2015/12/19

肉筆浮世絵-美の競艶

上野の森美術館で開催中の『肉筆浮世絵-美の競艶』を観てまいりました。

アメリカの日本美術コレクター、ロジャー・ウェストン氏が所有する1000点を超えるというコレクションから厳選された肉筆浮世絵、特に美人画に絞って約130点を展示しています。最初に大阪、そして長野で公開され、先にご覧になったみなさんの評判も上々。期待どおり、さすが選ばれし作品ばかりなので、優品も多く、何しろ状態がいい。

肉筆浮世絵は量産される浮世絵版画と違い、主に裕福な武家や豪商などからの注文を受けて制作される一点ものの作品なので、まず手の掛け方が違うし、全てが絵師の腕一本にかかっているのでその力量がよく分かります。

当然、人気浮世絵師の肉筆画ともなれば値も張るでしょうし、それを所持しているということで周囲への自慢、またはステータスにもなったんだろうと思います。肉筆浮世絵から伝わるその贅沢感はやはり浮世絵版画とは異なるものがあります。

会場の照明は作品本来の色を体感できるように研究された理想的なLED照明と有機EL照明を採用。反射が少なく透明度の高いアクリルパネルの超薄型展示ケースを特別に製作し、至近距離でその美の世界を堪能することができるようにしたといいます。確かに単眼鏡を使用しなくても間近で作品を鑑賞できましたし、照明を気にせずストレスなく観られたのはとても有り難かったです。


第1章 上方で展開した浮世の絵

まずは浮世絵誕生につながる江戸初期の風俗画から。ここで紹介されている「京・奈良名所図屏風」が面白い。名所図では珍しく奈良が描かれていて、奈良の大仏様が今のように大仏殿の中ではなく野ざらしになっていたり、一方で京・方広寺の大仏が大仏殿の中にあったりと当時の寺社の様子や町の賑わいがうかがえます。

無款 「扇舞美人図」
寛文年間(1661~73)頃 ©WESTON COLLECTION

ここでは寛文期に流行した美人画、いわゆる“寛文美人図”があって、江戸後期の華美な美人画とは異なる江戸初期の風俗画から抜け出たような佇まいが美しい。ほかにもまるで遊女かと思うような美少年を描いた「若衆図」もあって、江戸初期の若衆文化を感じさせて興味深い。


第2章 浮世絵の確立、江戸での開花

印刷技術の発展とともに絵入本や仮名草子に挿絵が描かれるようになり、そこに風俗画もどきの挿絵を描いていたのが菱川師宣で、それが浮世絵のはじまりともいわれています。師宣というと「見返り美人図」が有名ですが、絵巻物の「江戸風俗図巻」は花見を楽しむ女性たちの着物も色とりどりで、人々の表情や細やかな風俗の描写など肉筆画ならではの優美な世界が繰り広げられています。

菱川師宣 「江戸風俗図巻」(部分)
元禄年間(1688~1704)頃 ©WESTON COLLECTION


第3章 浮世絵諸画派の確立と京都西川祐信の活動

この頃の浮世絵版画はまだ単色摺りで、構図や描線もシンプルなわけですが、肉筆画はそうした印刷技術の制約がないので、皆さん思い思いに描いていますし、この時代の浮世絵版画は本来こういう色合いをイメージしていたのだろうなとも感じます。

懐月堂度繁 「立姿遊女図」
宝永~正徳年間(1704~16)頃 ©WESTON COLLECTION

初期浮世絵というと懐月堂派が有名で、だいたいパターンは同じなのですが、肉筆画となるとそのはっきりとした色彩や着物の文様、特徴的な肥痩の強い墨線など個性が際立っています。比較的ふくよかな女性が多く、その力強い曲線が映えます。

西川祐信 「髷を直す美人」
享保年間(1716~36)頃 ©WESTON COLLECTION

西川祐信の「髷を直す美人」は薄物の着物の細密な描写や、着物の裾や帯の質感など、当時の印刷技術では恐らく表現できなかったような繊細な表現が見て取れます。浮世絵版画では弟子の鈴木春信の方が有名ですが、なかなかどうして気品ある美人画で素晴らしい。

ここでは宮川派の作品も充実していて、特に長春は肉筆美人画で名を馳せただけあって、その腕の確かさを実感します。門人では一笑の「鍾馗と遊女図」が傑作。遊女に見惚れる鍾馗の姿が可笑しい。

奥村政信 「やつし琴高仙人図」
宝暦年間(1751~64) ©WESTON COLLECTION

ほかに、古典的な画題を当世風美人画に置き換えた奥村政信の「やつし琴高仙人図」や、桜の名所に集う人々の楽しげな様子が伝わってくる川又常正の「祇園社 春の遊楽図」が印象的。


第4章 錦絵の完成から黄金時代

浮世絵版画では錦絵の時代。優れた浮世絵師も次々に登場します。まずは勝川春章とその弟子・春潮で、これまでの美人風俗画から一歩踏み込んだ物語性の高さや細密かつ繊細な表現力が目を見張ります。「朝妻舟図」の女性は白拍子の格好をした遊女で、まるでやまと絵かと思うような格調の高さを感じます。

勝川春章 「朝妻舟図」
天明年間(1781~89)もしくは安永年間(1772~81) ©WESTON COLLECTION

勝川春潮 「娘と送り図」
寛政年間(1789~1801)初期頃 ©WESTON COLLECTION

歌川豊春、鳥文斎栄之といった浮世美人画の名手の優品に交じって、異色なのが歌麿の「西王母図」。展覧会開催前に“新発見の歌麿の肉筆”と話題になり、真筆と断定されたそうですが、歌麿という感じは全くしません。裏彩色されていたりと手のかかった作品のようですが、地味目な彩色と殺風景な背景もあまり感心せず。

