2016/05/01

原田直次郎展

神奈川県立近代美術館葉山で開催されている『原田直次郎展』に行ってきました。

3月まで埼玉県立近代美術館で開催されていた展覧会の巡回展です。埼玉近美でご覧になられた方々の評判も良く、観に行きたかったのですが、ちょうど年度末もあって土日もなかなか時間が取れず結局行けずじまい。残念に思っていたところ、葉山に巡回されてるというので連休最初の休日に伺ってまいりました。

うちからだと、埼玉近美のある北浦和より神奈近美のある葉山の方が全然遠いのですが、新宿駅から湘南新宿ラインで逗子行に乗ってしまえば、電車一本で行けてしまうので、楽といえば楽。逗子駅からはバスで20分ぐらいでしょうか。本数も割と出ているので、駅で時間をつぶすようなこともありません。

場所は葉山の中心・元町や森戸海岸より少し先の一色海岸にあります。浜辺に沿っていくと葉山御用邸もあるという静かで風光明媚な場所。美術館の目の前は砂浜だし、眺めのいいレストランも併設されてるので、観光気分でのんびりするにはもってこいですね。

五姓田義松 「老母図」
1875年  神奈川県立歴史博物館蔵

さて、『原田直次郎展』の会場は同時開催の神奈近美のコレクション展の先にあります。ちょうど今、神奈近美と同じ県立の歴史博物館の所蔵作品で構成された『明治の美術コレクション展』が開かれています。

日本で最初に洋画塾を開いた一人でもある川上冬崖やチャールズ・ワーグマン、そのワーグマンの指導を受けた五姓田義松や高橋由一、義松の父・五姓田芳柳といった幕末から明治前期に活躍した近代洋画の先駆者たちから、山本芳翠や黒田清輝、浅井忠、松岡壽、坂本繁二郎といった明治美術会や白馬会を代表する画家たちまで、なかなか充実したコレクション。明治の洋画界の流れを踏まえた上で原田直次郎を観ることになるので、トータルで明治の近代洋画展といった様相も呈しています。

中でも、義松は『五姓田義松展』でも観た作品も多く含まれ、展覧会で話題になった「老母図」も出品されてます。あまり観たことのなかった義松の父・芳柳の作品をまとめて観られたのも嬉しい。個人的には、川上冬崖やワーグマンに師事するも飽き足らずローマに留学した松岡壽の画風の変遷が明治の洋画の移り変わりと重なって興味深かったです。

松岡壽 「凱旋門」
1882年頃 岡山県立美術館蔵

第1章 誕生 1863-1883

まずは直次郎の出自から。スフインクスの前で撮った侍の集合写真を見たことがある人もいると思いますが、あの中に直次郎の父・一道がいるんですね。備中鴨方藩の武士で、遣欧使節団に選ばれたほどだから相当なエリートだったのでしょう。兄もドイツに留学してたり、直次郎も子どもの頃からフランス語を学んでいたり、相当先進的な家庭だったようです。これ、明治維新の頃の話ですからね。

そんな原田家にまつわる貴重な写真や史料をはじめ、明治黎明期の洋画などが多く展示されています。直次郎は20歳の頃、高橋由一に入門。会場には晩年の由一を描いた肖像画がありました。弟子がここまで技術を身につけていたら、由一もさぞ満足だったのではないでしょうか。

原田直次郎 「高橋由一像」
1893年 個人蔵


第2章 留学 1884-1887

直次郎はドイツに留学し、兄が懇意にしていたという画家ガブリエル・フォン・マックスに師事します。ドイツの美術学校では「古代クラス」を受講していたとありました。労働者を描いた作品や白髭をたくわえた裸の老人の習作がいくつかあるのですが、どれも実によく描きこまれていて、彼の腕の確かさを感じさせます。

原田直次郎 「老人」
1886年頃 東京藝術大学所蔵

直次郎と同じ年にフランスに留学したのが奇しくも同じく回顧展が開かれている黒田清輝。黒田はもともと法律を学びに留学し、後に画家に転向したという経緯がありますが、『黒田清輝展』で観たデッサンや習作と比べても直次郎は卓越しているというか、いきなり絵が上手いことに驚きます。もともと画力の高い人だったのでしょうが、ドイツ時代の作品はメキメキと、というより急速に腕が上がっていくのが分かります。

