2016/12/04

浦上玉堂と春琴・秋琴

千葉市美術館で開催中の『文人として生きる − 浦上玉堂と春琴・秋琴 父子の芸術』を観てまいりました。

江戸時代を代表する文人画家・浦上玉堂とその子息、春琴と秋琴の父子3人にスポットを当てた展覧会です。浦上玉堂の作品はいろんなところで何度も拝見していますが、2人の息子となると滅多にお目にかかりません。春琴には以前から興味があったので、これはいい機会と思い早速行ってきました。

出品数は約270点。前後期で一部入れ替えがあるといっても、かなりのボリュームです。全作品に丁寧な解説パネルがついていて、ちゃんと読んでるとこれがまた結構時間がかかるものですから、途中から解説もほとんど飛ばして観てたのですが、それでも優に3時間かかりました。それだけ非常に充実した内容になっています。


第一章 玉堂の家系と家族

まず冒頭で浦上玉堂の家系に触れています。浦上家は日本書紀にも登場する神話上の人物・武内宿禰を始祖とする紀氏(きうじ)の末流で、江戸時代には代々岡山・鴨方藩に仕えたといいます。遠祖には紀貫之がおり、そうした家系に対する意識が玉堂は高かったのではないかと解説されていました。

浦上玉堂・秋琴 「山水画帖」(※写真は一部)
寛政8年(1796) 個人蔵

芸術を愛し、詞画を愉しみ、琴を弾く。そうした文人的傾向が強くなりすぎたためか、玉堂は左遷させられたともいわれます。妻の病没を機に50歳で脱藩。2人の息子とともに岡山を出奔し、北は会津から西は長崎まで各地を遊歴します。

ここでは玉堂の書画や印章、遺品などとともに、玉堂の初期の水墨画や息子との合作が展示されています。息子たちは幼い頃からこうして玉堂の手ほどきを受けていたことがよく分かりますし、それは後の春琴・秋琴の章に繋がり、あらためて観ると感慨深いものがあります。

玉堂は自分は琴士であるとし、職業画人と見られるのを嫌ったというのが面白いですね。玉堂の七絃琴の“琴嚢(琴袋)”に、谷文晁や渡辺玄対、宋紫山、春木南湖、司馬江漢など文晁門下や南蘋派の画人らの書画が所狭しと書き込まれたものがあって、玉堂の意外と広い交遊関係も知れて興味深いものがありました。


第二章 玉堂

玉堂は生涯、山水画だけを描き、花鳥画や人物画には興味を持たなかったといいます。 その画業は40代半ばから本格化するそうですが、初期の作品は取りたてて特色を感じません。「説明調」とか「謹直」とかいう言葉が解説に使われていたように、最初は先行する山水画を手本にしながら、自分のイメージを表現するためにはどうすればいいか模索していたのでしょう。山があり、水辺があり、木が生い茂り、四阿や橋には人がいて…という基本的なモチーフを盛り込んだ作品が多く、「山中閑静図」のように丁寧に彩色されたものも見かけます。40代で「若描き」、50代で「早い時期」とされているので、玉堂らしさが現れるのはまだまだ先です。

浦上玉堂 「山中閑静図」
個人蔵 (展示は12/4まで)

玉堂の強烈な個性が発揮され、独自の画境に至るといわれるのは60代後半からで、どんどん自由になり、心の趣くままに描いているという感じを受けます。 晩年の作品はどれも、画面の中で墨が戯れ、筆が踊っています。山々はときに湧き立つ雲のように、ときに渦を巻きながら天に向かい、木々は生き物のようにうねり、蠢いています。さまざまな線や点を重ねたり、筆を擦りつけたり、こすったり、水墨ってこんなに自由になれるものなのかと驚きます。

浦上玉堂 「一晴一雨図」(重要文化財)
個人蔵

浦上玉堂 「山高水長図」
岡山県立美術館蔵 (展示は12/4まで)

「一晴一雨図」は近景を濃墨、遠景は輪郭線だけで描き上げ、山の深さと雨に濡れた山の情景を見事に描き出しています。墨を擦りつけたような筆調も面白い。「山高水長」は高潔な人の功績や人望を山の高さと川の長く流れる様にたとえて褒め称えた言葉とか。玉堂の作品には画中に4字ないし5字の題が書かれていて、その題が意味するものを探るのも興味が湧きます。

浦上玉堂 「寒林間処図」(重要美術品)
個人蔵 (展示は12/4まで)

60代後期から最晩年にかけて制作されたという「郭中画」「圜中書画」というのもユニークでした。 円窓形や方形、扇面形の手書きの枠の中に景物を描き、さらには一幅にそれらを収めるという自由な発想の作品で、その何とも言えない趣というか、佇まいに唸ってしまいました。

古希を過ぎた頃の作品がまとめられていましたが、その溌剌とした筆の運び、老いてなお気力漲る画面には圧倒させられます。正直なところ、ほかの文人画や水墨画の中でも、玉堂は特別好きなわけじゃないというか、良さがよく分かってなかったというか、わたしには難しすぎてあまり近寄らなかったところがあります。ただ、今回こうして観ると、特に晩年の前衛的ともいえるブッ飛び方は感動的です。上手い下手じゃなくてもう別次元という気がします。職業画人ではない強みというか、衒いのない気ままな筆戯は、ある高度な領域に行き着いた人の極みを感じます。

