2017/11/27

岡本神草の時代展

京都国立近代美術館で開催中の『岡本神草の時代展』を観てまいりました。

岡本神草というと、妖艶で奇妙で美人画、いわゆるデロリの画家として有名。デロリの作品は近代日本画の展覧会でもときどき見かけますが、どちらかというと、異端というか、色眼鏡的というか、そういう変な絵を描く人たちがいたね、という感じで正当な評価は得られていなかったように思います。

本展は、岡本神草を中心に同時代のデロリ系の画家の作品を集めた待望の展覧会。デロリとは何だったのか、 あの異様な盛り上がりは何だったのかを探ります。


まだ10代の頃の作品がいくつかあって、ちゃんとしたというか、確かなデッサン力と精緻な表現が見て取れます。変わってくるのは大正3年あたりの作品から。竹久夢二やゴーギャンの模写があったり、それに影響されたような作品がいくつか並びます。

実際の作品が残ってないのか、作品が完成しなかったのか、草稿や未完の作品が多かったのがちょっと残念なのですが、草稿や習作を見ていると神草が構図に苦心していたことがよく分かります。いくつも線を引き、別の紙を重ね、いろいろに試行錯誤している跡が見えます。

元禄あたりの風俗画のような「盆踊(草稿)」 も構図や動きに神草らしさが現れていて、実際にどんな作品に仕上がったのだろう、と興味を引くものがありました。未完に終わった「花見小路の春宵」も舞妓たちが楽しそうで良いのにどうして途中でやめちゃったんだろう、と思うものがあります。

岡本神草 「口紅」
大正7年(1918) 京都市立芸術大学芸術史料館蔵

数少ない完成形の一つで、神草が注目されるきっかけになったのが「口紅」。独特の妖しげな顔に目が行きがちですが、絵具で凹凸を付けた着物の絞りの文様の精緻な描写といい、金銀を配した華麗な色合いといい、とても素晴らしい。写真では分かりませんが、蝋燭の焔も金粉で表現しています。

岡本神草 「拳を打てる三人の舞妓(未成)」
大正8年(1919) 京都国立近代美術館蔵

岡本神草 「拳を打てる三人の舞妓の習作」
大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵

会場の一角に、神草の代表作「拳を打てる三人の舞妓」の断片を含む草稿6点、未完の作品1点、そして一部切り取られた跡のある習作1点が並びます。「拳を打てる三人の舞妓の習作」は展覧会に出品するために制作していたものの間に合わず、舞妓の顔の部分だけを切り取って出品したという作品。分断されていた作品が数年前に接合され、現在は本来の姿を取り戻しています。

「拳を打てる三人の舞妓」は構図的にもまとまっているし、表現性も優れているし、完成しなかったのは惜しいものがあります。仏像の三尊形式をイメージしているのではという指摘があったり、舞妓の顔が仏像の眼差しを想起させたり、これがちゃんと完成されていればと思うばかり。「拳を打てる三人の舞妓(未成)」もこれはこれでいいんじゃないのと思うのですが、本人は納得しなかったのでしょう。一方、「拳を打てる三人の舞妓の習作」は構図は同じですが、色味や着物の表現に違いがあり、確かにより練られている感じがします。ただ、結局煮詰まって一部を切り抜いてしまうとか、神草の性格的なところもあるんでしょうね。

甲斐庄楠音 「横櫛」
大正5年(1916)頃 京都国立近代美術館蔵

会場の要所々々に同時代の画家の作品があって、甲斐庄楠音や稲垣仲静、福田平八郎といった大正時代の名の知れた画家もいれば、木村斯光とか板倉星光とか梶原緋佐子とか初めて聞くような画家もいます。岡本神草と他の画家の作品が2対1ぐらいの割合でしょうか。こうして観て行くと、大正浪漫や大正デカダンスの盛り上がりの中で、京都画壇の一部で流行していたことも伝わってきます。

稲垣仲静 「太夫」
大正8年(1919)頃 京都国立近代美術館蔵

神草はそれほど酷くは感じないのですが、甲斐庄楠音や稲垣仲静になってくると、ちょっとデフォルメしすぎというか、変に強調しすぎという作品もあったりします。高橋由一の「花魁」でモデルになった花魁が完成した絵を見て機嫌を悪くしたなんて話がありますが、デロリのモデルになった舞妓や花魁はどんな風に思ったのでしょうか。とにかく美醜のきわどさの面白さ、官能と不気味のビミョーなバランスが魅力的ではありますが。