原田直次郎 「靴屋の親爺」(重要文化財)
1886年 東京藝術大学蔵

何といっても人物画の圧倒的な巧さ。代表作の「靴屋の親爺」が留学時代、言ってみればまだ修業中の身の作品だったということには驚愕しました。なんでしょう、この迫真性!この凄味! ヨーロッパに滞在したのはわずか2年ぐらいのようですが、一体どれだけのことを学び、吸収したのか。並んで展示されていた「神父」の完成度の高さも凄い。写実性の高さもさることながら、頭や白い顎鬚を照らす光の描写の素晴らしいこと。これもドイツ留学時代の作品。

原田直次郎 「神父」
1885年 信越放送株式会社蔵

ここではほかに、師ガブリエル・フォン・マックスの作品やドイツ時代に交流のあった画家の作品なども紹介されています。


第3章 奮闘 1887-1899

直次郎というと、東京国立近代美術館のMOMATコレクション(所蔵作品展)の4階の一番奥にいつも展示されている大きな「騎竜観音」を思い出します。埼玉近美のときはパネル展示だったそうですが、神奈近美では一番最初の部屋に実物が展示されています。

原田直次郎 「騎竜観音」(重要文化財)
1890年  東京国立近代美術館

「靴屋の親爺」と「騎龍観音」が同じ画家の作品というのはどうしてもピンと来なかったのですが、直次郎が帰国後に師ガブリエルに宛てた手紙に「真に日本の様式の絵画」を描きたいということが書かれていて、解説にはそれが「騎龍観音」なのではないかとあり、ようやく何か繋がった気がします。同じように日本の神話を題材にした「素尊斬蛇」(関東大震災で焼失)の写真や画稿が展示されていて、なぜ敢えてこうした日本的な洋画を追求しようとしたのかも気になりますし、その姿は黒田清輝の帰国後の葛藤ともダブります。直次郎は志半ばで亡くなりますが、その先には一体どんな完成形が待っていたのでしょうか。

原田直次郎 「安藤信光像」
1898年 東京国立博物館蔵

直次郎は帰国から10年で亡くなってしまうので作品数は多くはありませんが、評価の高かった人物画や肖像画を中心に、風景画や挿画なども展示されています。黒田清輝がフランスから帰国した年に病に倒れ、黒田が持ち帰ってきた外光派が日本の洋画界を席巻するわけですが、その様子を病床で見ていた直次郎の気持ちはいかばかりだったか。


第4章 継承 1888-1910

最後に、帰国後わずか2年ほどですが、直次郎の画塾で学んだ画家たちの作品を紹介。著名な画家の作品は少なかったのですが、水彩画家として活躍する大下藤次郎や後に黒田清輝に師事する和田栄作などがあります。直次郎の「靴屋の親爺」や「老人」、「風景」といった代表作を模写した作品がいくつか並んでいて、正しく彼の技術を継承しようとしていたんだろうなと感じます。

原田直次郎 「風景」
1886年 岡山県立美術館蔵

近年、川村清雄や五姓田義松をはじめ、この原田直次郎や千葉市美術館で同じく回顧展が開かれている吉田博といった明治黎明期の近代洋画、とりわけ“旧派”と呼ばれた画家たちの再評価が高まっています。奇しくも“新派”を代表する黒田清輝も回顧展が開かれているので、いろいろ観てみるのも面白いでしょうね。


【原田直次郎展】
2016年5月15日まで
神奈川県立近代美術館葉山にて

このあと下記の美術館に巡回します。
2016年5月27日(金)~7月10日(日) 岡山県立美術館
2016年7月23日(土)~9月5日(月) 島根県立石見美術館


原田直次郎 西洋画は益々奨励すべし原田直次郎 西洋画は益々奨励すべし

0 件のコメント:

コメントを投稿