2017/08/05

藤島武二展

練馬区立美術館で開催されている『生誕150年記念 藤島武二展』を観てまいりました。

藤島武二というと日本の近代洋画を牽引した最も重要な画家の一人ですが、自分の中でその特徴をいまひとつ掴めていないこともあり、そうした意味でも今回の展覧会を楽しみにしてました。

今回は生誕150年記念ということで、藤島の作品だけでも約150点(前後期合わせ)と出品数も多く、なかなか観られない個人蔵の作品も含め、代表作がほぼ出揃う貴重な機会。ここまでの規模の回顧展は15年ぶりといいます。早速開幕初日に行ってきましたが、大変充実した内容になっていて、明治の黎明期から昭和にかけての近代洋画の変遷を見る上でも興味深いものがありました。


本展の構成は以下のとおりです:
Ⅰ-1. 修行
Ⅰ-2. 飛躍
Ⅱ-1. 留学
Ⅱ-2. 模索
Ⅱ-3. 転換
Ⅲ-1. 追求
Ⅲ-2. 到達

藤島武二 「婦人と朝顔」
1904年 個人蔵

会場に入ってすぐのところに展示されているのが藤島の代表作「婦人と朝顔」。藤島というと、洋画版美人画ともいうべき、情緒的で、品のある美しい女性を描いた作品がパッと頭に浮かびます。

藤島が生まれたのは幕末の薩摩。父は薩摩藩士で、母方は祖先に狩野派の絵師がいるような家系だったといいます。薩摩で四条派の絵師に学び、京都では円山四条派最後の絵師ともいわれた川端玉章に師事。展示されていた当時の水墨画はあっさりした作品で、他にどんな日本画を描いていたのか気になるところではありますが、藤島自身は「最初の狩野派の画風の影響は生涯を通じてなかなか強いものがあるように思う」と語っているだけに、日本画の修行は藤島の基礎を成す重要なものだったのかもしれません。

藤島武二 「池畔納涼」
1898年 東京藝術大学蔵

洋画に転向すると、山本芳翠の指導を受けたそうで、最初期の油彩「桜狩」はなるほど芳翠風のニュアンスがあります。その後、外光派の表現に傾倒。黒田清輝は1歳上、同郷ということもあり、憧れの存在だったといいます。「逍遥」や「池畔納涼」は黒田の「湖畔」の影響を感じなくもありません。

与謝野晶子 『みだれ髪』
1901年

藤島といえば、与謝野晶子の歌集『みだれ髪』の装幀も有名。本展では『みだれ髪』に代表される藤島がデザインした装幀や絵葉書の展示が充実しています。会場の解説ではグラフィックデザインの先駆者という紹介のされ方がしてありましたが、ラファエル前派やアールヌーヴォーを取り入れた装飾的なデザインは今見ても素敵だし、たとえば与謝野晶子の『小扇』の扇子から顔を覗かせる構図は日本人離れしたセンスの良さを感じます。

そもそも藤島が装幀のデザインをするきっかけとなったのが、与謝野晶子が藤島の耽美的な表現を高く評価したからといわれています。一角に展示されていた「夢想」なんかは確かにロセッティの「ベアタ・ベアトリクス」を思い起こさせます。

藤島武二 「西洋婦人像」
1906-1907年 島根県立石見美術館蔵

ヨーロッパへ留学したのが38歳。すでに日本では成功しているのに、イタリアやフランスでちゃんと弟子入りしデッサンから学び直したというのが偉い。やはり本場の体験は大きかったようで、人物描写の精度がぐっと上がります。一方で、ヨーロッパでアカデミズムを学びながらフォーヴィズムや表現主義的な方向に流れるのも面白い。ローマの風景を描いた小品のいくつかはナビ派的な雰囲気すら感じます。

藤島武二 「うつつ」
1913年 東京国立近代美術館蔵

帰国後の画風の変化は大きく、しばらく模索の時期が続いたようですが、東洋的な女性像や装飾画などへアプローチを試みるあたりから、藤島本来のロマンティシズムや装飾性がさまざまなスタイルと融合し、作品としても安定してきます。「うつつ」は明治浪漫主義的な傾向が見られますが、「花籠」や「匂い」は垢抜けているというか、フォーヴィズムやマティスなどから吸収したものが成果として表れているように思います。

藤島武二 「花籠」
1913年 京都国立近代美術館蔵

藤島武二 「匂い」
1915年 東京国立近代美術館蔵

藤島の東洋的な女性像といえば、2014年にブリヂストン美術館で開催された『描かれたチャイナドレス』が記憶に新しいところ。とりわけ横顔を描いた構図が多く、これはイタリアのルネサンス期の横顔の婦人像に着想を得たといいます。女性を正面から描いた「うつつ」や「匂い」は情感溢れたロマンティシズムを感じますが、横顔から描いた「鉸剪眉」や「東洋振り」(8/22から展示)は顔立ちの美しさが際立ち、より素直に女性の美しさを感じられる気がします。

藤島武二 「鉸剪眉」
1927年 鹿児島市立美術館蔵

こうして観てると、画風の変遷はあっても、藤島の耽美的な好みや象徴主義的な傾向はヨーロッパ留学前と後であまり変わっていないのかもしれません。浜名湖の風景をイメージしたという「静」はシャヴァンヌを彷彿とさせますし、下から上へ視線を誘う縦の構図が印象的な「カンピドリオのあたり」は中間色が多用され、ルドンなど象徴主義の影響を感じます。

藤島武二 「山上の日の出」
1934年 京都国立近代美術館蔵

晩年は日本各地を旅し、海や山の風景、とりわけ「日本の国の象徴するに相応しい日の出の風景」を描くようになります。単純化が強まり、ロマンティシズムや装飾性は一気に薄れます。台湾の風景や風俗を描いた作品は小品ならではの味わい深さを感じたものの、これは完全に好みの問題ですが、晩年の海景を描いた作品群はどれも退屈。軍嘱託画家の頃の作品や絶筆など見どころはあるし、単純化された構成やあっさりとした筆触が藤島の行き着いた先というのは分かるのですが、あまり魅力を感じませんでした。

藤島武二 「耕到天」
1938年 大原美術館蔵

本展で唯一残念なのが、藤島の外光派時代を代表する「黒扇」と象徴主義的な傑作「天平の面影」がフランスのオランジュリー美術館で開催されている『ブリヂストン美術館の名品展』と重なり、出品されていないこと。それ以外はとても満足度の高い展覧会でした。


【生誕150年記念 藤島武二展】
2017年9月18日(月)まで
練馬区立美術館にて


巡回先:
鹿児島市立美術館 2017年9月29日(金)~11月5日(日)
神戸市立小磯記念美術館 2017年11月18日(土)~2018年1月28日(日)


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