菊池契月 「少女」
大正9年(1920) 京都国立近代美術館蔵

デロリとか妖しいといった言葉で簡単に括られがちですが、神草の初期の作品から観ていくと、デロリが写実の追求の中で発展したものであることも分かります。後年、神草は菊池契月に師事し、真っ当な?美人画を描いていて、このまま展開すれば、美人画の名手として名を馳せただろうなと思わせるのですが、38歳という若さで急逝してしまいます。

甲斐庄楠音 「春宵(花びら)」
大正10年(1921)頃 京都国立近代美術館蔵

ちなみに京近美の常設展にも関連コーナーがあって、甲斐庄楠音や菊池契月、梶原緋佐子などの作品が展示されています。こちらは一部作品を除き写真撮影可。


【岡本神草の時代】
2017年12月10日(日)まで
京都国立近代美術館にて


あやしい美人画 (Ayasii)あやしい美人画 (Ayasii)

2017/11/24

国宝展

京都国立博物館で開催中の『国宝展』を観てまいりました。

京博開館120周年&国宝制定120周年、しかも京都では41年ぶりの国宝展。3年前にトーハクで開催された『日本国宝展』は国宝の7分の1が集結ということで話題になりましたが、なななんと今回の『国宝展』はさらに上をゆく4分の1が京都に集まるという空前絶後の展覧会。開催に合わせて『週刊ニッポンの国宝100』なる分冊百科雑誌が創刊されるとか煽るわ煽るわ。これは観に行かないとマズいんじゃないのという空気が美術ファン界隈に充満していました。

行ったのは平日の夕方だったので、並ばずに入れましたが、中は結構な混雑。前の予定が押して、結局1時間半ぐらいしかいられなかったのですが、出品作のボリューム(点数というより内容)と会場の混雑(平日閉館前でも人が減らない)もあって全然時間が足りませんでした。

さて、展覧会は4期に分かれていて、わたしが行ったのは第3期。第3期は過去に拝見している国宝が比較的多かったので、本当は第1期か第2期に行きたかったのですが、そう思うように都合を付けられないのが悲しいところ。とはいえ、されど国宝。これだけの国宝が並ぶ様はさすが壮観で、圧倒されてしまいます。

会場は、順当に回ると3階から順に観て行くかたちになっていて、3階に書跡と考古、2階に仏画や中世・近世絵画、中国絵画、1階に絵巻物や染織、金工・漆工、仏像などが並びます。

(以下、3期について書いてますが、3期は既に終了してます。)

「両界曼荼羅図(伝真言院曼荼羅)」(国宝)
奈良時代・8世紀 教王護国寺(東寺)蔵

まずは3階。最初のコーナーとあって、ここはかなりの混雑。目玉の土偶も「漢委奴国王 金印」も最前列で観るには列に並ばなくてはならなくて、いずれも以前観てるし、「金印」はつい先日トーハクで模造を観たばかりなので、ほとんど素通り。

2階も混んでるとはいえ、3階よりまだマシだったのが救い。
《仏画》ではまず現存最古の彩色曼荼羅という東寺の「両界曼荼羅図」。2009年にトーハクで開催された『空海と密教美術展』のときは胎蔵界と金剛界を日にちを替えて展示してたので一緒に観るのは初めて。1000年以上前の曼荼羅図とはいえ、保存状態の良さ、鮮明な色彩に驚きます。

奈良博所蔵の「十一面観音像」も印象的。顔にピンク色の隈取りがされていて、まるで京劇のよう。奈良時代の図像が源流にあるそうですが、こういう観音像は初めて観たように思います。単眼鏡で覗くと、截金の文様もかなり精緻で見事。《仏画》ではほかに西大寺の「十二天像」と東寺伝来の「十二天像」、曼殊院の「不動明王像(黄不動)」 。さすがに三井寺の黄不動は出てこない。

「伝源頼朝像・伝平重盛像・伝藤原光能像」(国宝)
鎌倉時代・13世紀 神護寺蔵

《肖像画》の目玉は「伝源頼朝像・伝平重盛像・伝藤原光能像」のいわゆる神護寺三像。平成知新館のオープン記念展『京へのいざない』でも3幅揃って展示されて話題になったのが記憶に新しいところ。しばらく前からそれぞれ「足利直義像・足利尊氏像・足利義詮像」という説が有力ですが、本展では従来の作品名を使ってました。一度国宝になってしまうと、作品名を変えるのはなかなか難しいのでしょうか。

