2017/06/21

水墨の風

出光美術館で開催中の『水墨の風』を観てまいりました。

雪舟に始まり、雪舟が手本とした玉澗、雪舟に私淑した等伯、さらには室町水墨画、狩野派や岩佐又兵衛、そして文人画まで日本の水墨画の流れを、“風”をキーワードに読み解いていくという企画展。雪舟が中国で吸収した水墨画の技法が日本でどのように受け入れられ、どう変化していったか、明快な構成と分かりやすい解説で丹念に追っています。

出光の所蔵作品だけで構成してるので限界はありますが、そこは日本有数の日本美術コレクションで知られる美術館だけあり、さすが優品が揃い、なかなかの見応え。屏風も多いので展示作品数は40点ほどなのですが、じっくり観ていたら、結局2時間ぐらい掛かってしまいました。


第1章 雪舟を創りあげたもの -「破墨山水図」への道

まずは雪舟の「破墨山水図」。晩年の作だそうで、即興的な筆の動きはまるで現代アートのようです。いわゆる玉澗様の水墨山水で、国宝の「破墨山水図」や、昨年『若き日の雪舟』で観た拙宗時代の「溌墨山水図」と同じく、墨の濃淡で面を捉え、舟や家並みを描き入れるというのは雪舟のパターンなのでしょう。そばには玉澗の「山市晴嵐図」が展示されていて、墨を叩きつけたような粗放な画面の中に山を行く人や山あいに佇む家並みがあって、雪舟のイメージの源泉を感じます。

雪舟 「破墨山水図」
室町時代 出光美術館蔵

玉澗 「山市晴嵐図」(重要文化財)
南宋時代末期~元時代初期

雪舟と伝わる六曲一双と六曲一隻の2つの「四季花鳥図屏風」があったのですが、特に六曲一双の屏風は、先月まで東博に展示されていた伝・雪舟の「四季花鳥図屏風」を彷彿させ興味深いものがありました。写真で比べると右隻は鶴がいないことを除けば構図がほぼ一緒ですね。左隻は、東博本と雪舟真筆の唯一の屏風絵とされる京博の「四季花鳥図屏風」が雪の積もる冬を描いてるのに対し、出光本には雪がなく色彩も豊か。全体的にも東博本や京博本より華やかな印象を受けます。特筆すべきは左隻の松を遮るように描かれた竹で、その大胆さに驚きました。

そのほか南宋や明代の中国画や雪村の三幅対、また江戸時代の谷文晁と雲澤等悦の作品が並びます。文晁の「風雨渡江図」は大画面いっぱいに濃墨で吹きつける風と雨を表現したインパクトのある作品。ひときわ強い風なのか、厚い雲から覗く光なのか、白く残された斜めの線が大胆で面白い。

雲澤等悦は雪舟の流れを汲む雲谷派の画家だろうとのことですが詳しいことは不明。「琴棋書画図屏風」は描かれているモチーフに雪舟画からの転用が指摘されていましたが、その独特の山容や微妙な墨色の濃淡はいかにも雲谷派の山水図という感じがします。


第2章 等伯誕生 -水墨表現の展開

制作年が判明している水墨花鳥図としては最古という能阿弥の「四季花鳥図屏風」。室町水墨画の中でも個人的に特に好きな作品の一つです。四季花鳥といっても季節の花は蓮や椿(?)ぐらいで、叭々鳥や白鷺、雁、燕、鴛鴦、鳩といった鳥たちが群れ飛び、どこか幻想的。鳥や竹、枯木などのモティーフは牧谿の作品に拠っていて、まるで牧谿へのオマージュといった様相です。屏風全体を覆う湿潤な空気感や静謐で柔らかな光は雪村や等伯あたりに影響を与えたのではないかと感じます。

能阿弥 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
応仁3年(1469年) 出光美術館蔵

そして等伯はいつものことながら、「松に鴉・柳に白鷺図屏風」と「竹鶴図屏風」(後期には「四季柳図屏風」)。「松に鴉・柳に白鷺図屏風」の白鷺や松、「竹鶴図屏風」の鶴や竹など、こちらも牧谿に倣っていて、いかに牧谿が日本の水墨画に大きな影響を与えているかに気づきます。その中で等伯は日本にはいない叭々鳥を鴉に変えたり、独自のアレンジも加えています(そんなに上手な鴉じゃないけど)。