喜多川歌麿 「西王母図」
寛政年間(1789~1801)初期頃 ©WESTON COLLECTION


第5章 百花繚乱・幕末の浮世絵界

まず見ものは初代歌川豊国の「時世粧百姿図」。これが素晴らしい。さまざまな階層の女性たちを描いた画帖なのですが、年中行事の様子もところどころに挟み、風俗や暮らしぶりを見る楽しさがあります。緻密な筆致や華やか色彩もさることながら、鏡を覗きこむうっとりとした表情や腕の入れ墨を線香で焼き消す苦悶の表情など、女性たちの表情や仕草が表現豊かでまた面白い。初代豊国では三幅対の「見立雪月花図」も傑作。常盤御前と蛍狩り美人と道成寺の花子という歌舞伎の登場人物を描いたもので、個人的には今回の展覧会では一番好きです。

初代歌川豊国 「時世粧百姿図」(部分)
文化13年(1816) ©WESTON COLLECTION

初代歌川豊国 「見立雪月花図」
文政3~7年(1820~24)頃 ©WESTON COLLECTION

歌川派の作品は多くて、構図が素敵な二代豊国の「絵巻を見る男女」、国貞の二幅の「二芸妓図」が印象的。

二代歌川豊国 「絵巻を見る男女」
文政9~12年(1826~29)頃 ©WESTON COLLECTION

北斎が3点出ていて、特に即興で描いたような素早い線の面白さがよく出ている「京伝賛遊女図」と「大原女図」がいい。さらりとした線なのに筆致は的確で、その姿に動きがあるところはさすがだなと思いますし、これも肉筆だからこその味わいでしょう。

葛飾北斎 「京伝賛遊女図」
寛政末年(1798~1800)頃 ©WESTON COLLECTION

浮世絵では割と好きな渓斎英泉がいくつかあったのですが、「夏の洗い髪美人図」は英泉の美人画とは異なるちょっと不気味な迫力があって、なかなか興味深い作品。狩野章信の「茅屋で戯れる男女」も狩野派にして春画を描いた章信らしくて面白い。

溪斎英泉 「夏の洗い髪美人図」
天保年間(1830~44) ©WESTON COLLECTION 


第6章 上方の復活

ここでは先日の『春画展』で強い印象を受けた月岡雪鼎の作品があって、生々しい春画とは違う清楚な美人画が美しい。雪鼎の描く女性は花筋の通った瓜実顔の美人だそうで、「遊女と玉吹きをする禿」はその特徴がよく表れているように思います。

月岡雪鼎 「遊女と玉吹きをする禿」
天明2~3年(1782~83)頃 ©WESTON COLLECTION

江戸後期の上方の浮世絵師というと、いつもビックリさせられる祇園井特もあって、理想化された美人画とは異なる独特の画風というか、この時代には珍しいデロリ感が強烈なインパクトを残します。このコレクターのことはよく知らないのですが、浮世絵なら何でも集めてるのか、相当の目利きなのか、井特があったりするところを見ると、ただの美人画好きというわけでもなさそうな気もします。


第7章 近代の中で

最後に明治期の肉筆浮世絵から。ここではやはり暁斎の「一休禅師地獄太夫図」が秀逸。暁斎は「地獄太夫図」をいくつも残していますが、だいたいパターンが決まっていて、これは今年『ダブル・インパクト』展で観たボストン美術館蔵の「地獄太夫」とほぼ一緒。着物の柄が若干異なる程度で一休の踊る姿や骸骨の配置まで酷似しています。大きく異なるのはボス美のものが後が衝立だったのに対し、こちらは屏風であることぐらい。

河鍋暁斎 「一休禅師地獄太夫図」
明治18~22年(1885~89) ©WESTON COLLECTION

<参考> 左からウェストン・コレクション所蔵品(『肉筆浮世絵 美の競艶』)、
ボストン美術館所蔵品(『ダブル・インパクト』)、福富太郎コレクション所蔵品(京博『河鍋暁斎展』)

本展は初期浮世絵から明治の暁斎、国周まで満遍なく揃っていて、また時代ごとに並べられているので美人画の変遷がよく分かります。肉筆浮世絵は版画と違いどれも一点ものなので、軸装も凝っていたり贅沢感があります。展覧会は確かに素晴らしいものでしたが、これらの作品はここ十数年で集められたものだそうで、これだけの優品が外国人に買い集められ、中には国内から流出したものもあるのだろうと思うとちょっと複雑な気持ちにもなります。


【肉筆浮世絵-美の競艶】
2016年1月17日(日)まで
上野の森美術館にて


浮世絵師列伝 (別冊太陽)浮世絵師列伝 (別冊太陽)

2 件のコメント:

  1. 私も『肉筆浮世絵-美の競艶』展を見てきましたので、ご紹介されている作品の魅力が鮮明に目に浮かんで、美術展を追体験することができうれしくなりました。京都を中心とした上方で始まった風俗画が、菱川師宣により肉筆浮世絵という絵画のジャンルが生まれ、多彩な浮世絵により発展していく過程を、作品を見ることで視覚的に理解できてよかったと思いました。

    私はこのな浮世絵展で知ったことも含め、浮世絵の誕生・版画も含めた浮世絵の歴史と肉筆画を中心に浮世絵の魅力を私なりに整理してみました。本質を考えてみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただける感謝致します。

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    1. desireさん
      コメントありがとうございます。ただの肉筆浮世絵展というだけでなく、浮世絵の発展の過程もよく分かりましたね。いい展覧会でした。

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