2015/10/23

久隅守景展

サントリー美術館で開催中の『逆境の絵師 久隅守景 親しきものへのまなざし』を観てまいりました。

狩野探幽の弟子の中でも特に優秀な門下四天王の一人といわれ、探幽の名「守信」から一字もらい、また探幽の姪を妻にもらうなど、血筋を重んじた狩野派の中にあって、とりわけ高い期待と信頼が寄せられていた守景。

探幽やその弟・尚信、安信ら江戸狩野派の作品は観る機会が多いものの、その弟子となると、英一蝶のように狩野派を飛び出したり(彼の場合は破門ですが…)、また狩野派の画塾に学び後に大成した絵師を除けば、一族の片腕として活躍したとはいえ、一門人にこうしてスポットが当たるのは異例のような気がします。

個人的には東博で観た「納涼図屏風」に一目惚れして以来、守景は気になる存在でした。数年前に石川県立美術館で回顧展がありましたが、そのとき観に行けなかった身としては待望の展覧会。これまでなかなか掴めなかった守景の全貌が明らかになります。


第一章 狩野派からの出発

狩野尚信・信政とともに参加した「知恩院小方丈下段の間 四季山水図襖」や富山の古刹・瑞龍寺の「四季山水図襖」の見事な障壁画、いかにも狩野派といった風情の山水図が並びます。瑞龍寺の「四季山水図襖」はたっぷりとした余白や薄墨の山影など探幽の流れを感じますが、知恩院の「四季山水図襖」はこんもりと丸みを帯びた山の量感がユニーク。

久隅守景 「四季山水図襖」
江戸時代・17世紀 瑞龍寺蔵

御殿や寺院の障壁画を描くにも、狩野派の親子兄弟親族の中でも格によって描く部屋が決められていたりするわけですから、弟子にもかかわらず障壁画を任されていたということからも守景の実力と評価が分かります。

「十六羅漢図」は狩野派の粉本に依ったとされる典型的な図様ですが、羅漢が龍の耳掃除をしていたり、足元で虎が戯れていたりとユーモラスのところも。

久隅守景 「十六羅漢図」
江戸時代・17世紀 光明寺蔵


第二章 四季耕作図の世界

四季耕作図や機織図は狩野派の作品によく見かける古典的な画題。守景も多く手がけていて、彼を特徴づけるものとして紹介されています。日本画の屏風では右から左へ季節が移るのが通常ですが、守景の四季耕作図では左から右に季節が流れていたり、描かれている人物や風俗の描写に独特の個性があるようです。

久隅守景 「四季耕作図屏風 旧小坂家本」(重要美術品)
江戸時代・17世紀 個人蔵 (展示は11/5~)

参考で探幽の「四季耕作図屏風」(展示は11/3まで)もあって、一作品だけなのでこれだけでは比較できませんが、探幽より守景の作品の方が耕作以外にも農村の生活風景や人々の生き生きとした営みが描かれて絵として面白味があります。田起こしや田植え、稲刈りや脱穀といった稲作の季節を追った流れに加え、機を織る人、牛を引く人、遊ぶ子供たち、雨宿りする人たち、鷹狩りや闘鶏などさまざまな情景や暮らしぶりが丁寧に、表現豊かに描かれています。

面白かったのが個人蔵の「四季耕作図屏風」で、一般的に中国の風俗を描かれるものが多い中、これだけは日本の風俗や田園風景が描れています。山々も漢画的な描写ではなく、やまと絵のような丸みを帯びた山容で、一面桜が咲いた山もあり、興味が尽きません。

四季耕作図は鑑戒画ともいわれ、「将軍や大名は耕作図に描かれた農作物を生産する人々の姿に領民たちを重ね合わせ、自らの戒めにした」そうで、時の為政者の注文により数多く描かれたといいます。恐らく守景の作品も、かつては大名家などで大切にされていたものなのでしょう。


第三章 晩年期の作品 -加賀から京都へ

探幽のもとで修業をしていた息子・彦十郎が破門されたことがきっかけで、守景は探幽のもとを去ります。守景は探幽から遣わされ加賀藩に滞在していたことがあり、その縁で金沢に移り、制作活動をつづけたそうです。

