2017/09/16

月岡芳年 月百姿

太田記念美術館で開催中の『月岡芳年 月百姿』を観てまいりました。

先月まで開催していた『月岡芳年 妖怪百物語』につづいて、月岡芳年の代表作「月百姿」シリーズの全点を公開するというファン待望の展覧会。わたしも全点観るのは初めてです。

「月百姿」は、月をテーマにした作品100点からなる摺物シリーズ。最晩年の47~54歳にかけて制作されたもので、『月岡芳年 妖怪百物語』で紹介されていた「和漢百物語」シリーズや「新形三十六怪撰」シリーズのようなダイナミックさや奇抜さは影を潜め、物語主体の表現や情緒的な描写が印象的です。

同じ月をテーマにしているといっても、さすが100点もあるとヴァリエーションも豊か。会場は、<美しき女たち>、<妖怪幽霊・神仏>、<勇ましき男たち>、<風雅・郷愁・悲哀>と4つのカテゴリーに分けて紹介されています。


まずは小野小町と紫式部という平安王朝を代表する女流歌人を描いた作品が興味深い。紫式部は石山寺の有名な場面で、『源氏物語』のイメージを膨らませているのか、ほおづえをついて月をぼんやりと眺めています。一方の小野小町は、深草少将の怨霊に取り憑かれた小町が老いて乞食になる能の『卒都婆小町』を描いたもの。かつて絶世の美人と謳われた姿からは想像もできない老婆となって月を見つめています。

月岡芳年 「月百姿 卒塔婆の月」
明治19年(1886)

月岡芳年 「月百姿 きぬたの月 夕霧」
明治23年(1890)

この日は山種美術館で『上村松園 -美人画の精華-』を観た足で伺ったのですが、松園の「砧」と同じ画題の作品がありました。松園の「砧」は夫の帰りを待ち立ちすくむ妻の姿を描いていますが、芳年の「砧」は夫の身を案じながら砧(洗濯した布を棒で叩いて皺をのばすための道具)を打つ場面そのものが描かれていて、そばには松園も最初は描くつもりだったという腰元の夕霧が静かに座っています。

ほかにも『上村松園 -美人画の精華-』に出品されていた作品(松園作品ではありませんが)と共通の画題では『平家物語』の小督を描いた「嵯峨野の月」、『源氏物語』の夕顔を描いた「源氏夕顔巻」が展示されているので、違いを観るのも面白いかも。

月岡芳年 「月百姿 名月や畳の上に松の影 其角」
明治18年(1885)

「名月や畳の上に松の影」は芭蕉の弟子・其角の俳句を描いた作品。月そのものは描かず、畳に映る松の影で月夜の風情を表現した風流な一枚です。抱一か其一かという感じの琳派風の屏風がまたいいですね。

月岡芳年 「月百姿 孤家月」
明治23年(1890)

妖怪や幽霊を描いた作品は、それまでの観る人を脅かすような恐怖を煽る演出はあまりなく、どちらかというと物語の一場面を切り抜き暗示的に描くなど、物語性の高さをより感じます。「孤家月」は“浅茅ヶ原の鬼婆”として知られる伝説を描いたもの。鬼婆を描いた芳年の作品というと、妊婦を逆さづりした恐ろしい「奥州安達が原ひとつ家の図」を思い浮かべますが、ここでは縄の先を描かず(縄には石が吊るされていて、石を落して人を殺そうとしている)、隙を窺う鬼婆だけを描いています。

月岡芳年 「月百姿 大物海上月 弁慶」
明治19年(1886)

「大物海上月 弁慶」は有名な「船弁慶」を描いた作品。芳年の「新形三十六怪撰」にも「大物之浦ニ霊平知盛海上に出現之図」という平知盛の亡霊に立ち向かう弁慶の姿を描いた作品がありますが、「月百姿」の「弁慶」は俄かに海が荒れ出し、この先を暗示しているかのよう。

月岡芳年 「月百姿 山城 小栗栖月」
明治19年(1886)

月岡芳年 「月百姿 雪後の暁月 小林平八郎」
明治22年(1889)

物語の脇役にスポットを当てている作品がいくつかあったのも興味深いところ。「山城 小栗栖月」は本能寺で織田信長を襲撃した明智光秀を討とうと竹やぶに身を潜める村人を描いたもの。「雪後の暁月 小林平八郎」は『忠臣蔵』の吉良上野介側の侍を描いたもの。表舞台には決して出ない人々を描くことで、“月”の寂しさや切なさを強調しているのかもしれません。

月岡芳年 「月百姿 名月や来て見よかしのひたい際 深見自休」
明治20年(1887)

深見自休は江戸の侠客。歌舞伎『助六』の髭ノ意休のモデルともいわれています。桜吹雪の中夜道を堂々と歩く大きな背中がかっこいい。着物の黒は一見無地に見えるのですが、ちょっと下から覗きこむと市松模様の正面摺りが施されているのが分かります。