[写真左から] 伝・周文 「水色巒光図」(国宝)
室町時代 文安2年(1445) 奈良国立博物館蔵
伝・周文 「竹斎読書図」(国宝)
室町時代 文安4年(1447) 東京国立博物館蔵

《中世絵画》では、周文の真筆の可能性が高いとされる「水色巒光図」と「竹斎読書図」が観られたのが嬉しいところ。「竹斎読書図」はトーハクで観てるけど、「水色巒光図」はたぶん初めてじゃないかと思います。詩画軸の最古例の一つという「渓陰小築図」も重厚な感じがあってなかなか。室町水墨画では個人的に大好きな如拙の「瓢鮎図」にも三たび再会。詩画軸が室町時代初頭の漢文学ブームが背景にあるという話は興味深かったです。

狩野派では正信の「周茂叔愛蓮図」と永徳の大徳寺・聚光院障壁画の内「花鳥図襖」。正信の「周茂叔愛蓮図」が『狩野元信展』に出品されなかったのは、こちらに出るからだったんですね。 永徳の「花鳥図襖」は昨年、大徳寺・聚光院での公開時に拝見しましたが、今回は近くで観られたのであらためてまじまじと観てきました。

長谷川等伯 「松林図屏風」(国宝)
桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵

円山応挙 「雪松図屏風」(国宝)
江戸時代・18世紀 三井記念美術館蔵

《近世絵画》は、等伯の「松林図屏風」、等伯の息子・長谷川久蔵の「桜図壁貼付」、応挙の「雪松図屏風」という贅沢に3つの屏風のみ。「松林図屏風」と「雪松図屏風」は東京では毎年のように観る機会がありますが、関西ではこういう機会でもないと観られないでしょうし、人も集まるわけです。部屋の中央には『茶の湯展』でも拝見した「志野茶碗 銘 卯花墻」が置いてあり、「卯花墻」越しに霧に霞んだ松と雪化粧した松を観るというのもなかなかできない体験。

伝・徽宗 「秋景・冬景山水図」(国宝)
中国・南宋時代・13世紀 金地院蔵

これも『京へのいざない』で観てますが、徽宗の「秋景・冬景山水図」がいいですね。枯木の上の2匹の猿と空を舞う2羽の鶴を見つめる高士たち。とりわけ、左幅の高士の後ろ姿のカッコよさに惚れました。

牧谿 「観音猿鶴図」(国宝)
中国・南宋時代・13世紀 大徳寺蔵

《中国絵画》も唸ってしまうような充実ぶり。今年トーハクの『茶の湯展』で念願叶って初めて観ることができた牧谿の「観音猿鶴図」にも再会。今まで長年観ることができなかったのに、まさか1年の間に二度も観ることができるとは。

部屋の中央には「油滴天目」。これも『茶の湯展』につづき1年の間に二度観られるとは。2期に出品されていた大徳寺龍光院の「曜変天目茶碗」と間違えてご覧になってるお年寄りがいましたが…。そういえば、「雪舟はどこにあるんですか?」と係員に聞いているご婦人もいました。。。

「油滴天目」(国宝)
中国・南宋時代・12~13世紀 大阪市立東洋陶磁美術館蔵

さて1階。中央には今年国宝に指定された大阪・金剛寺の「大日如来坐像」と「不動明王坐像」。平成知新館オープン以来ずっと展示されたままでしたが、本展を終えると金剛寺に戻るのだそうです。国宝にならなかったら、どうするつもりだったんだろうと思うのですが、国宝になることを見越していたのか? ちなみにもう一体の脇侍の「降三世明王坐像」は奈良国立博物館のなら仏像館に展示されています。

《絵巻物と装飾経》には四大絵巻の内、徳川美術館所蔵の「源氏物語絵巻(柏木・竹河)」や「信貴山縁起絵巻(延喜加持巻)」が展示されてます。どちらもそれぞれ単独で公開しても行列ができる超有名な絵巻ですが、それが一緒に観られるのですから、国宝展恐るべしです。

去年の奈良博の『国宝 信貴山縁起絵巻展』で「信貴山縁起絵巻」と一緒に展示されていた「粉河寺縁起絵巻」も再見。上下に焼けた跡が残っていますが、絵が描かれている部分は比較的問題ないのが不幸中の幸い。人物のひょうきんというか稚拙な表現に味わいがあっていいですね。「寝覚物語絵巻」の平安王朝を舞台にした雅さと華やかな料紙の美しさにもうっとり。