浦上玉堂 「琴写澗泉図」
文化12年(1815) 岡山県立美術館蔵 (展示は12/4まで)


第三章 春琴

これまでほとんど研究もされてなく、まとまった展覧会もなかったという春琴(1994年に福島県立博物館で『玉堂と春琴・秋琴展』があったらしい)。そもそも今回の企画は『春琴展』といったところから始まったという経緯があるようです。そのためか、本展は春琴がとても充実しています。

浦上春琴 「名華鳥蟲図」
文政4年(1821) 岡山県立美術館蔵

会場の最初に展示されていた「名華鳥蟲図」の素晴らしさにまず惹き込まれます。春琴は父譲りの水墨の味わいがある一方で、長崎派や中国画にも関心が高く、長崎派風の花鳥画や中国画風の山水画など、玉堂とはまた違った妙味があります。筆致は柔らかく、色彩は楚々とし、上品で美しく、どの作品も端正で洗練されています。京阪きっての文人画壇の重鎮として活躍し、父・玉堂をはるかに凌ぐ人気作家だったというのも納得です。

浦上春琴 「四時草花図」
文政10年(1827) 岡山県立美術館蔵 (展示は12/4まで)

花鳥画は色鮮やかな花や鳥、独特の形状の太湖石など長崎派の影響が見られますが、南蘋派のような強烈な色彩や濃厚な印象はありません。山水も構図は整理され、玉堂のような奔放で破綻した感じはなく、その穏和な画面は安心感すら感じます(玉堂を見た後だけに)。

浦上春琴 「模施溥倣董北苑筆意山水図」
個人蔵

春琴の数少ない屏風絵も展示されていて、これがまた素晴らしい。「春秋山水図屏風」の両隻の真ん中を大きく取った水辺の風景と取り囲むように広がる雄大な山々の精緻な描写。文人の理想郷を描いた中国画の西湖図を思わせます。「花鳥山水図押絵貼屏風」も傑作。山水6図、花鳥6図を交互に配置した6曲1双の押絵貼屏風で、春琴らしい優しい筆致と清らかな淡彩で描かれた山水と花鳥の風趣は格別です。

春琴の山水を観てると、父・玉堂よりも同時代の田能村竹田や中林竹洞、桑山玉洲、野呂介石などに近いものを感じます。墨竹は呉鎮に倣ったとありましたが、墨菊や薔薇を観ると鶴亭など黄檗画の影響も見える気がします。とても技巧的な面もあり、画風も多彩で、それでいて画面はどれも瀟洒で穏やか。

浦上春琴 「春秋山水図屏風」
文政4年(1821) ミネアポリス美術館蔵

春琴には四季の草花や野菜を描いた花卉図や果蔬図、魚介を描いた作品がいくつかあり、複数展示されていました。華やかながらも、その柔らかで落ち着いた色彩と筆致が、たとえば若冲のそれとはまた異なる趣があって惹かれます。春琴は写生にも優れ、晩酌用に買った魚や野菜などを写してはそれを一幅に仕立て、お世話になった人に贈ったところ好評で、制作依頼を受けることも度々だったようです。

浦上春琴 「果蔬海客図」
個人蔵

作品は年代毎にまとめられているのですが、晩年になればなるほど、円熟期の冴えというか、非常に味わい深い作品が増えてきます。最晩年の「僊山清暁図」の清らかな美しさは何でしょう。これだけこまごまと描き込まれているのに全くうるさくなく、とても穏やかで、格調の高い画面に仕上がっているのはさすがだと思います。

浦上春琴 「僊山清暁図」
天保15年(1844) 岡山県立美術館蔵


第四章 秋琴

玉堂の次男・秋琴は、文人画家として活躍する春琴とは違う道を歩み、会津藩に雅楽方として仕えます。秋琴の作品は10代の頃のものを除くと隠居後以降がほとんどで、その間の活動は年代がはっきり分かるものも少なく不明だといいます。展示作品もそれほど多くないのですが、秋琴にはプロの画家ではない自由さがあり、父・玉堂とは画風はまた異なりますが、肩の力の抜けた気持ちよさが感じられます。

浦上秋琴 「春景山水図」
天保12年(1841) 福島県立美術館蔵


第五章 玉堂を見つめる

最後に再び玉堂。晩年の作品を中心に展観していきます。

伺った日は期間限定で玉堂の国宝「東雲篩雪図」が公開されていたのですが、こういう水墨画は初めて見ました。水墨の概念を超えています。冷え冷えとした雲に覆われ、物音ひとつせず静まり返った雪山の、肌を刺すような凍てつく空気。粉雪がしんしんとる降り、木々は身を耐え、人々はじっと寒さをこらえる。独特の墨色や筆勢もさることながら、細かな枝や雪の表現が非常に繊細で、細部まで細かく描かれているのにも驚きます。

浦上玉堂 「東雲篩雪図」(国宝)
川端康成記念館蔵 (展示は11/22~27のみ)

図録が重そうだったので最初は躊躇したのですが、玉堂も春琴も秋琴もとても良かったので結局購入してしまいました。恐らく最近の重量級図録の中でも一番の分厚さ。それだけに情報量が多く、読み応えがあります。今年の最後の最後に素晴らしい展覧会に出会えて幸せです。


【文人として生きる − 浦上玉堂と春琴・秋琴 父子の芸術】
2016年12月18日(日)まで
千葉市美術館にて


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