月岡芳年 「月百姿 烟中月」
明治19年(1886)

火事と喧嘩は江戸の華。江戸火消を描いた「烟中月」もかっこいい。あえて纏持ちの動きを止めることで火災の激しさがより強調して見えます。

月岡芳年 「月百姿 あまの原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」
明治21年(1888)

美しく輝く月を見ながら、遠い故国の三笠の山にかかる月を思い浮かべる阿倍仲麻呂。何ともしみじみとした一枚ですね。シンプルなんだけど、仲麻呂の和歌とともに心に深く響きます。

月岡芳年 「月百姿 たのしみは夕顔だなのゆふ涼男はててら女はふたのして」
明治23年(1890)

久隅守景の「納涼図屏風」を思い出さずにはいられない一枚。直接描かれてはいませんが、妻は乳飲み子を抱いてるんでしょうか。夫はちょっとお酒でも入ってるのでしょうか。リラックスして楽しそう。観てるこちらにも夫婦の屈託のない会話や涼しい夜風が感じられるようです。

「盆の月」も面白い。天に昇っていくかのような構図。はっちゃけた盆踊りの雰囲気がとても伝わってきます。

月岡芳年 「月百姿 盆の月」
明治24年(1891)

ほかにも印象的な作品がいくつもあって、全部紹介しきれないほど。「月百姿」は芳年の展覧会では必ず並ぶぐらいの代表作ですが、全点揃うことはあまりありません。状態もとても良く、見応えがありました。月が照らし出す世界はみんな趣き深い。


【月岡芳年 月百姿】
2017年9月24日(日)まで
太田記念美術館にて


月岡芳年 月百姿月岡芳年 月百姿

2017/09/09

上村松園 -美人画の精華-

山種美術館で開催中の『上村松園 -美人画の精華-』を観てまいりました。
(※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです)

先日、東京藝術大学大学美術館の『藝「大」コレクション』でたまたま上村松園の「草紙洗小町」を観たのですが、あまりに精緻な着物の文様や体の動きを捉えた線描の確かさに驚いたというか、松園は侮れないなと痛感したばかり。個人的にも松園をあらためて見直したいと思っていたところでした。

松園の作品を観る機会はよくありますし、美人画の展覧会に行けば必ず見かけますが、山種美術館でもここまで松園の作品が揃うのは約2年ぶり。山種美術館は初代館長の山﨑種二氏が上村松園と親しく交流していたそうで、そうした縁もあって松園作品が充実しています。

本展ではその松園コレクション18点全てが公開されているほか、浮世絵から現代日本画家の作品まで美人画ばかりがずらり。出品数は約90点(期間中一部展示替えあり)と見応えもあって、芸術の秋にピッタリな展覧会になっていました。


第1章 上村松園-香り高き珠玉の美

会場の最初には松園の代表作の一つ「蛍」。蚊帳に美人というのは美人画の定番なのか、浮世絵や、それこそ春画でも見ますし、全生庵の幽霊画コレクションにも「蚊帳の前の幽霊」という美しい幽霊の絵があったりします。そばに松園が参考にしたという歌麿の「雷雨と蚊帳の女」がパネルで紹介されていて、構図をうまく借用していることも分かります。松園は“蚊帳に美人=艶めかしい”というイメージではなく、「高尚にすらりと描いてみたいと思った」といいます。寝支度に蚊帳を吊る光景はどこか愛らしく、背伸びしたポーズや白い腕、蛍に目を向ける姿は艶めかしさとは違う自然体の色気を感じます。

[写真左] 上村松園 「蛍」 大正2年(1913) 山種美術館蔵

松園はほとんどモデルを使わず、主に古画の研究を通して美人画の表現を学んだそうです。簾越しの美人は松園が好んだスタイルですが、女性の立ち姿は歌麿や北斎など浮世絵の美人図を彷彿とさせます。どうすれば女性が美しく引き立つか。美人と簾という組み合わせは気品と色っぽさのバランスが絶妙な格好の素材だったのかもしれません。

着物の色や柄から髪型、小物に至るまで、女性ならではのこだわりが感じられるのも松園の美人画の魅力。着物の絞りや刺繍なども実際の染織の装飾技法を意識して描いているそうです。簪や笄とかちょっとしたところに金泥を引いていたり、「蛍」の着物柄は大正時代に流行ったアールヌーヴォー柄だったり、松園も描きながらオシャレを愉しんでいたのではないでしょうか。会場の一角には<松園好みの髪型>というパネルがあって、松園作品に見られる髷の種類についても紹介されていました。髪の毛の生え際や眉なんかも凄く丁寧に描いてますよね。

[写真左] 上村松園 「新蛍」 昭和4年(1929) 山種美術館蔵
[写真右] 上村松園 「夕べ」 昭和10年(1935) 山種美術館蔵

松園は表装にもこだわっていて、懇意にしていた京都の表具屋には表装に使用した裂地が今も残っているといいます。「娘」は針仕事をする女性の膝の上に松の文様をあしらった晴れ着が描かれているのですが、それに合わせて表装も松の文様だったり、「春芳」は本紙の上下に刺繍を施した辻が花風の裂を使っていたり、表具装を含めて一つの作品という感じがします。

