2017/12/10

典雅と奇想

つづいて、静嘉堂文庫美術館の『あこがれの明清絵画』を観た足で、六本木の泉屋博古館・分館で開催中の『典雅と奇想 明末清初の中国名画展』にも行ってまいりました。

こちらは山水画・文人画が中心。その名の通り、とりわけ“奇想派”が充実していて面白い。“奇想派”というと、伊藤若冲や曽我蕭白のような奇想の絵師をイメージしますが、中国の“奇想派”は中国語では“変形主義”、英語では“マニエリスティック”というそうで、山の造形などをデフォルメして、「形」の表現にポイントを置いた個性的な山水画のことを指します。

時代は明末期から清初期に絞られていて、日本でいえばちょうど江戸時代に重なります。泉屋博古館の方は中国画だけで、日本の山水画などの比較展示はありませんが、江戸時代後期に隆盛する南画はこうした明末清初の中国絵画の影響がダイレクトに伝わっているのかな、と頭の中で想像しながら拝見していました。


会場の構成は以下のとおりです:
Ⅰ 文人墨戯
Ⅱ 明末奇想派
Ⅲ 都市と地方
Ⅳ 遺民と弍臣
Ⅴ 明末四和尚
Ⅵ 清初の正統派、四王呉惲

徐渭 「花卉雑画巻」
中国 明・万暦3年(1575) 東京国立博物館蔵

文人画というのは文人、つまり職業画家ではない官僚などがその余技として描いた絵をいいますが、思いのままに走らせた筆の自由さ、墨の戯れに何ともいえない味わいがあります。

徐渭(じょい)の「花卉雑画巻」は呉派文人画らしい趣きのある水墨の花卉図。東博所蔵と泉屋博古館所蔵の2点があって、どちらも薄墨の滲みの具合で花や葉、果実、蟹や魚などを表しているのですが、墨が滲む偶然さを装っているようで、濃淡の具合を導き出す手練はやはり相当なものなのだろうと感じます。徐渭は妻を殺害して獄中生活を送ったというエピソードが凄い。

米万鍾 「柱石図」
中国 明・17世紀 根津美術館蔵

米万鍾 「寒林訪客図」
中国 明・17世紀 橋本コレクション蔵

米万鍾(べいばんしょう)は明末の奇想派を代表する画家であり書家。この世にこんな石があるのかというような奇石を描いた「柱石図」や、最早山なのか何なのか分からない「寒林訪客図」に度肝を抜かれます。具象でもなく抽象でもなく、まるでイメージの産物のような不思議な光景。なるほど奇想派とはこういうものか、という感じがします。

呉彬 「渓山絶塵図」
中国 明・万暦43年(1615) 橋本コレクション蔵

呉彬(ごひん)も明末を代表する奇想派の画家。緻密に描きこんだ奇怪な岩山が縦に縦に伸びる様はとても異様というか、幻想的にも見えます。

李士達 「竹裡泉声図」(重要文化財)
中国 明・16〜17世紀 東京国立博物館蔵

李士達(りしたつ)の「竹裡泉声図」は明末に流行した詩意図という詩を絵画化した作品だといいます。下半分は竹林に囲まれた渓流のほとりで思い思いに過ごす文人達を描いているのに対し、上半分は湧き出る雲の上にそびえる奇怪な岩山。

龔賢 「山水長巻」
中国 清・17世紀 泉屋博古館蔵

龔賢(きょうけん)の「山水長巻」の造形感覚もユニーク極まりないという感じです。淡墨のトーンも独特。邵弥(しょうみ)の「山水図」も面白い。かすれた筆を何度も重ねたような墨の味わいがいいですね。こういう筆致は初めて観ました。淡墨と渇墨で描いた張宏(ちょうこう)の「越中名勝図冊」の大ぶりな山塊も印象的。奇想派の山の造形もさることながら、こんなにも筆法がバラエティに富んでるとは思いませんでした。

漸江 「江山無尽図巻」
中国 清・順治18年 泉屋博古館蔵

漸江(ぜんこう)、石濤(せきとう)、石渓(せっけい)、八大山人(はちだいさんじん)は清初の四画僧といい、最後に一つの章として紹介されています。漸江の「江山無尽図巻」は繊細な筆致で描き出した奇石の景観表現が抜群。長江支流の名勝・白鷺洲を描いたという「竹岸蘆浦図巻」の詩情的な情景も味わい深い。

石濤 「廬山観瀑図」(重要文化財)
中国 清・17〜18世紀 泉屋博古館蔵

石濤の作品が複数あったのですが、重要文化財に指定された作品も多く、日本でも評価が高かったことが窺えます。「廬山観瀑図」は高士が雲海の先にそびえる山と滝を見上げていて、なんとも荘厳かつ幻想的。同じ石濤の「黄山図冊」の繊細さと雄大さもいいなと思いました。

八大山人はこれまで観てきた奇想とはまた違う面白さ。「安晩帖」という20面からなる画帖が展示されていて、わたしが観に行った日は「カワセミ」が展示されたのですが、ほかの作品もスライドで観ることができて、花や野菜にしても、魚や鳥にしても、山水にしても、自由というか、ユーモラスというか、日本でいえば若冲を思わせるゆるさがたまらなく魅力的です。

八大山人 「安晩帖(第10図)」(重要文化財)
中国 清・康煕33年(1699) 泉屋博古館蔵

静嘉堂文庫美術館でも思いましたが、やはり本場の文人画は奥行きが違うというか、墨技やその味わい一つとってもさまざまな表情があるし、脱俗的な日本の南画とは違ってガツンと来ます。


【典雅と奇想 明末清初の中国名画展】
2017年12月10日(日)まで
泉屋博古館分館(東京)


典雅と奇想―明末清初の中国名画典雅と奇想―明末清初の中国名画

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