料紙の美しさといえば、四天王寺の「扇面法華経」も豪華。金銀の切箔野毛砂子、あと墨流しでしょうか?料紙の美しさに目を奪われます。
…などと挙げだしたらキリがありませんね。ほんと凄い内容でした。

「粉河寺縁起絵巻」(国宝)
平安時代・12〜13世紀 粉河寺蔵

国宝885件の美術工芸品の内、彫刻は134件。彫刻の場合、関西以外にあるものはわずか8件といいます。今回の出品作で、とりわけ絵画の多くは元を辿れば京都から流出したものでしょうから、京都の人にしてみれば、ある意味凱旋展なのかもしれないですね。


【開館120周年記念 特別展覧会 国宝】
2017年11月26日まで
京都国立博物館にて


日本の宝 (ベスト新書)日本の宝 (ベスト新書)

2017/11/18

木島櫻谷 近代動物画の冒険 / 木島櫻谷の世界

木島櫻谷の生誕140年を記念して、京都の泉屋博古館、京都文化博物館、そして櫻谷文庫で開催されている3館連携企画の展覧会に行ってまいりました。

今回京都に行った一番の目的は木島櫻谷の展覧会を観に行くこと。かれこれ4年前になりますが、東京の泉屋博古館分館で観た『木島櫻谷展』に深く感動し、この秋、京都で櫻谷祭り(笑)があるというのですかさず飛んできました。だって、櫻谷クラス(失礼!)のマイナーな画家でこんなに一度にたくさんの作品が観られる機会なんてありませんから。

新幹線もホテルも押さえたあとに展覧会が東京にも巡回することを知ったのですが、結局京都で観た作品の一部しか東京に来ないことが分かって、わざわざ京都まで足を運んで正解だったと思います。

いつ行っても混んでいる京都ですが、今回は時間に余裕をもってスケジュールを立てたのと(いつもここぞとばかり予定を詰め込んでしまうのですが…)、紅葉シーズン前の比較的落ち着いた季節で、しかもお天気にも恵まれ(11月にしてはちょっと暑いぐらいでしたが)、ゆっくりと京都と櫻谷の世界を楽しんできました。



まずは、泉屋博古館の『木島櫻谷近代動物画の冒険』から。
京都東山の麓、鹿ヶ谷にある泉屋博古館。南禅寺や永観堂、哲学の道なんかも近い閑静な住宅街にあります。この日は早めにホテルを出て、ちょうど特別公開をしていた法然院で狩野孝信の障壁画と光信の屏風を観てきました(※特別公開は終了しています)。泉屋博古館は法然院から歩いて15分ぐらい。

法然院は紅葉にはまだ早かったですが、静かでいいところでした。

泉屋博古館は櫻谷の動物画にスポットを当てた展覧会。屏風から掛軸、色紙、写生に至るまで30数点の作品が並んでいました(3期に分かれ、出品作は合計50点)。どれも円山四条派の写生と西洋の写実表現を融合させた近代日本画に相応しい動物画を完成させ素晴らしい。京都画壇といえば、竹内栖鳳も動物画では高い評価を得た人ですが、櫻谷はその動物画をさらに極めた感があります。

木島櫻谷 「熊鷹図屏風」(右隻)
明治37年(1904)

「獅子虎図屏風」や「熊鷲図屏風」なんて近代日本画ならではの傑作ではないでしょうか。獅子も虎も日本画では定番ですが、画家がその目で見て描いたリアルなライオンと(猫っぽくない)ちゃんとしたトラが向かい合う屏風というのが新しいというか素晴らしいというか。熊と鷲の組み合わせというのも初めて観ました。こうしたリアルな写実を水墨で描くのですから唸ってしまいます。鹿にしても馬にしても牛にしても猪にしても狸にしても何を描かせても巧い。そして表情がまたいい。

木島櫻谷 「かりくら」
明治43年(1910) 櫻谷文庫蔵

近年、櫻谷文庫から表装もないマクリの状態で発見され、今年修復を終えたばかりという「かりくら」がまた傑作。明治44年にローマ万国美術博覧会に出品された後、長い間行方不明だった幻の作品で、発見された当時の写真が並んでありましたが、よくこんな酷い状態からここまで修復されたなと驚くぐらいボロボロ。かなり大きな対幅の大作で、臨場感溢れるダイナミックな構図と、疾走する馬の迫力ある描写がまた凄い。比較的明るい色を使った豊かな色彩、ススキやその間に花を咲かせる秋草の描写も実にいい。