[写真左から] 上村松園 「庭の雪」 昭和23年(1948)、上村松園 「娘」 昭和17年(1942)
上村松園 「詠哥」 昭和17年(1942) 山種美術館蔵

戦時下で世間は美人画どころでない中も、松園の作品は戦争の影を全く感じさせないのですが、実は微妙にモチーフが変わっているそうなんです。それまではひたすら女性の美の理想を追求していた松園も、戦時中は「娘」の針仕事のような、生活の中の女性を描くようになったといいます。

上村松園 「牡丹雪」 昭和19年(1944) 山種美術館蔵

松園の「牡丹雪」、大好きな作品です。余白を多くとり、灰色の空の広がりとふわりふわり舞い落ちる牡丹雪を見事に表現。真っ白に雪の積もった傘からはその重さが伝わってくるようです。


第2章 文学と歴史を彩った女性たち

ここでは神話や伝説、古典文学などに登場する女性を描いた作品を展観します。
こちらにも一点だけ松園。「砧」は文展出品の大作「草紙洗小町」の次に描いた作品。「草紙洗小町」と同じく能に取材したもので、夫を待ちわびる妻を「肖像のような又仏像のような気持で描いた」といいます。夫を想う妻の心情が滲み出てくるような深い表現性も素晴らしいのですが、細かに描き込んだ打掛や小袖も見どころです。

上村松園 「砧」 昭和13年(1938) 山種美術館蔵
(※本展ではこの作品のみ写真撮影可能です)

物語絵といえば、源氏絵。森村宜永の「夕顔」はやまと絵の表現でまとめた古風な一幅。童女が差し出す香を焚きしめた白い扇にはさりげなくユウガオの花も描かれています。金銀の切箔や砂子が散りばめられ、装飾性も高い。古径の「小督」と紫紅の「大原の奥」は『平家物語』。古径の「小督」は人物はやまと絵風なのですが、屋敷や庭の木は薄墨で微妙な風合いを出していて古径らしいなと感じます。

[写真左から] 森村宜永 「夕顔」 昭和40~63年(1965-88)頃
小林古径 「小督(双幅のうち左幅)」 明治34年(1901)頃
今村紫紅 「大原の奥」 明治42年(1909) 山種美術館蔵

[写真左] 松岡映丘 「斎宮の女御」 昭和4~7年(1929-32)頃 山種美術館蔵
[写真右] 森田曠平 「百萬」 昭和61年(1986) 山種美術館蔵

今回の展覧会は戦後の作品も結構多いのですが、そこはやはり山種美術館の御眼鏡に適った作品なので、やまと絵復興の松岡映丘のような画家の隣りに並んでも全く遜色ありません。森田曠平の作品が3点あって、「百萬」にしても「出雲阿国」にしても安田靫彦や前田青邨の流れを感じるものがあっていいなと思います。映丘の「斎宮の女御」は斎宮女御が白描なのですが、口に紅色を施し、よくよく観ると琴の糸は金で描いています。芸が細かい。

[写真左] 小山硬 「想」 昭和56年(1981) 山種美術館蔵
[写真右] 森田曠平 「出雲阿国」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵

「天草シリーズ」で知られる小山硬の「想」は、キリシタン大名の大友宗麟の側室で後に妻となるジュリアを描いたもの。覚悟を決めたような表情が印象的です。背景には戦国大名の名が書かれた地図が描かれていて何やら意味深。解説を読むとなるほどと思います。


第3章 舞妓と芸妓

ここは全て戦後の作品。ほとんど明治生まれの日本画家なのですが、伝統とモダンさが同居した絵作りがチャレンジングだし、どれも魅力的です。舞妓や芸妓という同じ画題でもそれぞれの画家の味がよく出ていて、似た構図の作品を敢えて並べて展示してるからか、統一感があって面白い。

[写真左] 奥村土牛 「舞妓」 昭和29年(1954) 山種美術館蔵
[写真右] 三輪良平 「舞妓」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵

橋本明治の作品が3点あって、とても惹かれました。橋本明治も美人画の展覧会ではよく見かけるものの、あまりよく知らなかったのですが、松岡映丘に師事していて、焼損した法隆寺金堂壁画の再現にも安田靭彦や前田青邨らと共に参加しているんですね。なのにこの肉太の輪郭線と独特の色彩感。キュビズムの影響もあるんでしょうか。

[写真左] 橋本明治 「舞」 昭和41年(1966) 山種美術館蔵
[写真右] 橋本明治 「月庭」 昭和34年(1959) 山種美術館蔵

[写真左] 片岡球子 「むすめ」 昭和49年(1974) 山種美術館蔵
[写真右] 橋本明治 「秋意」 昭和51年(1976) 山種美術館蔵


第4章 古今の美人-和装の粋・洋装の華

春信、清長、歌麿といった浮世絵の美人図が並ぶ中、ひときわ目を惹くのが月岡芳年の「風俗三十二相」。芳年の美人画の代表作で、「おもしろそう」とか「つめたそう」とか「いたそう」とか、みんな「◯◯そう」となっていてちょっとユーモラスなところも(前期・後期で展示替えがあります)。

