-』に行ってきました。

東京美術学校彫刻科木彫部(後に東京藝術大学美術学部彫刻科)の教授でもあった彫刻家・平櫛田中が東京藝術大学に寄贈した自作の彫刻27点を含む149点の彫刻コレクションの中から、厳選した20作品を公開した展覧会。

なんとこれが入場無料!

地下の展示室2(エレベーターを降りて左のホール)なので、スペース的には広くありませんし、展示作品も多くありませんが、橋本平八、佐藤朝山、小川破傘らの優品が揃った充実のコレクション。平櫛田中ってなかなかのコレクターでもあったんですね。

特に興味を引いたのが、チラシにもなっている橋本平八の「或る日の少女」。素朴な木彫りの愛らしい少女。意外と大きくて60cmぐらいあるのですが、一心に祈る姿に心打たれるものがあります。

橋本平八ではブロンズの「猫」や木彫りの「西王母」などが印象的。「猫」はいくつか制作しているようで、松涛美術館の『ねこ・猫・ネコ展』で拝見したブロンズとは別の作品のようです。石を牛に見立てた彫刻もユニーク。

平櫛田中の作品は9点。三井財閥の8代当主の「三井高福像」にはバックに尾形光琳と伝わる屏風をさりげなく置くとか、やることがスゴい。「良寛和尚」や「平安老母」など魂さえ感じるような迫真の巧さに唸ります。

六代目菊五郎の鏡獅子の裸像バージョンも出ていました。国立劇場のロビーに飾られている「鏡獅子」が完成したあとに六代目の依頼で制作したものなのだそうです。裸なのは六代目が九代目團十郎から「鏡獅子」を教わった時も、自身が弟子に教える時も裸になって教えているからだといいます。隈取りは田中の案なのだそうですが、六代目は嫌がったが平櫛が譲らなかったので、六代目が最後に折れたというエピソードが紹介されていました。


作品数は多くありませんが、日本の近代彫刻を代表する平櫛田中の審美眼で選び抜かれた作品だけあり、どれも逸品ばかり。オススメの展覧会です。


【平櫛田中コレクション -つくる・みる・あつめる-】
2014年10月19日まで
東京藝術大学美術館にて


日本彫刻の近代日本彫刻の近代

2014/09/22

ノルマンディー展

この9月に「損保ジャパン東郷青児美術館」から名前が変わった「東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館」(それにしても長い名前ですね…)で開催中の『印象派のふるさと ノルマンディー展』を観てきました。

フランス北西部に位置し、古き良き“フランスの田舎”といったイメージのノルマンディー。その風光明媚なノルマンディーの魅力をとらえた油彩、版画、写真などを紹介し、ノルマンディーが近代風景画や印象派に果たした役割を探るという展覧会です。

作品はフランスのアンドレ・マルロー美術館やウジェーヌ・ブーダン美術館など、ル・アーヴルやオンフルール、トゥルーヴィルといった地元の美術館から約80点の作品を借り受けています(一部国内の美術館や個人蔵の作品もあり)。

作品は1820年代から1930年代までが中心で、テーマやアーティストごとに並べられていますが、ほぼ時代に沿って展示されています。

第1章 ノルマンディーのイメージの創造:イギリスの画家たち、ロマン主義の画家たちが果たした役割
第2章 近代風景画の創造:ロマン主義から写実主義へ
第3章 海辺のレジャー
第4章 近代化に対する印象
第5章 ノルマンディーにおける写真
第6章 自立する色彩:ポスト印象主義からフォーヴィスムへ
第7章 ラウル・デュフィ:セーヌ河口に愛着を持ち続けた画家
第8章 オリヴィエ・メリエル、印象主義の足跡をたどる写真家


1920年代にイギリス海峡に定期船が運航すると、ノルマンディーの“ピクチャレスク”な風景を求めてイギリスの画家たちが訪れるようになったといいます。ここでは海景画で有名なイギリスのターナーの版画や、フランスのロマン主義の画家ウジェーヌ・イザベイの油彩画などを紹介。ノルマンディーの風景画の原点を見ていきます。史上初めて実用的な写真技法“ダゲレオタイプ”を発明したルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによるリトグラフ作品や、オンフルールの灯台を描いたジャン=ルイ・プティの海景画、夕暮れのトルーヴィルを描いたイザベイの作品が印象的でした。