木島桜谷 「寒月」
大正元年(1912) 京都市美術館蔵

2014年の『木島櫻谷展』で感銘を受けた作品の一つ「寒月」も出品されていました。月に照らされた雪の上を歩く一匹の狐。遠目に見ると、なんとなく動物の愛らしさを感じるのですが、近くで見ると、野性の動物本来の鋭い目つきと周囲を警戒する緊張した表情にハッとします。雪はただ白いだけでなく、粗い岩絵具を使うことで、雪が反射するようなキラキラしたマチエールを再現。狐の茶の毛にちょんちょんと白い冬毛を描き入れ、スーッと直線に描いた竹も墨の濃淡で微かな陰影や節を丁寧に描き込んでいます。夏目漱石が酷評したことでも有名ですが、ただの写実にとどまらない白と黒の繊細な表現性、奥行き感のある構図、とても素晴らしいと思います。

「葡萄栗鼠」も前回観て一目惚れした作品。葡萄を食べた後?の手を舐めてる栗鼠がかわいいんだけど、生い茂る葡萄の葉やたわわに実る葡萄、力強く伸びる幹やしなやかな蔓のそれぞれの筆致や色合いが巧みで、今回あらためて観て、櫻谷やっぱりいいわと実感するのでした。

木島櫻谷 「葡萄栗鼠」
大正時代

2014年の櫻谷展で観た作品も複数ありましたが、今回初めて観る作品も多くあって、中でも前回展示替えの関係で観られなかった最晩年の作「角とぐ鹿」が特に目を惹きました。鹿の首の曲げた向きといい、毛の質感といい、樹木の立体表現といい、奥行きを感じさせる構図といい、素晴らしいの一言です。

木島櫻谷 「角とぐ鹿」
昭和7年(1932) 京都市美術館蔵

スケッチ帳や動物の写真のスクラップ帳などもあり櫻谷が動物研究に熱心だったこともよく分かります。芦雪の作品の模写もありました。展示室の外には櫻谷の絵具の入ったトランクが展示されています。こちらだけ写真撮影可。

なお、こちらの『木島櫻谷 近代動物画の冒険 』は東京の泉屋博古館分館にも巡回します(詳細はページ下を参照)。



つづいて京都文化博物館で『木島櫻谷の世界』。
こちらは櫻谷と交流のあった大橋家から京都府に寄贈された作品を中心に構成された展覧会。動物画に限らず、人物画や風景画、花卉画、水墨画、さらには絵葉書帖や扇絵などもあり、幅広く櫻谷の画業を観ることができます。文博の特別展ではなく、常設展コーナーの奥の特集展示という扱いですが、50点近くと出品作も多く(師の今尾景年らの作品も数点あり)、泉屋博古館の展示に勝るとも劣らない充実ぶりでした。

木島桜谷 「初夏・晩秋」
明治36年(1903) 京都府(京都文化博物館管理)蔵 (展示は12/10まで)

木島桜谷 「しぐれ」
明治40年(1907) 東京国立近代美術館蔵
(※泉屋博古館で11/8まで展示)

中でも今回初公開という「初夏・晩秋」が傑作。右隻が初夏、左隻が晩秋で、鹿の角で季節が分かるのも面白い。櫻谷といえば鹿というぐらい、鹿を描いた作品がたくさんあって、第一回文展で日本画最上位を受賞した「しぐれ」は櫻谷を代表する傑作ですが、鹿の親子、季節の風情など共通するものがあり、「初夏・晩秋」があって「しぐれ」に繋がったことがよく分かります。しかもこれ、20代の作品ですからね。凄い。

櫻谷は狸を描いた作品も多い。竹藪から狸がひょっこり出てきたという感じの「月下遊狸」も憎めない顔で愛嬌があるのですが、靄で霞んだ山桜や竹の表現がまた秀逸。仔犬を描いた「狗児」は可愛すぎ。芦雪も顔負けです。

木島櫻谷 「群禽」
大正時代 京都府(京都文化博物館管理)蔵

カワセミやメジロ、インコなどさまざまな種類の小鳥が群れ飛ぶ「群禽」も見事。自然ではありえない光景ですが、鳥の飛ぶ姿も千差万別、描写も的確で、それぞれの形や色彩に変化があってとても面白いと感じました。

風景では「飛瀑」が印象的。滝がハイキー気味に白く、まわりの岩肌や木々とのコントラストが素晴らしい。人物では「僊客採芝図」がいいですね。どことなく大観や観山あたりの影響を感じるところもあります。