“西の松園、東の清方”と称された鏑木清方は芳年の孫弟子。清方の作品も2点展示されていて、芳年に連なる美人画の系譜を観ることができます。

[写真左から] 鈴木春信 「柿の実とり」 明和4~5(1767-68)頃
鳥居清長 「社頭の見合」 天明4年(1784)頃
喜多川歌麿 「青楼七小町 鶴屋内 篠原」 寛政6~7年(1794-95)年頃
山種美術館蔵(いずれも展示は9/24まで)

[写真左から] 伊藤小坡 「虫売り」 昭和7年(1932)頃
小林古径 「河風」 大正4年(1915)
菱田春草 「桜下美人図」 明治27年(1894) 山種美術館蔵

春草の「桜下美人図」は春草にしては珍しい寛文美人風の風俗画。美校時代の作品とのことですが、同時期に描かれた徽宗画の模写や橋本雅邦を意識したような作品が『藝「大」コレクション』にも出ていて、この時期は古画や手本を参考にいろいろ吸収していたんだろうなと思います。

伊藤小坡の「虫売り」は後ろ姿なのでどんな美人か分かりませんが、その佇まいからもさぞかし美しい人なんだろうと思わせます。でもあの華奢な体で天秤棒を担ぐのは大変そう。池田輝方の「夕立」も素敵ですね。女性も美しいけど、男性も美しい。

池田輝方 「夕立」 大正5年(1916) 山種美術館蔵

奥の離れの小部屋には洋装や戦後の和装美人を描いた作品が展示されていたのですが、その中で印象的だったのが和田英作の「黄衣の少女」。ほの暗い照明の中にひときわ明るい色彩が目を惹きます。木暮美千代がモデルという伊東深水の「婦人像」も良い。確かに似ている。

和田英作 「黄衣の少女」 昭和6年(1931) 山種美術館蔵

美人画の展覧会というと、ちょっとパターンが決まったところがありますが、今回の展覧会は松園や清方や深水といった定番の美人画だけでなく、浮世絵や物語絵から現代日本画までバラエティに富んでいて見どころも多いですし、女性だけでなく広い層にお勧めできる展覧会だと思います。



山種美術館に行ったら、1階の≪Cafe 椿≫に寄らずにはいられません。展覧会に出品された作品をモチーフにした和菓子が毎回話題ですが、今回の『上村松園 -美人画の精華-』展の和菓子がまたいつも以上に手が込んでいて、味もヴィジュアルもどれも◎。


【企画展 上村松園 -美人画の精華-】
2017年10月22日(日)まで
山種美術館にて


もっと知りたい上村松園―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい上村松園―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

2017/08/30

藝「大」コレクション

すっかりブログに記事を書くのが遅くなってしまいましたが、東京藝術大学大学美術館で開催中の『藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!』に行ってきました。

『藝大コレクション展』は毎年開催されていますが、今年は東京藝術大学の創立130周年ということで、これまでにない大規模なコレクション展になっています。だから「大」の字をカッコつきで強調してるわけですね。

しかも今回は、藝大が所蔵する名品コレクションだけでなく、藝大と藝大の前身・東京美術学校の出身者の卒業制作作品を紹介するという、ちょっといつもとは違う趣向。『藝大コレクション展』はほぼ毎年観に来てるので、名品コレクションは何度か観ている作品も多いのですが、卒業制作作品はまずお目にかかることのない作品ばかり。

出品作のおよそ半分は前後期で入れ替えになるので、これは貴重な機会と、前期・後期を両方とも観てまいりました。


まずは名品編から。前期展示(7/11~8/6)で印象に残った作品を。初めて観た作品や久しぶりに観た作品が中心になりますが。

「小野雪見御幸絵巻」(重要文化財)
鎌倉時代 東京藝術大学所蔵 (展示は8/6まで)

鎌倉時代の「小野雪見御幸絵巻」は小野の里に幽居する藤原歓子(小野皇太后)のもとに雪見の行幸をした白河院に歓子が風雅なもてなしをしたという逸話に基づくやまと絵絵巻。展示は雪見の場面ではありませんでしたが、丁寧な描線と穏やかな色調に平安王朝絵巻らしい趣きを感じます。

長崎派の画家・若杉五十八の「鷹匠図」は西洋の鷹匠を描いた江戸時代の珍しい油彩画。城が西洋風なんだけど、石垣がいかにも日本の城で、ちょっと妙ちくりん。板橋区美術館の『長崎版画と異国の面影』でもこの人の別の「鷹匠図」を観ていました。