長谷川等伯 「松に鴉・柳に白鷺図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵

長谷川等伯 「竹鶴図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵 (※展示は6/25まで)

牧谿の「叭々鳥図」も展示されていて、これなんかを観ると、能阿弥にしても狩野探幽(「叭々鳥・小禽図屏風」が展示されてる)にしても、牧谿の叭々鳥を踏襲していることが分かります。

牧谿 「叭々鳥図」
南宋時代 出光美術館蔵


第3章 室町水墨の広がり

あらためて室町時代の水墨画を展観。水墨山水の一つのスタイルを確立したのが周文ですが、扱いがちょっと小さくてかわいそう。周文は2点あって、一つは詩画軸、一つは山水図。「待花軒図」は遠くに岩山を望む山荘で童子が箒で庭を掃く風雅な一幅。「山水図」は左下の近景からジグザグにモチーフを描く典型的な構図で、垂直に屹立した山や松が細い墨線で実に丁寧に描かれています。並んで展示されている相阿弥や曽我蛇足の山水図も周文様式といっていいんでしょうが、それぞれに阿弥派、曽我派の特徴があって面白い。

伝・周文 「待花軒図」
室町時代 出光美術館蔵

興味深かったのが一之の仏画。一之もちょっと前まで東博に「白衣観音図」が出ていて気になっていたので、個人的に嬉しかったです。一之は明兆の弟子とも、関東画壇に近い画僧ともいわれ、まだ謎が多く残る絵師。現存作の多くが観音図だそうで、本展にも白衣観音を思わす「観音図」と左右に梅図を配した「観音・梅図」が出品されています。個性的な表現と地方色を感じる雰囲気が独特で、「観音図」は後の白隠の観音図を思い起こさせます。「観音・梅図」は左右幅の梅が、並んで展示されていた揚補之(伝)の「梅図」に似ていて、いわゆる王冕の梅図の様式を学習していたことが窺われます。

伝・一之 「観音図」
室町時代 出光美術館蔵


第4章 近世水墨 -狩野派、そして文人画へ

元信印の「花鳥図屏風」は以前にも何度か出光美術館で観ているのですが、狩野派の作品をここ数年いろいろ観てきたせいか、これは元信の時代の作品じゃないだろうという感じが私でもします。隣に展示されていた伝・狩野松栄の「花鳥図屏風」は確かに聚光院方丈壁画を彷彿とさせるものがあって、桃山時代前半の雰囲気がありますが、元信印の「花鳥図屏風」はやはりもう少し時代が下るようですね。解説には光信周辺という指摘がありますが、左隻の滝の様式的な表現なんかを見ると、はたして狩野派なんだろうかという気がしなくもありませんでした。

元信・印 「花鳥図屏風」(右隻)
桃山時代 出光美術館蔵

狩野派でいえば、探幽が雪舟からの学習を通し、画風を変えていったともいわれますが、展示されていた作品は残念ながら雪舟の影響を感じさせるものではありませんでした。尚信の「酔舞・猿曳図屏風」では猿回しや歌舞音曲のイメージソースとして雪舟画が指摘されていましたが、探幽にしても尚信にしても雪舟に限らず広く古画の学習結果として狩野派の水墨画スタイルを再構築したことは興味深いところです。

狩野尚信 「酔舞・猿曳図屏風 (左隻)
江戸時代 出光美術館蔵

そのほか文人画では浦上玉堂や池大雅、田能村竹田など、色紙大の小品が並びます。このあたりは何度か拝見してますし、ここまでかなりの時間を要してしまったので軽く。

又兵衛の「瀟湘八景図巻」は晩年の作品で、福井時代の作品と異なり落ち着いた感じがしますが、相変わらず筆が丁寧で、細緻な表現が見事です(Twitterで『岩佐又兵衛と源氏絵』に出てなかったと発言しましたが、しっかり出品されてましたね。失礼いたしました)。全体に金泥の霞が引かれ、ところどころに漢詩が書かれ、それなりのところに納められたのだろうなという感じがします。これまであまり気にしなかったのですが、雪舟からの流れで観ると、又兵衛の曲がりくねった樹木の表現は雪舟の影響なんだろうかと思ったりしました。