ここまでは狩野派らしい画風の障壁画や屏風の展示が中心だったのでそう思うのかもしれませんが、狩野派のしがらみから解放された守景の作品は、表現的にも幅が拡がり、より自由に、思いのまま腕を振るっているような感じがします。

久隅守景 「納涼図屏風」(国宝)
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵 (展示は11/3まで)

守景の代表作といえば「納涼図屏風」。ひょうたん棚の下でのんびり夕涼みする一家の光景が微笑ましい。虫の声を聴いているのか、心地いい夜風と穏やかな家族の時間が伝わってくるようです。男と女で描く線を使い分けていたり、瓢箪は軽い筆致、月は外隈と、筆触の妙も楽しめます。図録には農家の女性でも半裸で外に出るのは憚れるので現実ではなく理想の姿だろうとありましたが、江戸時代には女性が半裸で農作業をすることもあったといいますし、明治生まれだったうちの祖母は縁側で瓢箪みたいなおっぱいを出して涼んでいたりしたので、昔はありふれた光景だったのかもしれません。


第四章 守景の機知 -人物・動物・植物

守景の人物画や動物画にはユーモアや朴訥とした味わいがあります。人物描写も巧いのですが、動物・鳥の表現はことさら秀逸。何ともいえない愛らしさがあります。おすすめは「花鳥図屏風」で、こんな表情豊かでかわいい鳥の屏風はなかなかありません。鳥たちの楽しげなおしゃべりが聴こえるようです。

久隅守景 「虎図」
江戸時代・17世紀 個人蔵 (展示は11/3まで)

「虎図」のこの愛らしい表情といったら。探幽にこんなかわいい虎の絵があるのかは分かりませんが、守景の虎は尚信の「猛虎図」(『江戸の狩野派』参照)を彷彿とさせます。狩野派のことなので、もとにした共通の粉本か古画があったのでしょうか。軽妙な筆運びや機知に富んだ表現力は探幽というより尚信に近いものを感じます。

久隅守景 「鍋冠祭図押絵貼屏風」
江戸時代・17世紀 個人蔵 (展示は11/3まで)

「鍋冠祭図押絵貼屏風」や「六歌仙画帖」も面白い。線描が軽快というか流麗というか、それでいて適格に人物をうまくとらえています。水墨の「蘭亭曲水図屏風」も遊び心が溢れていて楽しい。どの人物の描写もこなれ感があります。


第五章 守景の子供たち 雪信・彦十郎

最後に守景の問題児たち。娘・清原雪信は同門の絵師と駆け落ちし、息子・彦十郎は同じく同門の絵師と諍いがもとで破門となり、島流しされます。彦十郎は晩年に描いたとされる鷹とジャコウ猫の組み合わせがユニークな押絵貼の「鷹猫図屏風」が展示されていて、なかなかの腕前。

清原雪信 「粟鶉図」
江戸時代・17世紀 個人蔵 (展示は10/26まで)

ここでは雪信の作品が充実していて、得意とした花鳥画や仏画、『源氏物語』など古典に材を取った作品などが並びます。雪信は江戸時代を代表する女流絵師。実践女子学園香雪記念資料館の『華麗なる江戸の女性画家たち』で雪信の作品を観て、その実力に驚きましたが、今回あらためてその腕の確かさを痛感しました。

「粟鶉図」の丁寧な描写とデリケートな筆線、「小督図」の細やかな表現としっとりとした情緒、狩野派らしい図様にも関わらず女性らしさを感じさせる「観音図」などどれも完成度が高く見事。一度、清原雪信展というのも観てみたいものです。



守景は江戸絵画の中でも決してメジャーな絵師ではありませんし派手さはありませんが、探幽譲りの腕の確かさ、人間味溢れるまなざしと表現の豊かさ、おおらかな雰囲気は格別です。館内は展示のスペースもゆったりしていて、たぶんそれほど混まないと思う(笑)ので、ゆっくりと日本画を鑑賞したい方にはおすすめです。


【逆境の絵師 久隅守景 親しきものへのまなざし】
2015年11月29日(日)まで
サントリー美術館にて


関連書籍:
聚美 vol.17(2015 AUT 特集:一休宗純の世界 久隅守景の芸術

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