木島櫻谷 「僊客採芝図」
大正15年(1926) 京都府(京都文化博物館管理)蔵

文博の方は図録はありませんが、8ページもののカタログを無料でいただけます。ちなみに、来年東京の泉屋博古館分館で開催される木島櫻谷展には文博から2点のみ出品されるとのこと。泉屋博古館の展覧会の図録に「初夏・晩秋」と円山四条派風の「孔雀図」が載ってましたので、恐らくこれが行くのだと思います。



そして最後に、櫻谷文庫に訪問。
櫻谷の旧邸内に櫻谷の作品や草稿、愛用の品々、孫のために作った打掛などが展示されています。説明してくれる方がいてさまざまな話を聞けますし、いろいろ質問にも答えていただけるのが嬉しいですね。櫻谷は下戸だったそうで、虎屋の羊羹が好物で、エジプト煙草を愛飲していたという話も教えていただきました。

木島桜谷 「画三昧」
昭和6年(1931年) 櫻谷文庫蔵

櫻谷の作品も写生中心ですが展示されていて、前回の『木島櫻谷展』で強く印象に残った「画三昧」も展示されていました。フツーに室内に、ケースに入るわけでもなく、そのまま掛けられていてビックリ。絵を描く櫻谷の姿を思わせ、とてもいいですね。ほかにも部屋の装飾や茶碗などに描かれた絵も櫻谷だったりして、これも櫻谷ですか?これも?と尋ねながら観て歩いてました。ここだけ洛西なのでちょっと離れてますが、時間があれば是非。



帰りに、櫻谷文庫から歩いて10分ぐらいの北野天満宮にお詣り。宝物館では国宝「北野天神縁起絵巻 承久本」が特別公開されています(※公開は12/3まで)。

展示は「清涼殿霹靂の段」と「海路西下の段」のみですが、「承久本」の公開はなんと15年ぶりとか。ほかにも長谷川等伯の「昌俊弁慶相騎図絵馬」(重要文化財)も展示されています。巨大な絵馬でビックリするし、絵もこれが等伯かというインパクト。

門前のあわ餅澤屋さんの粟餅も美味しかったですよ。京都では美味しいものもたくさん食べてきました♪



【木島櫻谷 近代動物画の冒険 】
2017年12月3日まで
泉屋博古館にて

【木島櫻谷の世界】
2017年12月24日まで
京都文化博物館にて

【木島櫻谷旧邸 特別公開】
2017年12月3日まで(金土日祝のみ)
櫻谷文庫にて


※巡回情報:
【木島櫻谷- PartⅠ 近代動物画の冒険】
東京・泉屋博古館分館にて 2018年2月24日~4月8日
【木島櫻谷- PartⅡ 木島櫻谷の「四季連作屏風」+近代花鳥図屏風尽し】
東京・泉屋博古館分館にて 4月14日~5月6日

2017/11/17

長沢芦雪展

愛知県美術館で開催中の『長沢芦雪展』を観てまいりました。

円山応挙の弟子にして応挙の端正な作風とは対照的な奔放さが魅力の長沢芦雪。数年前に滋賀のMIHO MUSEUMで展覧会があり、そして今回名古屋で展覧会があり、なかなか東京でやってくれないものですから(本展は巡回はありません)、ここはこちらから行くしかあるまいと、奈良・京都を回った帰りに名古屋に立ち寄ってきました。

会期も長いと作品によっては展示替えで観られないものもありますが、10/24~11/5の2週間だけ、全作品(84点)が公開されているというので、遠征組としてはこのチャンスを逃す手はありません。

土曜日の朝一だったので、そこそこ人は入ってましたが、会場のスペースが広いのと、作品も比較的余裕をもって展示されているので観るのに困るようなことはなく、2時間半たっぷり堪能することができました。東京ではこうはいかないかもしれませんね。


第1章 氷中の魚:応挙門下に龍の片鱗を現す

芦雪は武家出身とされますが、その出自は不明なところもあり、どのような経緯で画工の道に進んだのか、いつ応挙の門を叩いたのかも分からないまま。そんな芦雪の、応挙に弟子入りする前とされる貴重な作品が展示されていました。「蛇図」は松に這う蛇を描いた作品で、松の質感や蛇の立体感に拙さが残りますが、蛇の不気味な動き、何より松に這う蛇を題材にするという奇矯さに芦雪らしさが早くも現れている気がします。

同じ初期作品の「関羽図」は『柳沢淇園展』で観た「関羽図」と構図や衣文線は異なるとはいえ、関羽の顔形や頭巾がそっくり。「群鶴図」は鶴澤派の鶴の造形に類似していることが指摘されていて、応挙入門前の芦雪がさまざまな画風を吸収し学んでいたことが窺えます。図録の解説では、芦雪が鶴澤派から同じ鶴澤派の石田幽汀の弟子である応挙に師を変えたとする説を紹介していました。なるほどさもありなん。