【水墨の風 -長谷川等伯と雪舟】
2017年7月17日(月・祝)まで
出光美術館にて


水墨画にあそぶ―禅僧たちの風雅 (歴史文化ライブラリー)水墨画にあそぶ―禅僧たちの風雅 (歴史文化ライブラリー)

2017/06/13

はじめての古美術鑑賞 紙の装飾

根津美術館で開催中の『はじめての古美術鑑賞 -紙の装飾-』を観てまいりました。

昨年の『はじめての古美術鑑賞 -絵画の技法と表現-』に続いてのシリーズ第2弾。今回のテーマは料紙装飾。

小難しい言葉が出てきたり、観るポイントが分かりづらかったり、なかなか初心者にはハードルの高い古美術の世界。そんな専門的な言葉も丁寧に解説されていて、かといって安易にレベルを下げることもなく、根津美術館らしい真面目な展示だと思いました。最近ここは外国人の来館者も多いので解説が英語でも書かれていて、いろいろ行き届いてます。

もちろん展示されている古筆切も一級品ばかり。古美術初心者から上級者、そして外国人の方まで幅広く楽しめるのではないでしょうか。


雲母に光を!

小野道風と伝わる「小島切」の美しさに最初から足が止まります。雲母砂子を散らした清涼感ある料紙に細くしなやかな連綿体の筆の美しいこと。

雲母(白雲母)は金銀に比べて輝きが弱いため、光の角度により見えたり見えなかったりして、その微妙な輝きに奥ゆかしい美しさがあるということが解説されていました。決して華美にならない、品のある繊細な輝き。平安王朝の美的センスに脱帽です。

伝・藤原公任筆 「尾形切」
平安時代・12世紀 根津美術館蔵

展示されている平安時代の古筆切の多くは、具引き(胡粉などで色を塗ること)した唐紙(中国から輸入した紙)に雲母で文様を摺っているのですが、唐草文のような文様だったり、植物や鳥の絵だったり、金銀泥の装飾が施されていたり、どれも趣向が凝っていて、書が読めなくても十分楽しめます。そしてその料紙の上を走る筆の美しさといったら。巻子や冊子を断簡にして飾りたくなる気持ちも分かります。

光悦が所蔵していたことから名がつくという「本阿弥切」には雲母の夾竹桃の文様があったり、光琳の家に伝来したことに因む「尾形切」は雲母の文様の上に銀泥で蔦や鳥が描かれていたり、「東大寺切」には七宝繋ぎと亀甲繋ぎの文様が刷りだされていたり、バラエティ豊か。中には雲母の宝塔に経文を一文字ずつ記した一字宝塔経の「戸隠切」という手の込んだものもありました。

残念なのは、「『読めない』という理由で敬遠されがちな書の作品にアプローチをした」といいながら、料紙装飾については丁寧なのに対し、肝心の“書”の説明が不足していたこと。わたしのように“書”が読めない人も多いと思うので、“はじめての”と謳うなら、せめて何と書かれているか解説があっても良かったのではないかと思います。


「染め」のバリエーション

読んで字のごとく、紙漉きの途中で藍色などに染めた繊維を入れて漉く“漉染め”、染料に浸して染める“浸染め”、染料を刷毛で紙全体に塗る“引染め”、さらには香りと防虫を兼ねた丁子(クローブ)の煎じ汁を紙の表面に吹きかける“丁子吹き”、染めた紙が乾く前に藍や紫の模様を散らした“飛び雲”や“打曇り”など、さまざまな染めの技法が紹介されています。

黄檗(きはだ)の樹皮やどんぐりで染めた奈良時代の経巻の断簡があったのですが、もともとは染めの目的は防虫を兼ねたものだったといいます。だんだんと装飾的な傾向が強まり、金銀の文字が映える紺紙金字経や、背景の色や模様が芸術的なまでに美しい巻子や冊子が登場するのですが、中には背景がうるさくて逆に文字が読みにくいものもあったりします(褪色したせいかもしれませんが)。