近代日本画では狩野芳崖の「悲母観音」、柴田是真の「千種之間天井綴織下図」が並ぶ中、個人的に大好きな菱田春草の「水鏡」に目が行きます。拝見するのは『菱田春草展』以来。「悲母観音」と並べて観ると、天女のポーズは「悲母観音」を彷彿とさせ、一方で、水面に映る姿や画面の両端に配置した紫陽花からは西洋画的なものを感じます。

菱田春草 「水鏡」
明治30年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/6まで)

橋本関雪の「玄猿」も良かった。昭和に入ってからの作品。四条派風の猿、枯木の勢いのある表現と枝の淡彩が印象的です。前田青邨の「白頭」がこれがまた凄くいい。正座した佇まい、眼鏡をはずして絵と向き合う姿、さりげなく置かれた梨。そして何より少ない線で表した衣文線や顔の皺の的確さ。青邨の研ぎ澄まされた線描に感動します。

原田直次郎 「靴屋の親爺」(重要文化財)
明治19年 東京藝術大学所蔵

洋画では、原田直次郎の「靴屋の親爺」、黒田清輝の「婦人像(厨房)」、浅井忠の「収穫」という日本の近代洋画の傑作が並んで展示されている一角に、高橋由一の「花魁」もあって、こうした並びで見ると気の毒なくらい由一の技術に未熟さが目立つのですが、逆に「花魁」がたまらなく愛おしく思えてきます。別フロアーでしたが、由一の渾身の傑作「鮭」も展示(前期のみ)されていました。

高橋由一 「花魁」(重要文化財)
明治5年 東京藝術大学所蔵

後期展示(8/11~9/10)では、平安末期の「北斗曼荼羅図」が興味深い。白描の曼荼羅で、いわゆる星曼荼羅とも違うし、そもそも曼荼羅ぽくない。解説によると、唐本曼荼羅の図像で道教思想に基づいたものとか。

土佐光起の「貝尽図」も面白い。土佐派の作品では見ない描き方。写実的に描こうとしているのか、ちょっと中国画風の感じがします。若冲の「鯉図」は大きな鯉も見どころですが、水草がゆらゆら揺れているのがユニーク。いかにも若冲。水草が描かれた鯉図ってあまり見ない気がします。

曽我蕭白 「柳下鬼女図屏風」
江戸時代 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)

前期には永徳が出てましたが、後期は光琳の「槇楓図屏風」と蕭白の「柳下鬼女図屏風」。「柳下鬼女図屏風」は『冥途のみやげ展』で観て衝撃を受けた作品。蕭白ならではの凄まじい怪作です。

上村松園 「草紙洗小町」
昭和12年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)

近代日本画では小堀鞆音の「経政詣竹生島」が初見。平経政が琵琶を弾くと白龍が現れたという伝説に取材したものとか。有職故実に基づく歴史画で名を馳せた鞆音らしい作品。

美人画では久しぶりに松園の「草紙洗小町」が出てました。何しろ大きい。松園で一番大きいのではないでしょうか。今回は人も少なったので単眼鏡でまじまじと観ましたが、絵具が盛り上がってるのか、着物の文様がまるで刺繍のように非常に丁寧に描き込まれていてビックリ。舞の動きを取る腕や体の線の表現も実に確かで、こういうのを観ると、松園は侮れないなと思います。

地階の会場入口には大好きな小倉遊亀の「径」。ほのぼのとしてかわいい。こちらは通期展示。

彫刻も平櫛田中コレクションが出品されていますが、平櫛田中の作品自体は少なく、橋本平八など平櫛が収集し藝大に寄贈した作品が中心。田中太郎の「ないしょう話」が面白いですね。

小倉遊亀 「径」
昭和41年 東京藝術大学所蔵

卒業制作作品では、前期に出てた横山大観の「村童観猿翁」が面白い。美校の師や同期生をモデルにしたそうで、意図的なのか顔がちょっとグロテスクだったりします。高山辰雄の「砂丘」も良かった。砂丘に座る女学生を俯瞰で描いた構図。こちらを観る女学生の目がまた印象的です。

後期展示には下村観山の「熊野御前花見」が出てました。『下村観山展』でも観てるはずですが、あらためて観ると人物描写もさることながら、着物の文様の描写がとても精緻。とくに熊野御前の着物は素晴らしいですね。

山本丘人の「白菊」も惹かれます。白菊を手にした上品な女性。まわりにも白菊をあしらい、装飾的なところも。昭和に入った作品では、杉山寧の「野」が印象的でした。ススキ畑で遊ぶ子どもたち。遠くに沈む夕陽。日本画の伝統的な画題である武蔵野の風景の翻案なのでしょう。

山本丘人 「白菊」
大正13年 東京藝術大学所蔵 (展示は8/11から)

現代アーティストたちの藝大時代の自画像がたくさんあって、人それぞれ、いろんなスタイルがあって面白い。現代アートはあまり詳しくありませんが、それでも山口晃や松井冬子、村上隆、会田誠といったアーティストたちの若かりし頃の自画像(なかには「自画像?」というにもありますが)を観ると、顔がにやけてしまいます。学生時代の作品は観る機会もないのでいろいろ興味深い。ちゃんと保管してるんですね。