カミーユ・コロー 「オンフルール」
ランス美術館蔵

1850年代になると鉄道が敷かれ、パリから数時間で海に出られるノルマンディーには多くの画家たちが足を運びます。絵画の傾向もロマン主義から写実主義、自然主義へと移り、バルビゾン派のトロワイヨンやコロー、そしてブーダンやクールベ、さらにモネの作品が登場します。

ギュスターヴ・クールベ 「海景、凪」
1865-67年 ロン=ル=ソニエ美術館蔵

クールベは2点出ていて、「海景、凪」が秀逸。クールベは1840年頃からたびたびノルマンディーを訪れては海の風景を描いたそうです。モネは5歳のときにセーヌ河口の街ル・アーヴルに移住したといい、モネの代表作「印象-日の出」はル・アーブルの港の風景を描いたものなのだとか。ここでは初期の作品と海辺に佇むカミーユを描いた「海岸のカミーユ」が展示されています。10月初旬からもう1点加わるようです。

ウジェーヌ・ブーダン 「トルーヴィルの海岸にて」
1880-85年 サンリス美術考古博物館蔵

出品作はノルマンディーの地元の画家の作品が多く、その中でも特に多いのがウジェーヌ・ブーダン。国立新美術館で開催中の『オルセー美術館展』にもトルーヴィルの海岸を描いたブーダンの作品が出品されていましたが、本展にもトルーヴィルやル・アーヴルの風景を描いた作品がいくつもあって、ブーダンの魅力に少し触れられた気がします。

ヨハン・バルトルト・ヨンキント 「オンフルール、サント・カトリーヌ教会前の市場」
1865年 オン不ルール、ウジェーヌ・ブーダン美術館蔵

本展のタイトルに“印象派のふるさと”とあるものの、印象派の作品は少なく、モネのほかは第1回印象派展に参加しているスタニスラス・レピーヌや印象派の先駆者の一人といわれるヨハン・ヨンキントぐらい。ナビ派やルーアン派、フォーヴィズム(と呼ぶほどの作品はなかったが)も含めれば広い意味でポスト印象主義の作品は面白いのがありました。

アンリ・ド・サン=デリ 「オンフルールの市場」
ル・アーヴル、アンドレ・マルロー美術館蔵

初めて知った画家でしたが、ロベール・ペンションやアンリ・ド・サン=デリの作品が複数あって、なかなか興味深いものがあります。セザンヌの影響を感じさせるジョルジュ・ブラックの初期作品やヴァロットンも2点あります。『ヴァロットン展』であのデフォルメされたような不思議な風景画に惹かれた人にはオススメかも。そのほか、アングルに学んだという新古典主義の画家エルネスト=アンジュ・デュエズの「海岸での日光浴のひと時」やマキシム・モーフラの点描風の「出港する大西洋の航路」も印象的。

ラウル・デュフィ 「海の祭り、ル・アーヴルへの公式訪問」
1925年頃 ル・アーヴル、アンドレ・マルロー美術館蔵

そしてデュフィ。デュフィは11点あって、いずれもデュフィの故郷ル・アーヴルやサン・タドレスといったノルマンディの風景を描いたもの。デュフィは身体を壊して南フランスで療養しながらも、南仏ではなくノルマンディーの海をイメージして描いていたとか。晩年の「黒い貨物船」シリーズは何か心に強く残るものがあります。

フランス絵画や近代風景画を代表する名画があるわけでなく、著名な画家ばかりが並んでいる展覧会ではありませんが、少し地味ながらも興味深い内容の展覧会でした。



【印象派のふるさと ノルマンディー展 ~近代風景画のはじまり~】
2014年11月9日(日)まで
東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館にて