「無量義経」 (国宝)
平安時代・11世紀 根津美術館蔵

「無量義経」は金砂子を散らした料紙を交互に継ぎ合わせていて、金泥で罫線を引いたいわゆる“色紙経”。その書もお手本のような楷書でとても美しい。飛鳥井雅有(伝)の「八幡切」は茶と紫の繊維を漉きこんだ雲紙と呼ばれる模様が雲のようにも山のようにも見え、とても印象的でした。


金銀の多彩な飾り

切箔や砂子、野毛、金泥・銀泥といった装飾技法というと平安時代というイメージがありますが、既に奈良時代からあったとされ、「蝶鳥下絵経切」は光明皇后の筆と伝わるもの(展示品の年代は11世紀となってましたが)。茶色に染めた料紙に金銀泥で蝶や鳥、草花が描かれていて、とても上品。ちょっと見づらいので単眼鏡があるといいかも。

伝統的な料紙装飾を当世風にアレンジしたのが本阿弥光悦。光悦(伝)の「花卉摺絵古今集和歌巻」は出光美術館所蔵の同作が下絵に柳や桜、蔦、忍冬などが配されていたのに対し、根津本は竹と蔦で雰囲気は少し違いますが、書は光悦風。「伝」とついているのが気になるのですが、出光本の版下絵は宗達なので、こちらもそうなのでしょう。

松花堂昭乗筆 「勅撰集和歌屏風」
江戸時代・17世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

根津美の所蔵品だけかと思いきや、以前静嘉堂文庫で観て感動した松花堂昭乗の書の屏風が出てて嬉しい再会。ゆるやかな山並みが描かれたやまと絵風の屏風に金の切箔や金銀砂子などが撒かれ、その上に色紙や短冊が貼られた非常に優美な仕立てになっています。華やかな具引き地にさまざまな装飾を施した豪華な料紙の「百人一首帖」も贅沢の極みという感じ。干し網の図様は海北友松の「網干図屏風」を思わせます。

智仁親王筆 「百人一首帖」
江戸時代・17世紀 根津美術館蔵


さまざまな装飾技法

判木の上に置いた紙の表面をこすって文様を表す“蝋箋”、紙に染料を直に流して模様をつくる“墨流し”、異なった紙をパッチワークのように貼る“継紙”など、そのほかさまざまな装飾技法を実際の作品とともに紹介しています。

これが平安時代の料紙なのかと驚くほどモダンな継紙の「石切山(貫之集下)」や、まるで風景画のような冷泉為恭の「相生橋図」、香木の粉末を釈迦の骨に見立て漉き込んだ“荼毘紙”に聖武天皇が書写したとされる「大聖武」などが印象に残りました。

以前にも観たことはあるのですが、東博所蔵の田中親美の「平家納経(模本)」が並んでいて、これもまた素晴らしかったです。贅を尽くした豪華絢爛な装飾経で、平家の栄華が伝わってきます。


【はじめての古美術鑑賞 紙の装飾】
2017年7月2日(日)まで
根津美術館にて


読めれば楽しい! 古文書入門利休・歌麿・芭蕉の〝くずし字〟を読む (潮新書)読めれば楽しい! 古文書入門利休・歌麿・芭蕉の〝くずし字〟を読む (潮新書)

2017/06/09

ランス美術館展

損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の『フランス絵画の宝庫 ランス美術館展』を観てまいりました。

ここ数年、損保ジャパン日本興亜美術館は年に2回のペースでフランス絵画の展覧会をやっていて、とりわけ印象派の周辺への切り口には定評があります。

今回はフランス北東部シャンパーニュ地方の小都市ランスにあるランス美術館のコレクションを紹介。ランスは、シャルル7世の戴冠式が行われたノートルダム大聖堂もある古い街で、ジャンヌ・ダルクゆかりの地として知られます。日本人にとってはレオナール・フジタ(藤田嗣治)が晩年を過ごした地といった方が分かりやすいかもしれないですね。

