2015/10/04

春画展

永青文庫で開催中の『春画展』に行ってきました。

待望の日本初の春画の展覧会。大英博物館で開催された『Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art』の成功を受け、日本での開催に向けて動いてはいるが、どこの美術館からもOKが出ないという話が漏れ聞こえ、どうして日本では開催されないのだと話題になったのは記憶に新しいところです。

『愛のコリーダ』裁判とか、メイプルソープ事件とか、「芸術か猥褻か」という論争はこれまでにもたびたび繰り返されてきて、春画をモロ出しのポルノと同じと見るか、いやいや芸術文化でしょと見るかは、もしかしたら人によって分かれるかもしれませんし、当然見たくない人だっているでしょう。

とはいえ、近頃は春画関係の本もいろいろ出版されるようになりましたし、昔みたいに黒塗りではありませんし、美術関係者や研究者の努力もあって、春画が美術の重要な一つのテーマとして理解され、評価されるようになったのも確か。

恐らく近年の美術展では最も画期的な展覧会に入るだろう『春画展』。初日から大変な混雑だと聞きましたので、平日の夜間の空いてる時間を見計らって拝見してまいりました。


プロローグ

春画は関連の書籍などで見ていますし、どんなものかは多少知ってはいたものの、実物を観るのは先日の『画鬼暁斎』につづいて2回目。暁斎の春画は笑いの要素が少し強かったので、本格的なものは初めてと言っていいかもしれません。

渓斎英泉 「あぶな絵 源氏物語」
文政年間(1818~30)(展示は10/11まで)

会場は4階から。≪プロローグ≫は表現としては抑え目の、手を取り合ったり、愛する者同士が惹かれあう光景や、だんだんと熱く燃え上がっていくその刹那を描いた作品が並びます。鈴木春信や渓斎英泉など、まだこの辺りは品も良く、まずは目慣らしといったところ。


Ⅰ. 肉筆の名品

春画は江戸時代のものと思いきや平安時代からあったそうで、その昔は“偃息図の絵”と呼ばれていたといいます。平安時代に実際にあった密通事件に取材した「小柴垣草紙絵巻」(展示は10/4まで)は鎌倉時代の作とされ、縁先での性愛が赤裸々に描かれています。「小柴垣草紙」は古典的な画題のようで、住吉具慶が描いたとされる作品も展示されていました。

「稚児之草紙」(部分)
江戸時代・17世紀 大英博物館蔵(展示は11/3から)

後期に出品される「稚児之草紙」も見どころのひとつ。元は醍醐寺秘蔵の鎌倉時代の春画絵巻で、稚児と僧侶の男色関係が描かれています。春画という観点だけでなく、性文化を考える上でも興味深い気がします。

肉筆は一点物ですし、特に絵巻となると費用もかかるので、武家や貴族、裕福な商人の依頼で描かれたものが多いようです。特に武家にとって春画は子孫繁栄や嫁入り道具、武運長久を願うお守りのような役割もあったとか。

当然、武家や大名が依頼するのは一流の絵師なわけで、狩野派や住吉派、長谷川派による作品もあって、その豪華さ、クオリティの高さには舌を巻きます。狩野派には春画の画手本まであったというから驚きです。狩野典信や章信といった江戸狩野を代表する絵師による作品も展示されていたりしましたが、後期には狩野山楽や円山応挙という大物絵師による春画も出品されるというのも見ものです。

月岡雪鼎 「四季画巻」(部分)
安永年間(1772~81)前期ミカエル・フォーニッツコレクション蔵
(展示は11/1まで)

肉筆浮世絵で面白いのは上方を代表する浮世絵師・月岡雪鼎で、大火で焼け残った蔵から雪鼎の春画が出てきたという噂が広まり、雪鼎の春画は火除けとして人気になったのだそうです。雪鼎は美人画を得意としていただけに、春画の女性も豊麗で魅力的。「四季画巻」は女性が少女から年を経ていくまでの性交を春夏秋冬に見立て描いたもので、愉悦に浸る女性の表情や姿態が表現豊かで美しい。春には椿と白梅、夏には菖蒲と、花だけを描いた巻が間々に挟まれ、横たわる女性のようにも見えるという工夫が巧い。

肉筆春画の中で強いインパクトを与えるのが絵師不詳の「耽溺図断簡」。耽溺という言葉どおりに快楽にふける様が過剰なまでに生々しく描かれていて、見入ってしまうものがあります。男性器信仰なのか、老いた色事師への哀悼なのか、「陽物涅槃図」も洒落てて面白い。

「陽物涅槃図」
江戸時代・19世紀中頃 大英博物館蔵


Ⅱ. 版画の傑作

3階は浮世絵版画の春画。浮世絵を語る上で春画は避けて通れないわけですが、今までは見ることさえ許されなかった春画がこうして目の前に広がるという光景はただただ圧巻です。

秘薬で小さくなった男がさまざまな情交を見物して廻る春信の「風流艶色真似ゑもん」、横長にトリミングした清長の「袖の巻」、歌麿の傑作春画「歌まくら」や「ねがひの糸ぐち」、度肝を抜く北斎の「蛸と海女」など春画の代表的な名品が並びます。