会場の一角に、美校の美術教育についてや、藝大コレクションの修復事業、藤田嗣治の関連資料といったアーカイヴの展示など、普段のコレクション展示では触れられないようなところも紹介していました。


【東京藝術大学創立130周年記念特別展 藝「大」コレクション パンドラの箱が開いた!】
2017年9月10日(日)まで
東京藝術大学大学美術館にて


最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常

2017/08/22

地獄絵ワンダーランド

三井記念美術館で『地獄絵ワンダーランド』を観てまいりました。

どうせ子どもも楽しめます的な夏休み向けの企画だろ、と最初はあまり興味を持ってなかったというか、高をくくっていたのですが、これが思いのほか面白かったのです。

くだけたタイトルから察せられるように、小難しところがなくて、もちろん子どもも楽しめるでしょうけど、仏画、地獄絵に興味がある人なら誰でも十分楽しめるのではないでしょうか。

毎年この時期は、妖怪だの怪談だのにまつわる作品を集めた展覧会がありますが、今年は源信の1000回忌ということもあってか、奈良国立博物館の『源信展』よろしく、出光美術館の『祈りのかたち 仏教美術入門』でも地獄絵が特集されていたりして、奈良に『源信展』を観に行けなかった身としてはとてもありがたいことです。


第1章 ようこそ地獄の世界へ

会場入ってすぐのアプローチには、肩慣らしというべきか、水木しげるの『水木少年とのんのんばあの地獄めぐり』の原画13点が展示されていて、地獄と極楽浄土の情景が分かりやすく紹介されています。あくまでも絵は水木ワールドなのですが、源信の『往生要集』の世界に意外なほど忠実なのに驚きました。

完本としては現存最古という鎌倉時代の版本の『往生要集』も展示されています。墨も黒々としていて状態は良さそう。日本人の死後世界観に絶大な影響を与えた“あの世のガイドブック”と解説されていて、うまいこと言うなと感心してしまいました。

「六道絵」(重要文化財)
中国・南宋~元時代 新知恩院蔵 (※写真は一部)

「六道絵」の最高傑作といわれる聖衆来迎寺の国宝「六道絵」の模写(文政本)や地獄草紙の模写もあったりしますが、興味深かったのが新知恩院蔵の「六道絵」(6幅)。中国伝来の六道絵としては他に違例がないとかで、日本のよく見る六道絵とは確かに雰囲気が異なります。大変精緻に描かれていて、青い髪や赤い髪をなびかせる鬼は風神や雷神の図様の原形を見る思いがしました。


第2章 地獄の構成メンバー

上品蓮台寺の「六地蔵像」も印象的。飛雲に乗って六地蔵が六道に向かう様子を描いたもので、云わば“六地蔵来迎図”。しかもみんな色白美男子。「地蔵十王図」というのもあって、地蔵菩薩が閻魔大王含め十王を従えている様子が描かれています。

「地蔵十王図」
室町時代 龍谷ミュージアム蔵

當麻寺の6曲1双の「十王図」は十王図10幅と地蔵菩薩図と阿弥陀三尊来迎図各1幅を表具ごと屏風仕立てにしたもの。片隻のみ展示されていましたが、十王図と並んで最後に阿弥陀来迎があるというのが面白い。地獄の顛末を見せつつ救済についてもフォローしているんでしょうね。地獄の様子はいかにも恐ろしげで、血の池かと思ったら、罪人の伸ばされた赤い舌で、舌の上で鬼が牛を使って耕す耕舌地獄という場面なんだそう。出光美術館で観た「六道・十王図」にも同じ場面がありました。


第3章 ひろがる地獄のイメージ

ここでは「立山曼荼羅」と「熊野観心十界曼荼羅」。「立山曼荼羅」は立山信仰に基づくものだと想像はつきましたが、立山の山中には地獄があると考えられていたそうで、血の池地獄に女の顔が浮かんでたり、人面牛馬がいたり、曼荼羅というより地獄絵のよう。鬼も大津絵風で、民間信仰の曼荼羅という感じです

「熊野観心十界曼荼羅」
江戸時代 日本民藝館蔵

「熊野観心十界曼荼羅」は柳宗悦の収集品。地獄極楽の絵解きをしながら諸国を廻ったという熊野比丘尼が絵解き布教に用いたものといいます。これも素朴絵風のところがあって、楽しんで学ぶという感じ。上部の円相に心の字が書かれていて、半円に人生の歩みを描く“老いの坂”も描かれています。