そんなランス美術館は中世美術から現代美術まで幅広いコレクションを所蔵しているといいます。本展では、17世紀から20世紀までのフランス絵画を中心に約70点が出品。後半はランスと縁の深い藤田嗣治の作品を展示しています。


会場の構成は以下のとおりです。
1.国王たちの時代
2.近代の幕開けを告げる革命の中から
3.モデルニテをめぐって
4.フジタ、ランスの特別コレクション

リエ=ルイ・ぺラン=サルブルー 「ソフィー夫人(またの名を小さな王妃)の肖像」
1776年 ランス美術館蔵

フランスならではの絵画様式が確立するのは17世紀を過ぎてから。それまではカラヴァッジョやカラヴァジェスキに代表されるイタリア絵画や、レンブラント、ルーベンスといった巨匠のいるネーデルランド/フランドルの絵画の影響を強く受けていたといいます。

最初の部屋にはカラヴァジェスキの作品や、フランドル絵画などもあって、あまりフランス絵画という感じがしませんが、貴族の肖像画やユベール・ロベール風の風景画など、少しずつフランスらしさも見えてきます。ルイ15世の娘ソフィーを描いたとされるリエ=ルイ・ぺラン=サルブルーの「ソフィー夫人の肖像」はドレスの刺繍の細密な描写が秀逸。まわりの肖像画が無背景のバストアップや頭部の肖像が多い中、書斎の椅子に腰をかけた全身像で、細部に及ぶ丁寧な描き込みも素晴らしかったです。

ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房) 「マラーの死」
1793年7月13日以降 ランス美術館蔵

時代も19世紀になると、新古典主義やロマン主義が登場します。貴族階級の衰退とともにロココ趣味の反動として生まれたのが新古典主義といわれますが、それを物語るように展示されている作品も貴族的なものから革命や一般市民をモチーフにしたものへと移って行きます。

今回『ランス美術館展』に来た目的の一つが「マラーの死」。フランス絵画史に名を残すダヴィッドの傑作です。といってもこれは実はダヴィッド(もしくは工房)による複製作品で、オリジナルはベルギー王立美術館にあります。木箱に記された文字が異なるのと、手にする手紙の描写に違いはあるものの、ほぼほぼオリジナルに忠実な様子。何よりその劇的な構図に釘付けになります。

ウジェーヌ・ドラクロワ 「ポロニウスの亡骸を前にするハムレット」
1854-56年 ランス美術館蔵

テオドール・シャセリオー 「バンクォーの亡霊」
1854-55年 ランス美術館蔵

ロマン主義ではジェリコー(と思われると注釈つき)やシャセリオー、対する写実主義ではクールベ、バルビゾン派ではコローやミレー、印象派ではブータンやシスレー、ピサロ、さらにはゴーギャンやドニ、ヴュイヤールなど、19世紀から20世紀初頭にかけてのフランス絵画の優品が並びます。

ドラクロワの描くハムレットやシャセリオーのマクベスなんていうのもあって、フランス絵画が描くシェークスピアというチョイスも面白かったです。シャセリオーはユゴーの詩を題材にしたという「とらわれの女」も良かった。西美の『シャセリオー展』に行けなかったのが悔やまれます。

エドゥアール・デュビュッフ 「ルイ・ポメリー夫人」
1875年 ランス美術館蔵

誰でも知ってる傑作が来てるという訳ではありませんし、一地方都市の美術館ということもあってか、どちらかというと地味といったら地味なんですが、あまり有名でない画家でも優品がいくつもあって、なかなか侮れないところがあります。名前を知らなかった画家で印象的だったのはエドゥアール・デュビュッフの「ルイ・ポメリー夫人」やフランソワ・ボンヴァンの「昼食、一杯のカフェ」。アンリ・ファンタン=ラトゥールはよく見る花の静物画ではなく人物画があって、こういう絵も描くんだというのが新しい発見でした。