長沢芦雪 「牡丹孔雀図」
天明前期(1781-85)頃 下御霊神社蔵

長沢芦雪 「楚蓮香図」
天明6年(1786)以前 個人蔵

応挙の作品と芦雪の作品が並べて展示されている一角があり、2人の作品を見比べると、芦雪が忠実に応挙の線や形態をものにしていることが分かります。毛の一本一本丁寧に描きこんだ精悍な「虎図」の迫力、「七福神図」や「岩上猿・唐子遊図屏風」の人物表現の巧みさ。芦雪にしては珍しい風俗絵「東山名所図屏風」の人物も細かによく描けてます。もともと実力はあったのでしょうが、応挙からみっちりイロハを叩きこまれることで、さらに技術が飛躍的に伸びたのでしょう。


第2章 大海を得た魚:南紀で舟を揮う

芦雪の代表作といえば、南紀・無量寺の襖絵。もともとは応挙に依頼された仕事だったわけですが、鬼の居ぬ間ではないでしょうが、まるで縛りから解き放たれたように芦雪の自由奔放な画風が一気に開花します。

本展の一番の見ものは何といってもその無量寺の障壁画の再現展示で、方丈を模した空間に虎と龍が向かい合う姿は壮観です。やはり本来の位置・空間で観て感じられる意味は大きいし、ガラス越しでないのも嬉しいところ。芦雪のダイナミックで自在な墨戯に惚れ惚れします。それぞれ裏に描かれた「薔薇に鶏・猫図襖」も「唐子遊図襖」も実際に表・裏として観ることができて、虎の裏に描かれた猫もたまりませんが、龍の裏に描かれた唐子の遊ぶ姿がまた楽しげで素晴らしい。


長沢芦雪 「虎図襖」「龍図襖」(重要文化財)
天明6年(1786) 無量寺・串本応挙芦雪館蔵

南紀の高山寺に描き残した「朝顔に蛙図襖」は朝顔のありえないような蔓の伸び方に驚くも、どこか応挙の「藤花図屏風」の空間構成を思わせるところがあります。蔓も付立筆でしょうか。墨の滲みで巧みに表現した蛙も抜群です。同じ高山寺の「寒山拾得図」はその大雑把な風貌と荒々しい筆勢に最早応挙に怒られはしないだろうかと観てるこっちがヒヤヒヤしてくるほど。草堂寺の「群猿図屏風」は芦雪が草堂寺を去る日の朝に30分程で描き上げたと伝わる作品。特に右隻の前衛的な岩山の描写に芦雪の溜まりに溜まっていたものが爆発したような感覚さえ覚えました。

長沢芦雪 「群猿図屏風」(重要文化財)
天明7年(1787) 草堂寺蔵


第3章 芦雪の気質と奇質

辻惟雄氏の『奇想の系譜』でも取り上げられているように、芦雪は奇想派の一人として注目を集めていますが、若冲や蕭白の奇想とはまた少し違うというか、芦雪はどこか“演出”的なところがあるように思います。確かに着眼点のユニークさにはいつも感心するのですが、今回の展覧会を観ていると、奇抜な着想も大胆な構図も応挙に叩き込まれた基礎(とそこからの反動)の上に成り立っているということを強く感じます。円山派は多くの優れた絵師を輩出しましたが、応挙を超えるような人はなく、所詮完璧な応挙には勝てないので、芦雪はそこを個性で乗り越えていったのでしょう。

長沢芦雪 「降雪狗児図」
天明年間(1781-89) 逸翁美術館蔵

「降雪狗児図」は黒っぽく染めた紙に油絵風にべったりと描いた作品。芦雪は一時期こうした作品を描いていたそうで、司馬江漢の影響も指摘されていますが(図録では否定されている)、長崎派や洋風画の作品をどこかで観ていたかもしれませんし、応挙も得意とした泥絵に発想の源があるような気もします。いずれにしろ興味深いものがあります。

長沢芦雪 「薔薇蝶狗子図」
寛政後期(1794-99) 愛知県美術館(木村定三コレクション)蔵

かわいい犬の絵も芦雪人気を高めている一つのポイント。犬の絵自体は応挙からの受け売りで、芦雪の新奇さを物語るものではありませんが、なぜ芦雪の犬がかわいいのか、そこはやはり芦雪の演出性、アレンジ力なのかもしれません。それにしても、応挙の幽霊を模した作品も展示されていましたが、仔犬にしても幽霊にしても、よほど応挙の方が斬新だったのではないかと思うこともあります。新しい技法もいろいろ開発したりしましたし。