第4章 地獄絵ワンダーランド

江戸時代に入ると、地獄絵もバラエティに富み、世間の人が賢くなって地獄を怖がらなくなったなんてことが解説されていました。最早怖いんだか楽しんだか分からないような地獄絵のパロディ「地獄図巻」や人気歌舞伎役者・八代目市川團十郎の死絵の浮世絵、河鍋暁斎の絵でも知られる地獄太夫の一休宗純との出会いからその後の往生までを綴った絵伝、サイコロ振って最後は極楽浄土を目指す浄土双六なんかもありました。

「地蔵十王図」
江戸時代 東覚寺蔵(※写真は一部)

民間信仰的な地獄絵がいくつかあって、どれもユニーク。「観心十法界図」は「心」の字を中心に放射状に十界図が描かれていて、地獄に堕ちるも極楽浄土に行くのも心次第と諭します。葛飾・東覚寺の「地蔵・十王図」はヘタウマな素朴さに強く惹かれます。十王も漫画的に描かれていて面白い。並びにあった「十王図」は日本民藝館の『つきしまかるかや展』でも拝見した作品。まるで子どものイタズラ書きで、いくら民間信仰とはいえ、どんな用途でどんな人が描いたのかとても気になります。白隠の「地獄極楽変相図」も楽しい。お釈迦様や閻魔様は白隠の仏画風、地獄の様子は戯画風に描かれています。

「十王図屏風」
江戸時代 日本民藝館蔵(※写真は一部)


第5章 あこがれの極楽

最後にあった「山越阿弥陀図」は体は山に隠れ、顔しか見えないという珍しいタイプの作品。体が見えないので、阿弥陀如来なのかさえ本当は分からないとか。「当麻曼荼羅」は出光美術館でも観ましたが、こちらは當麻寺の曼荼羅の1/6の縮小版。



出光美術館の『祈りのかたち 仏教美術入門』は仏教美術史の流れで地獄絵が観られますが、こちらはさまざまなタイプ別の地獄絵を観ることができ、二つ併せて観ると、奈良に行かなくても大丈夫という気分になります。(行ければ行きたかったけど)


【特別展 地獄絵ワンダーランド】
2017年9月3日(日)まで
三井記念美術館にて


太陽の地図帖 地獄絵を旅する (別冊太陽 太陽の地図帖 20)太陽の地図帖 地獄絵を旅する (別冊太陽 太陽の地図帖 20)

2017/08/20

祈りのかたち

出光美術館で開催中の『祈りのかたち 仏教美術入門』を観てまいりました。

最近のトレンドなのか、いろんな美術館で、美術ビギナー向けの展覧会をやっていますが、出光美術館でも所蔵する仏画や仏像を中心に、仏教美術のイロハを紹介する展覧会を開催しています。

日本美術はとりわけ中世までは仏教に関係したものがほとんど。仏画にしても仏像にしても、その種類や造形、それこそ手の形や持ち物に至るまで、さまざまな意味や決まりがあり、理解しようとすると仏教の歴史や時代背景なども密接に絡んできて、美術ビギナーにはなかなか敷居の高いところがあるのではないでしょうか。

そんな本展は、古くはガンダーラの石像や中国の金銅仏にはじまり、密教や弥勒・普賢信仰、浄土教、禅宗などの仏教美術の優品が並び、とても充実。解説も丁寧で分かりやすく、自分もいろいろ勉強になることが多くありました。


第1章 仏像・経典・仏具-かたちと技法

仏像が最初に造られたのは1~2世紀のガンダーラ(もしくはマトゥラーとも)が最初といわれますが、展示されていたガンダーラの石像は2~3世紀のもの。どこかギリシャ彫刻の名残を感じます。中国・西晋時代(3~4世紀)の神亭壺には動物や楼閣などの文様とともに早くも坐像の仏様が施されていました。

中国の金銅仏では東晋時代の「金銅仏三尊眷属像」が見事。如来と左右脇侍の菩薩、さらには光背には化仏まで施され、ずいぶん手の込んだ造りです。法隆寺の国宝「阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)」に彷彿とさせます。日本のものでは白鳳仏「金銅聖観音菩薩立像」があって、白鳳仏らしい大陸様の造形の中にも両手で水瓶を持つ姿が珍しい。

「絵因果経」(重要文化財)
奈良時代 出光美術館蔵

仏画では、まずは奈良時代の「絵因果経」。「絵因果経」は過去現在因果経に絵をつけたもので、奈良時代の絵画を知る上でもとても貴重な遺品。素朴な画風も面白い。「扇面法華経冊子断簡」は扇面に法華経の経文と一緒に宮廷風俗を描いた装飾経。東博や四天王寺、藤田美術館にある「扇面法華経冊子」と同じ四天王寺伝来のものといいます。平安時代の大和絵作品としてこれも大変貴重です。

静嘉堂文庫美術館の『よみがえる仏の美』でも観た「百万塔および百万塔陀羅尼」が出光美術館にもあるんですね。制作年も同じなので、出どころは一緒なのでしょう。現存する世界最古の印刷物の可能性もあるとされています。

伝・土佐光信の「十六羅漢図」は16福の内8幅が展示されていましたが、中国・南宋時代の十六羅漢図の写しとのこと。土佐派の仏画はそんなに観ないので、興味深いものがあります。