アンリ・ジェルヴェックス 「期待外れ」
1890年以前 ランス美術館蔵

アンリ・ジェルヴェックスの「期待外れ」も面白かった。いかにも期待外れといった感じで、感情が顔に現れています。

レオナール・フジタ 「好色」
20世紀後半 ランス美術館蔵

後半は藤田嗣治の作品が結構充実しています。フジタは平和の聖母礼拝堂の素描が中心ですが、礼拝堂内のフレスコ画やステンドグラスの写真パネルもあって、素描と実際のフレスコ画を見比べられたりするので、なかなか良かったです。素描というと下描き的なイメージがありますが、油彩とはまた異なる筆触やデッサン力、何より素描の完成度の高さには見惚れます。

フジタの油彩画も多くあって、割と初期と思われる作品や1920年代のパリ時代の作品、日本に帰国前に立ち寄った中南米の影響を受けた作品、そして晩年の作品とこんなに来てるとは思いませんでした。本展のメインヴィジュアルはフジタですが、チラシを見る限り、そんなにフジタ推しもしてないし、もっとフジタを全面に出した方がお客さんも呼べたんじゃないでしょうか。

レオナール・フジタ 「授乳の聖母」
1964年 ランス美術館蔵

今、美術館は高層ビルの42階ですが、2019年にはビルの隣に新しい美術館ができるそうで、既に敷地がフェンスで囲まれてました。どんな美術館が立つか今から楽しみですね。


『フランス絵画の宝庫 ランス美術館展』
2017年6月25日(日)まで
東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて


藤田嗣治 本のしごと (集英社新書<ヴィジュアル版>)藤田嗣治 本のしごと (集英社新書<ヴィジュアル版>)

2017/06/04

大英自然史博物館展

国立科学博物館で開催中の『大英自然史博物館展』を観てまいりました。

イギリスの大英自然史博物館といえば、質・量ともに世界屈指の博物学標本を誇る博物館。本展はその厳選されたコレクションの世界巡回展で、日本が最初の巡回先なんだそうです。しかも、こんなもの何年も巡回してしまっていいの!?というような歴史に名を残す貴重な品々ばかり。さすが大英博物館、恐るべしという感じでした。

実は一度GWに行ったのですが、入場者の多さに整理券制になっていて、ちょっと時間の関係でパスしたものですから、再訪問してきました。

夜間開館は整理券もなくスムーズに入れましたが、会場内はそこそこの混み具合。国立科学博物館は親子連れも多いですが、さすがに夜は大人ばかり。自然史というと男性好みなのかなと思ってたのですが、半分以上は女性でした。標本とか化石とか隕石とか、子どもの頃に夢中になった展示品の数々にみなさん童心の返って覗き込んでいました。


展覧会の構成は以下の通りです:
序章 自然界の至宝~博物館への招待~
1章 大英自然史博物館の設立
2章 自然史博物館を貫く精神
3章 探検がもたらした至宝
4章 身の回りにも存在する至宝
5章 今日の社会のための博物館

「ブラシュカ(父子)によるガラス模型」

「古代エジプトの猫のミイラ」 2000年以上前

絶滅した動物の剥製とか化石とか、稀少な植物や貝の標本とか、隕石なら分かるんですが、生きた状態の色彩を再現したというマダコのガラス模型とか、集団交尾して窒息死した三葉虫とか、2000年前の猫のミイラとか、ダーウィンのペットのゾウガメとか、微化石のクリスマスカードとか、意表をつく展示品がいっぱいあって楽しすぎます。

「三葉虫」 カンブリア紀後期、約4億8700万年前

「『ダドリーイナゴ』と呼ばれたブローチ」 シルル紀後期、約4億3000万年前

たとえば通称“ダドリーイナゴ”と呼ばれる三葉虫のブローチなんて、ちょっと笑ってしまいそうでした。聞くところによると、19世紀中頃のイギリスでは三葉虫はコレクターの間で宝飾品として人気があったのだそうです。マニアっていつの時代も理解不能なことを考えますよね。

「呪われたアメジスト」

所有する人が次々に不幸に見舞われたという“いわくつき”の「呪われたアメジスト」。「デリーの紫サファイア」とも呼ばれ、19世紀にインドから持ち出されたものだといいます。この宝石の最後の所有者が運河に投げ捨てたにもかかわらず、何故か彼のもとに戻って来たのだとか。そんな逸話のある宝石をこうしてまじまじと眺められるのも展覧会だからこそ。