パリとノルマンディー 印象派を巡る旅ガイドART+PARISパリとノルマンディー 印象派を巡る旅ガイドART+PARIS


セーヌで生まれた印象派の名画 (小学館101ビジュアル新書)セーヌで生まれた印象派の名画 (小学館101ビジュアル新書)

2014/09/19

日本SF展・SFの国

世田谷文学館で開催中の『日本SF展』に行ってきました。

戦後日本のSFカルチャーを振り返るという展覧会。SF小説やマンガ、アニメーション、特撮など、子どもの頃に心ときめかせ、未来を夢見る時を過ごした大人たちにはたまらない企画ではないでしょうか。

展覧会は、大学の講義のように授業形式になっていて、それぞれごとに作品や資料が展示されています。

まず≪日本SF概論≫では、日本SF作家クラブの活動について紹介。「SFマガジン」の各号や「創元SF文庫」を代表する作品(文庫本)がきれいに陳列されています。そのほか、日本のSF黎明期の“古典SF”に触れたり、日本SFの父といわれる空想科学小説家・海野十三の貴重な資料とともに世田谷文学館館長の熱い解説も。手塚治虫も海野十三の作品に大きな影響を受けたといいます。

つづいては≪日本SF専門講義≫ 。ここでは、筒井康隆や小松左京、星新一、手塚治虫といった日本SF界の重鎮たちの代表作や原稿、映画作品のパンフレットなど様々な資料、また日本SF作家クラブの会員でイラストレーターの真鍋博の作品などが展示されています。

それぞれの作家の残した言葉などが壁に張られていて、どれも特徴があるというか、個性が出ていて面白いですね。星新一の丁寧な字と米粒のような小さな字には驚きました。

ご多分に漏れず、わたしも小学生のころは図書館に行っては、筒井康隆、小松左京、星新一らの本や海外のSF小説の本を借り、そればっかり読んでいた記憶があります。『トリフィド時代』(当時は『怪奇植物トリフィドの侵略』というタイトルだったと思う)なんて何度読んだか分かりません。

真鍋博という方も恥ずかしながら初めて知りました。SFではありませんが、真鍋博が表紙のイラストを描いたハヤカワ文庫のアガサ・クリスティ・シリーズも展示されています。中・高校生の頃、アガサ・クリスティにハマりにハマって、このシリーズも随分持ってたんですけど、チャリティーでみんな売ってしまいました。少し手元に置いておけば良かったなぁ。



手塚治虫の直筆原稿やセル画などもあって、みなさん食い入るように見ていましたが、わたしは不思議なことに子どもの頃からマンガがあまり好きでなく、手塚治虫のアニメはテレビで見ていたもののマンガはついぞ読んだことがなく、そのためあまり思い入れがありません。通っていた幼稚園の隣が昔の虫プロで、手塚治虫も幼稚園に時折来ていたらしいのですが。

そのまわりには、≪特殊講義≫として、日本の特撮やアニメーション、「大伴昌司の〈仕事〉」を紹介。うちにもありましたよ、怪獣図鑑。こういうのを見て自分は育ったんだなと思い出します。特撮は主に円谷英二と円谷プロダクションによる『ウルトラマン』シリーズや『猿の軍団』にスポットを当てていました。そのほか、浦沢直樹の『20世紀少年』についての考察や、手塚治虫の影響をめぐる話などについても。

Science Fiction とはいえノスタルジーの世界。戦後のサブカルチャーの中で、大きな潮流であったSFカルチャーを探る回顧展といったところでしょうか。「戦争がなかったら、私はSF作家にならなかっただろう」という小松左京の言葉が印象的でした。


【日本SF展・SFの国】
2014年9月28日(日)まで
世田谷文学館にて


SFマガジン700【国内篇】 (創刊700号記念アンソロジー)SFマガジン700【国内篇】 (創刊700号記念アンソロジー)


日本SF短篇50 I (日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジー)日本SF短篇50 I (日本SF作家クラブ創立50周年記念アンソロジー)


60年代日本SFベスト集成 (ちくま文庫)60年代日本SFベスト集成 (ちくま文庫)