喜多川歌麿 「歌まくら」(一部)
天明8年(1788)

葛飾北斎 「喜能会之故真通」(一部)
文化11年(1814) 個人蔵

昨今の春画の評価の流れは、春画を芸術作品として見ていこうという向きもあると思うのですが、今回まじまじと春画を観て思うのは、春画は春画、やはりこれは“ポルノ”だなと。江戸時代の人々だって、他人の秘め事を見る、いろいろな性戯を愉しむといった目的で春画を見ていたわけですから、春画をアートだと変に拡大解釈しなくてもいいんじゃないかという気がします。

ただ、男が一人オナネタとして見るポルノと違って、江戸時代は春画を仲間同士で見たり、夫婦で見たり、母親が娘に性の教科書として手渡したりといった使われ方もしていたそうなので、現代のポルノとは扱われ方はちょっと違うようです。春画を見て気づくのは、女性目線で描かれたものが多いことで、そこには男性も女性も関係なく性的な刺激を求めて春画を愉しんだだろう江戸時代の性の寛容さを見る思いがします。

興味深いのは全裸の春画が非常に少ないことで、もちろん局部が露わになった姿は多いものの、たいていは着物をまとっています。着物の柄や女性の髪型を見ることで、その人たちがどのような身分なのか、職業なのか、関係なのか、そうしたことが分かり、一種のシチュエーション・プレイを見る愉しみや官能小説を読むような感覚というのもあったのではないかと感じます。

鈴木春信 「風流座敷八景」(一部)
明和7年(1770)(展示は11/1まで)

初期の墨摺りや筆彩色のものから春画があって、浮世絵版画の成り立ちとともに春画の需要があったことが分かります。男女の性交だけでなく、西鶴の『好色一代男』を読んでも分かるように江戸時代は男色も珍しいことではないので、男色や女色もフツーに並んでますし、女装子や3Pだってあったりします。結構何でもありで、とてもバラエティに富んでいることに驚きます。女性同士が張形で遊んだり、物売りから張形を楽しそうに選んでる図なんてのもありました。江戸時代の性風俗が現代に比べてどれだけ豊かで自由だったのかを物語っています。

春本が出版令で禁制になると貸本が盛んになり、いろいろと趣向を凝らした春画が作られ、さらにエンタテイメント化していったようです。一方で多色摺りの技術が発展すると、錦絵春画はさらに色鮮やかに、豪華になり、清長や歌麿、北斎といった名だたる浮世絵師がその技巧や美しさを競い合うようになります。

鳥居清長 「袖の巻」
天明5年(1785)頃

春画の表現の多様性を見ていると今まで浮世絵の、ひいていえば江戸絵画の何を知った気になっていたんだろうとさえ思えてきます。春画といえども手を抜くことなく、逆に趣向を凝らしていて飽きません。歌麿はやはり美しいし、北斎は自由だし、春信は上品だし、国貞は豪華だし、国芳は緻密だし、それぞれの個性が出ていて面白い。


Ⅲ. 豆判の世界

2階には豆判春画。縦9cm、横13cm程度のいわば春画のポケットブックで、値段も手ごろなことから庶民の間で普及したそうです。大名が新年に登城した際、暦の入った豆判春画を交換しあったりなんてこともあったとか。明治時代に日清・日露戦争に出征する兵士に“勝絵”として春画を持たせたという話は有名ですが、そのときに持たせたのもこうした豆判春画だったようです。

「豆判絵暦 忠臣蔵大小暦」
文政5年(1822)(展示は11/1まで)

豆判だから簡素かというとそういうこともなく、そこはちゃんとした春画で、庶民に人気があったからか、歌舞伎や役者絵になぞらえたものや、格子柄の地模様に春画が描かれた洒落たデザインのものもあったりします。


エピローグ

最後に細川家秘蔵の春画を展示。嫁入りに春画を持たせたり、鎧櫃に春画を入れる習慣があったりと、祝い物や縁起物として春画が求められていた経緯もあるようです。多くは肉筆の春画で、祝儀用となれば多少は乗せて費用も払われたみたいで、絵師にはいい仕事だったのかもしれません。



大英博物館の春画展でも観覧者の55%は女性だったといいます。本展も女性の姿が多く、わたしが観に行った日も2/3は女性でした。性器が誇張して描かれていたり、生々しい性描写があったりしますが、春画に描かれる江戸の文化や風俗、レトリックや技巧、美意識やユーモアはどれも素晴らしく、今まで知らなかった春画の魅力に驚くこと必至です。

展覧会は火~土曜には連日20時まで開館(日曜は18時まで)しています。会場は広くなく、通路も狭いので、空いてる時間帯を狙うのが懸命だと思います。


【SHUNGA 春画展】
2015年12月23日(水・祝)まで
永青文庫にて


大英博物館 春画 (   )大英博物館 春画


春画入門 (文春新書)春画入門 (文春新書)


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