「ガラスケースのハチドリ」

「ガラスケースのハチドリ」は南米のハチドリの剥製が再現展示されたもので、大英自然史博物館の開館当時の目玉展示だったのだそうです。ガラスケースの中には7種35羽のハチドリがいて、今は色褪せた感じがしますが、当時は鮮やかだったんでしょうね。インターネットを検索すれば簡単に動画が見られたり、それこそ秘境にだって行けてしまう今と違って、遠い異国の美しい鳥は多くの人の興味を惹いたんだろうなと思います。

「クリフォードの植物標本集」

「モア全身骨格」 完新世、約500年前

もちろんただ標本や化石などを展示するのではなく、しっかりと自然史の歴史も追っていて、どういう経緯があってこれらの品々が収集されたのか背景もよく分かります。歴史的に貴重な展示品を直に見られるのですから、図鑑の中に入り込んだような気分になります。

「始祖鳥」 ジュラ紀後期、1億4700万年前
(写真左:裏、写真右:表)

そして、本展の目玉の「始祖鳥」。これまで10個ほどの骨格化石が発見されている始祖鳥の中でも、最も有名な「ロンドン標本」と呼ばれる貴重な標本で、海外で公開されるのは今回が初めてだといいます。こんなスゴイもの持ってきてしまっていいんだろうかと思ったら、案の定ロンドンでは反対の声も上がっていたようですね。

「ロンドン標本」は表側と反対側と2枚に分かれていて、2つが並んで展示されています。特に表側の標本は始祖鳥の特徴である鋭いカギ爪や尾の骨がはっきりと分かります。そばにパネルで始祖鳥の研究史が解説されていましたが、始祖鳥は果たして飛べたのか飛べなかったのか、鳥類か恐竜なのか、その答えはまだ出ていないとありました。

会場のところどころで流れている始祖鳥や絶滅した動物などの復元CG映像も見どころ。ナイトミュージアム風な演出についつい見入ってしまいます。

「ダーウィンのペットだった若いガラパゴスゾウガメ」

「微化石のクリスマス・カード」

“チャレンジャー号”による採集品の展示風景

『バンクス植物図譜』で知られるジョセフ・バンクスが世界各地から持ち帰ったコレクションや植物のスケッチや、チャレンジャー号による深海調査の採集品、南極で遭難したスコット隊が残した標本、ロスチャイルド卿の収集品など、こんなものまで展示されているのか!というぐらいのものが沢山あります。

「ニホンアシカ」

「輝安鉱」

日本に関するものもあって、日本では絶滅したとされる「ニホンアシカ」の剥製や貴重な「輝安鉱」なら分かるんですが、昭和天皇が採集した粘菌とか、日本に落ちた隕石とか、タカアシガニや松ぼっくりまで、なんでイギリスにあるの?というものもあったりします。

「ドードーの模型」

「オオナマケモノ」 更新世、約1万2000年前

「モア」や「ニホンアシカ」だけでなく、絶滅した動物の剥製や標本は多くて、「ドードー」の復元模型や、「バーバリーライオン」や「サーベルタイガー」の骨格標本なども展示されています。1万年以上前に絶滅した「オオナマケモノ」や「サーベルタイガー」はまだしも、ここ数百年の間に絶滅した「ドードー」や「バーバリーライオン」、「タスマニアンタイガー」などはほぼ100%人間が絶滅に追いやったわけで、当時は罪の意識がなかったかもしれませんが、わたしたち人類の過去の行為を標本とともに思い返すと複雑な気持ちにもなります。

「オオツノジカ頭骨」 更新世後期、約1万3000年前

会場の最後には、近代科学史上最大の捏造といわれる「ピルトダウン人」の頭骨が展示されています。類人猿と人類と繋ぐ貴重な化石とされるも、約40年後に偽造と発覚。実際はオラウータンの骨で、重クロム酸カリウムで古く見えるように着色していたのだとか。現代は科学分析も発達してるので、こうした捏造もすぐにバレるでしょうが。絶滅した動物やピルトダウン人の展示は未来への教訓として本展の締めくくりに相応しい展示だという気がしました。