長沢芦雪 「なめくじ図」
寛政後期(1794-99) 個人蔵

なめくじの通った跡を一筆書きで描いたユニークな「なめくじ図」。こういう観る人を愉しませるユーモア精神は芦雪本来の性分という感じがします。「牧童吹笛図」は指に墨を付けて描いた指頭画。円山派に指頭画を描いた人はいないといいますが、柳沢淇園や池大雅など文人画を観て、自分でもやってみたいと思ったのかもしれません。“円山派とはこういうものだ”ということに囚われないのも蘆雪らしい。

長沢芦雪 「牧童吹笛図」
寛政前〜中期 久昌院蔵


第4章 充実と円熟:寛政前・中期

琳派のたらし込みも取り入れた「松竹梅図」、よーく見ると象の背中に人がたくさん乗っているというユニークな「象背中戯童図」、即興的な味わいが面白い「蹲る虎図」、一列に群れ飛ぶ鶴、一列に歩む亀、一列に並ぶ松並木が印象的な「蓬萊山図」など、印象に残った作品を挙げるとキリがありません。

長沢芦雪 「蓬莱山図」(重要美術品)
寛政6年(1794) 個人蔵

応挙が得意とした唐子を芦雪も多く描いていますが、「唐子睡眠図」はほかの唐子図とは異なり、妙に生々しいリアルさがあります。「窟上母猿図」の悲しげな母猿の姿もまるで人間の表情を彷彿とさせます。芦雪は幼い我が子を相次いで亡くしていて、この絵にはそうした思いが反映されているのではないかともいわれているようです。

長沢芦雪 「唐子睡眠図」
寛政前〜中期 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 (展示は11/5まで)


第5章 画境の深化:寛政後期

芦雪は応挙がこの世を去ったわずか4年後に45歳で亡くなるのですが、その死も謎に包まれていて、毒殺とも自殺ともいわれています。芦雪にはいろいろ敵が多かったなんて話もありますが、それも芦雪の才能と円山派の枠に縛られない型破りな性格故なのかもしれません。

長沢芦雪 「月夜山水図」(重要美術品)
寛政後期(1794〜1799)頃 頴川美術館蔵

「月夜山水図」は昨年松濤美術館の『頴川美術館の名品』で拝見し、こういう芦雪もあるのだと深く感動した作品。自然遠近法を取り入れた構図はどこか近代日本画のよう。墨の滲みを活かした表現もしっとりと抒情的です。

長沢芦雪 「方寸五百羅漢図」
寛政10年(1798) 個人蔵

「方寸五百羅漢図」は2010年に82年ぶりに発見され話題になった作品。約3センチ四方の紙に五百はいようかという羅漢がびっしりと描かれています。2015年に森美術館で開催された『村上隆の五百羅漢図展』で公開されたときにも拝見しましたが、拡大鏡がないと分からないような細かさ。

「白象黒牛図屏風」はプライスコレクションの有名な芦雪作品。人を驚かす、楽しませる、感心させるという芦雪らしさの極致にあるような作品だと思います。この作品は過去にも何度か観ていますが、今回あらためて観てみると、一見斬新な構図のように見えて、白と黒、静と動、大と小といった対称から尻尾の呼応に至るまで、実は隅々まで計算されていることが分かりますし、象の首回りの皺や牛の肌のグラデーションなど、大変優れた表現がされていることに気づきます。

長沢芦雪 「白象黒牛図屏風」
寛政後期(1794〜1799)頃 エツコ&ジョー・プライスコレクション蔵

初期から晩年まで通しで観ると画風も変化してるし、さまざまな技法に挑んだり、いろいろ進化しているけど、仔犬の愛らしさは一貫して変わらないのが面白いですね。奇想の絵師というけれど、人を楽しませるウィットや、動物や子供に向けた眼差しからは何となく芦雪の優しい人柄も伝わってくるようです。本展はとても充実した内容で、間違いなく今年トップクラスの素晴らしさでした。


【長沢芦雪展 京のエンターテイナー】
2017年11月19日(日)まで
愛知県美術館にて


もっと知りたい長沢蘆雪 (アート・ビギナーズ・コレクション)もっと知りたい長沢蘆雪 (アート・ビギナーズ・コレクション)


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