仙厓は最後の章でまとまって出てきますが、ここにも少しあって、面白かったのが「釈迦三尊十六羅漢図」。仙厓にしては珍しく、真面目に描いたものなのか、初期のものなのか、あまり見ないタイプの作品です。一方で「大黒天画賛」や「七福神画賛」のようにゆるい作品も。


第2章 神秘なる修法の世界-密教の美術

鎌倉時代にもなると迫真的な表現が強まり、「大威徳明王図」にしても「愛染明王図」にしても恐ろしい形相をしていますが、その中で藤原信実筆と伝わる「五髻文殊菩薩図」は少年のような美しい文殊菩薩が印象的。藤原信実というと「北野天神縁起絵巻」の作者ともされる人。信実の筆かどうかは明らかでありませんが、確かに優れた絵師の手によるものだということは分かります。

「真言八祖行状図 (瀧智)」(重要文化財)
平安 ・保延2年(1136) 出光美術館蔵

「真言八祖行状図」(8幅)は去年の『美の祝典Ⅰ-やまと絵の四季』で修復後初公開として話題になった仏画。明治に廃仏毀釈により廃寺になった奈良の密教寺院・内山永久寺の真言堂の障子絵だったとされ、本展では真言堂での実際の配置を再現したという並び方がされています。人物や王朝風の建物とともに桜や紅葉、松、柳、草花などが描かれ、よくよく見ると、祖師図というより春や秋の情景を描いた和様の山水画にも思えます。


第3章 多様なる祈り-弥勒・普賢信仰の美術

平安時代から鎌倉時代に掛けて、末法思想を背景に篤い信仰を集めた弥勒菩薩、女性も守り導くことから貴族の女性の間で広く信仰されたという普賢菩薩を中心に紹介。「普賢菩薩騎象図」が2幅あったのですが、白象に普賢菩薩が乗った典型的な作例で、内一つは放射状の後光が描かれ、女性的な穏やかな表情が印象的でした。

「普賢菩薩騎象図」
鎌倉時代 出光美術館蔵


第4章 極楽往生の希求-浄土教の美術

今年は源信1000年忌ということもあり、いくつかの展覧会で地獄絵を特集していますが、ここでも源信の 『往生要集』の強い影響下で制作された作品が紹介されています。

「十王地獄図」は十王と本地仏、さらに地獄の様子を描いた双幅の地獄絵。各幅に5体ずつ十王が描かれ、それぞれ上部に忌日を記し、人は死後その忌日ごとに十王の裁きを受けなければならないことが絵画化されています。各幅の間には、地獄に落ちた者に救いの手を差し伸べる「地蔵菩薩立像」を配置していて、極楽浄土を求め、地蔵菩薩にすがったいにしえの人々の信仰に思いを馳せます。

「六道・十王図」はその名のとおり六道や十王を描いた6幅対の作品。さまざまな責め苦など地獄の恐ろしい様子が鮮やかな色彩で克明に描かれています。ただ恐ろしいだけでなく、阿弥陀来迎を描くなど救済の道も示しているのが興味深い。

「六道・十王図(閻魔王図)」
室町時代 出光美術館蔵

「当麻曼荼羅図」は當麻寺の「綴織当麻曼荼羅図」の約1/4の縮小版。阿弥陀如来の極楽浄土の様子がびっしりと描き込まれています。すごい人口密度。

ほかにも阿弥陀来迎図がいくつか展示されていたのですが、解説に鎌倉時代以降は来迎にも迅速性と早急性が求められるようになったありました。根津美術館の『高麗仏画展』で疑問に思ったことに、高麗仏画の来迎図は立ったまま“待っている”というイメージなのに対し、日本の来迎図は動的で“迎えに来る”という構図なのはなぜかということがあったのですが、日本の来迎図にはそういう背景があったということなのでしょうか。

「当麻曼荼羅図」
鎌倉時代末期~南北朝時代 出光美術館蔵


第5章 峻厳なる悟りへの道-禅宗の美術

禅宗美術は一休宗純ゆかりの住吉・床菜庵伝来の作品と、白隠・仙厓の禅画で構成。一休宗純関連のものは墨蹟や賛を入れた祖師像が中心で、以前『水墨画にあそぶ』という本で読んだ泉州時代の一休のことを思い出しながら観ていました。

仙厓は出光ではたびたび観ますし、去年は『大仙厓展』があったばかりなので、もっと他の絵師なり、仏画なりを見せてくれれば良かったのにと思わなくもありませんでしたが、ずらーっと仙厓が並んでます。まぁ、仙厓好きだからいいんですけど。

仙厓 「○△□」
江戸時代 出光美術館蔵

それにしても出光美術館の所蔵品だけでこれだけ厚みのある展覧会ができるのだから凄いですよね。見応えがありました。


【祈りのかたち 仏教美術入門】
2017年9月3日(日)まで
出光美術館にて


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