2017/07/09

川端龍子展

山種美術館で開催中の『川端龍子 -超ド級の日本画-』を観てまいりました。

大正から昭和にかけて活躍した近代日本画を代表する画家の一人、川端龍子。本展は龍子の没後50年を記念する回顧展です。

龍子の作品は割と観る機会があるものの、実はよく分かってないところもあって、ちゃんとした形で観たいなと思っていたところの展覧会。ここまでまとめた形での回顧展は12年ぶりといいます。

日本美術ファンなら最初は誰でも一度は間違えると思うのですが、川端龍子は女性ではなく実は男性で、「タツコ」でも「リュウコ」でもなく「リュウシ」と読みます。

「龍子」は雅号ですが、なぜそういう名前をつけたかというと、龍子の父というのがかなりのハンサムで、まぁ外に女性を作っていたそうなんですね。家庭環境も複雑だったようで、龍子も子どもの頃は父のお妾さんと一緒に暮らしたりしていたといいます。そんなこともあってか、自分は人の子でなく龍の子だという意味で「龍子」と付けたのだとか(後に龍子は「父を許すことのできない気持を持ち続けている」とも語っています)。


第1章  龍子誕生 -洋画、挿絵、そして日本画へ-

もともと龍子は洋画家を目指していたというのは日本画ファンには知られた話かもしれません。会場には初期の希少な油彩画も展示されています。「女神」はまだ拙さが残りますが、青木繁のような古代神話をモチーフにした作品で、当時主流の白馬会の影響を窺わせます。「風景(平等院)」はがらりと違って厚塗りの激しいタッチ。ちょっと西洋画かぶれしたところも感じます。

[写真左] 川端龍子 「女神」 明治時代(20世紀) 大田区立龍子記念館蔵
[写真右] 川端龍子 「風景(平等院)」 明治44年(1911) 大田区立龍子記念館蔵

龍子は誰か画家に師事したことはなく、絵を学んだのも学校教育が始まりといいます(後に白馬会洋画研究所などに入ってますが)。旧制中学時代のものでしょうか、授業で描いた絵も展示されていました。「上」とか「丙」とか赤い筆で絵の評価が記されていて、なんか微笑ましい。 「狗子」は長沢芦雪の犬っぽいですよね。

[写真右から] 川端龍子 「狗子」 明治時代(19世紀)
「四季之花」「機関車」 明治32年(1899) 大田区立龍子記念館蔵

[写真左から] 『漫画東京日記』 明治44年(1911)出版 大田区郷土博物館蔵、
『大和めぐり』、『スケッチ速習録(第1号)』 大正4年(1915)出版 大田区立龍子記念館蔵
『日本少年』第10巻14号表紙絵 大正4年(1915)出版
「花鳥双六(『少女の友』第10巻1号付録)」 大正6年(1917)出版

21歳で結婚すると生活の糧を得るため、洋画家としての活動と並行して、新聞や雑誌の挿絵画家としても活躍。一躍人気画家になります。当時から龍子を女性だと思う人が多かったようで、龍子が男性だったことにショックを受けるファンもいたのだとか。

その後、龍子は洋画家としての研鑽を積むために渡米するのですが、結局はそれがきっかけとなり日本画家に転向します。アメリカで自分の作品が評価されなかったことや、滞在中に感銘を受けたのがシャバンヌの壁画とボストン美術館で観た東洋美術ぐらいしかなかったというのも大きかったようです。

川端龍子 「火生」 大正10年(1921) 大田区立龍子記念館蔵

初期の日本画には院展の仲間の速水御舟の影響なのか、群青と緑青を多用した作品もあったりします。その中で「火生」は後の龍子のダイナミズムを想起させる強い個性を感じる作品。発表当時はその激しい色使いが“会場芸術”と揶揄されたといいますが、龍子はむしろ展覧会を目的とした制作、つまり“会場芸術”こそ自分の目指す道だと考えるようになります。


第2章  青龍社とともに -「会場芸術」と大衆-

院展脱退後、自ら立ち上げた美術団体“青龍社”に関する資料も展示されています。青龍社の最初の展覧会は院展にぶつけて横の会場で開催したとかで、在野の巨人といわれた龍子らしいエピソードという気がします。

[写真左] 「青龍社第1回展覧会ポスター」 昭和4年(1929) 大田区立龍子記念館蔵

龍子といえば、“会場芸術”を象徴するスケールの大きな屏風絵。会場の一番奥にはが六曲一双の屏風が3点も展示されていて、とても見応えがあります。

川端龍子 「鳴門」 昭和4年(1929) 山種美術館蔵

「鳴門」は青龍社の第一回展覧会の出品作。ダイナミックで躍動感のある渦潮と、約3.6kgもの群青の絵具を使ったという海の青さと泡立つ白のコントラストが強烈です。よく見ると、白い色も胡粉や金、銀が使われていて、多層的というか、一見大胆な絵に見えて非常に計算されていることが分かります。