「ピルトダウン人」の頭骨片と頭骨復元の展示

ずっと理系の授業を避けて生きてきたような文系人間のわたしにとっては、ちょっと難しいところがあるのかなと思ってたんですが、全然そんなことなくて、子どもの頃に夢中で読んだ図鑑や冒険譚、七不思議的な物語なんかを思い出させてくれるような、とても楽しい展覧会でした。


【大英自然史博物館展】
2017年6月11日(日)まで
国立科学博物館にて


大英自然史博物館の《至宝》250大英自然史博物館の《至宝》250

2017/06/03

ソール・ライター展

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『ソール・ライター展』を観てまいりました。

ソール・ライター(1923-2013)といっても、余程の写真ツウじゃないと知らないんじゃないかと思いますが、2006年に出版された写真集をきっかけに近年注目を集め、回顧展というかたちで日本で紹介されるのも今回が初めて。とはいえ、口コミもあって土日はかなりのお客さんで賑わっているようです。

わたし自身もソール・ライターのことを知ったのはつい最近。去年公開され、印象的なカメラワークと色彩感覚が話題になった映画『キャロル』で、監督のトッド・ヘインズがソール・ライターのカラー写真を参考にしたと語ったことから興味を持つようになりました。

ソール・ライターはもともとは画家になりたかった人で、食い扶持を稼ぐためにファッション写真の世界に足を踏み入れたようです。最初はいやいや的なところもあったのか、「ボナールの1枚のデッサンの方が、わたしにとってはより意味がある」と雑誌編集者に語ったともいわれています。しかし本人の思いとは裏腹に、画家としては目が出ず、ファッション写真家として成功を収めます。

展示されている写真は50年代のものが中心。ライターの特色が一番現れている50年代ということなのでしょう。写真に関心を持つようになったのは23歳頃からですが、ファッション写真家として注目を集めるのは30代半ばのことなので、遅咲きといっていいかもしれないですね。その後は『ハーパーズ・バザー』や『ヴォーグ』といった一流のファッション写真を手がけ、表紙を飾ったこともしばしばあったようです。


ライターの写真は被写体を正面から捉えるのでなく、ショーウィンドウや鏡に写り込んだ姿だったり、窓越しの表情だったりを撮影したものが多く、ずらした視点に物語を感じますし、そのどこか映像的な瞬間がいつまでも後を引きます。独特のアングル、構図の切り取り方が個人的にもとても好きです。

まるで映画のスチール写真のような雰囲気があって、なるほどトッド・ヘインズの好きなダグラス・サークや50年代の映画、あるいはドーネンの『無分別』やリトヴァクの『さよならをもう一度』のような大人の女性の恋愛映画のテイストがします。“カラー写真のパイオニア”という表現はちょっと言い過ぎという気もしなくありませんが、カラープリントやヌード写真はその親密な雰囲気や覗き見的な構図がまた独特で、ライターが影響を受けたというナビ派のボナールやヴュイヤールを思わせ面白い。ボナールやヴュイヤールの延長線上にある浮世絵などジャポニスムを彷彿とさせるものもあります。

ソール・ライター 「Taxi」 1957年

写真の上から絵具を塗り付けた作品がいくつかあり、写真と絵画の融合を狙ったのかなという印象を受けました。絵画作品は女性のヌードなどかなり私的な好みというか、ライターのファッション写真から少し距離を置いたところもあって、好き嫌いが分かれるかもしれません。光の具合やフレーミングが計算された彼の写真と違い、絵画は即興性を感じたりもします。時代的にか、ウィレム・デ・クーニングのような抽象表現主義の影響が見え隠れするものもあって興味深いです。


会場にライターの愛機ライカと一緒に未現像のフィルムが展示されていたのですが、まだまだ現像されていないフィルムがたくさんあるのだといいます。もしかすると展示されていたフィルムの中にも素晴らしい写真が眠っているかもしれませんし、そう思うと、これからどんな写真が発見されるのか楽しみですね。

図録もサイズ的(A5判)にも手頃で、オススメです。





【ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展】
2017年6月25日(日)まで
Bunkamura ザ・ミュージアムにて


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写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと [DVD]写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと [DVD]