2017/06/25

ジャコメッティ展

国立新美術館で開催中の『ジャコメッティ展』を観てまいりました。

ジャコメッティというと20世紀のモダニズム彫刻を代表する彫刻家。異常に細長く痩せこけた人間の彫刻で有名で、一度観たら忘れられない強烈な個性があります。最近では、2010年に「歩く人」が94億円、2015年には「指さす人」が彫刻作品としての史上最高額の、なんと170億円で落札され、話題になったりしました。

国内での回顧展は約10年ぶり。前回は神奈川県近代美術館・葉山館(DIC川村記念美術館にも巡回したらしい)だったので、遠くてあきらめたのを覚えてます。

今回は国立新美術館ということもあり、スペースも広く、国内では過去最大規模の展覧会。デッサンやリトグラフも多いので、彫刻はちょっと少ないようにも思えるのですが、彫刻作品だけで約50点も展示されてますし、マーケットでは1点何十億という金額で売り買いされていることを考えれば、もの凄いことだと思うんです。

アルベルト・ジャコメッティ 「女=スプーン」
1926/27年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

ジャコメッティが彫刻をはじめたのは13歳の頃だといいます。すごく早熟な気がするのですが、ジャコメッティの父は画家なので、環境的にも恵まれていたのかもしれませんね。ちなみに弟のディエゴも彫刻家で、白金の松岡美術館の玄関フロアーにある猫の彫刻が有名です。

初期の作品はシュルレアリスムの影響を受けたものが多く、板に凹みがあるだけの「見つめる頭部」やスプーン型の「女=スプーン」といった造形的にも抽象的な、ときにアフリカやオセアニアの原始彫刻を思わせるものがあったりします。その名も「コンポジション」という作品やキューブ型の立体的な彫刻があって、時代的にもカンディンスキーやモンドリアン、またキュビズムなどと被る部分も感じます。

アルベルト・ジャコメッティ 「3人の男のグループⅠ(3人の歩く男たちⅠ)」
1948/49年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

シュルレアリスムと決別した後、ジャコメッティは具象彫刻を目指します。しかし、長い暗中模索が続き、見たものを記憶によって造ろうとすると彫刻は小さくなり、モデルに似せようとするとどんどん細長くなったといいます。僅か数センチの針のような小像が、今度は極端に引きのばされた人体像になっていく様は、追い詰められた彫刻家のある種の強迫観念を見ているようでした。わたし自身は、ジャコメッティの細長い彫刻は人間の抽象だとずっと思ってたのですが、実は身体の本質を突き詰めたらボリュームを削ぎ落としたスタイルになったということも初めて知りました。その過程は作家の葛藤と重なり感動的ですらあります。

デッサンもいろいろ展示されていますが、意外なことに造形前のデッサンでは全然痩せ型ではなく、いたってフツー。 ジャコメッティはスイス系イタリア人だからということもあるのか、割と女性好きだったようで、なんと理想の女性の体型はマリリン・モンローなんだとか。人間の身体を突き詰めて突き詰めて突き詰めたら、肉を削ぎ落とされた骨と皮だけの枯れ木のような姿になるんだから面白い。

アルベルト・ジャコメッティ 「犬」
1951年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

まるで地面を嗅ぎまわるような、ひょろひょろと痩せ細った犬。身のない魚の骨のような猫。一見写実には見えないんだけれども、しかし犬や猫の動きやニュアンスがとても実感のあるものとして伝わってきます。

ジャコメッティのリトグラフはリトグラフといわれないと、ただの殴り書きか下絵のようにしか見えないのですが、数点だけ展示されていた油彩画はいいなと思いました。「マルグリット・マーグの肖像」の独特の色彩や筆致も好きだし、セザンヌ風の「林檎のある静物」も良かったです。

アルベルト・ジャコメッティ 「大きな女性立像Ⅱ」
1960年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

アルベルト・ジャコメッティ 「歩く男Ⅰ」
1960年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

ヴェネツィア・ビエンナーレのために制作された「ヴェネツィアの女」9点がボーリングのピンのように展示されていて、これがなかなか良かった。モデルは妻アネットで、9点それぞれに少しずつアレンジされてて、ほかのジャコメッティ作品に比べても、女性性が一番強いように感じました。

最後の広いスペースは<チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト>の3体の彫刻が展示されています(ここだけ写真撮影可)。針金の骨組みに直に石膏をつけて削ぎ落とすという方法で制作されたものの、満足のいく作品ができず中断。結局このプロジェクトは実現せず、ジャコメッティの死後、石膏像をもとにブロンズで鋳造されたのだそうです。ジャコメッティというとイメージするのがこのコーナーの彫刻なのですが、みんなが写真を撮るので、静かにじっくり作品と対峙できるかというと、ちょっとそれができないのが残念(そんな自分も写真を撮ってたわけですが)。ただ、最後の最後まで人間の身体表現の追求に挑み続けたジャコメッティの強いこだわりは体感できます。

[写真右] アルベルト・ジャコメッティ 「大きな頭部」
1960年 マルグリット&エメ・マーグ財団美術館

今回、滅多に借りない音声ガイドを借りたんですが、速水もこみちのガイドがなかなか良かったと思います。最初、MOCO'Sキッチンみたいなノリだったらどうしようとちょっと心配だったんですが、落ち着いた声で聞きやすかったです。山田五郎のスペシャル解説もあって、テレビのあの感じでこちらも聴き物。ちょっと話が長いのが難ですが。会期末はまた混雑するでしょうから、ゆっくり観るなら、まだ人も少ない夏休み前がオススメです。


【国立新美術館開館10周年 ジャコメッティ展】
2017年9月4日(月)まで
国立新美術館にて


ジャコメッティジャコメッティ

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