川端龍子 「草の実」 昭和6年(1931) 大田区立龍子記念館蔵

「草の実」は紺紙金泥経の装飾絵を屏風に展開したもの。龍子の傑作と名高い東京国立近代美術館の「草炎」(本展には未出品)の翌年に描かれた作品ですが、「草炎」が生い茂る夏の草むらなら、「草の実」は秋の風情でしょうか。数種類の金泥やプラチナが使われていて、同じ金色でもそのニュアンスはさまざま。装飾性の高さやその美しさだけでなく、何か仏教的な尊さも感じます。

[写真右] 川端龍子 「爆弾散華」 昭和20年(1945) 大田区立龍子記念館蔵
[写真左] 川端龍子 「香炉峰」 昭和14年(1939) 大田区立龍子記念館蔵

今回非常に興味深かったのが戦争にまつわる2点の作品。「香炉峰」は日本軍の嘱託画家として偵察機に同乗したときの経験をもとに、廬山の景観を描いたいわゆる戦争画。屏風の大画面からはみ出るぐらいのスケールの大きさに圧倒されます。正しく“超ド級の日本画”。機体が半透明なのもユニークですが、背景の山が廬山の屹立した山というより、日本のやまと絵のような山並みなのも面白い。

「爆弾散華」は戦争末期、自宅を爆撃され、菜園の夏野菜が吹き飛ぶ様子を描いたという作品。爆風で飛び散る野菜やその閃光が様々な形に千切られた金箔で表現されています。その瞬間はまるでストップモーションのようで、空襲で失われた多くの人々の命と重なります。

[写真左] 川端龍子 「百子図」 昭和24年(1949) 大田区立龍子記念館蔵
[写真右] 川端龍子 「五鱗」 昭和14年(1939) 山種美術館蔵 (展示は7/23まで)

[写真右] 川端龍子 「龍巻」 昭和8年(1933) 大田区立龍子記念館蔵
[写真左] 川端龍子 「夢」 昭和26年(1951) 大田区立龍子記念館蔵

ほかにも、戦後インドから上野動物園に贈られた象のインディラと子どもたちをテーマにした「百子図」、どことなくモダンな味わいのある「五鱗」、青々とした海原を飛び跳ねるトビウオを描いた「黒潮」、海の生物ごと巻き上げられるという発想が面白い「龍巻」、中尊寺金色堂の藤原氏の遺体調査のニュースに着想を得たという「夢」、ハイライトの効いた艶やかな色彩が印象的な「牡丹」など、幅広い画業を展観できます。

川端龍子 「真珠」 昭和6年(1931) 山種美術館蔵 (展示は7/23まで)

「真珠」も個人的に大好きな龍子の作品の一つ。「鳴門」に似た青い海と白い波飛沫も印象的です。海辺に寝そべる裸婦はどこか幻想的で、龍子が若い頃に感銘を受けたというシャヴァンヌの壁画のような神秘性も感じます。ちなみに本展ではこの「真珠」のみ撮影可能です(後期は「八ツ橋」(山種美術館)が撮影可です)。


第3章 龍子の素顔 -もう一つの本質-

龍子の異母弟に俳人の川端茅舍がいますが、龍子も20代の頃から俳句も嗜んでいたそうです。読んだ句に絵を添えた短冊があって、絵もいいんですが、字がまたいい字なんです。

琳派風の小さな屏風「春草図雛屛風」にも惹かれました。龍子の琳派への造詣の深さを感じます。対幅の「鯉」や、梅や竹を描いた掛軸など伝統的な画題の日本画もあって、晩年には“床の間芸術”的な作品を手がけていたことも知りました。

[写真左] 川端龍子 「十一面観音」 昭和33年(1958) 大田区立龍子記念館蔵
[写真右] 川端龍子 「花下独酌」 昭和35年(1960) 大田区立龍子記念館蔵

以前、トーハクで川端龍子旧蔵の仏像を拝見したことがありますが、龍子は自邸に持仏堂を設け、十一面観音と脇侍の不動明王と毘沙門天を安置して朝夕欠かさず礼拝していたのだそうです(調べたところトーハクで観たのは毘沙門天立像のよう)。「十一面観音」はその本尊を描いた作品で、「吾が持仏堂」という連作の1点とか。龍子は仏画をどのぐらい描いてたか知りませんが、機会があれば他の作品も観てみたいと思います。そういえば龍子は池上本門寺や浅草寺の天井絵も描いていましたね。

川端龍子 「牡丹」 昭和36年(1961) 山種美術館蔵

超ド級なスケール感のある作品だけでなく、大胆なのに巧みに計算されていたり、力強いのに繊細だったり、いろいろ気づかされることの多い展覧会でした。

本展では山種美術館の所蔵作品だけでなく、大田区立龍子記念館からも多くの作品を借り受けてますが、大田区立龍子記念館の方でも『川端龍子没後50年特別展』が今秋開催されるとのこと。こちらも今から楽しみです。



1階の≪Cafe 椿≫では今回も、青山の老舗菓匠「菊家」による趣向を凝らしたオリジナル特製和菓子が用意されています。どの和菓子も展示された作品にちなんだもの。う~ん、どれを選ぶか迷ってしまう・・・。


※展示会場内の写真は特別に主催者の許可を得て撮影したものです。


【特別展 没後50年記念 川端龍子 -超ド級の日本画-】
2017年8月20日(日)まで
山種美術館にて


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