2016/05/28

美の祝典 Ⅱ 水墨の壮美

出光美術館で開催中の『美の祝典 Ⅱ -水墨の壮美』を観てきました。

出光美術館開館50周年記念展の第2弾。今回のテーマは“水墨画”。出光美術館が誇る水墨画と南画のコレクションの中から選りすぐりの傑作を展観していきます。

『水墨の壮美』の出品数は35点。その内、国宝が1点、重要文化財が11点、重要美術品が5点。ほかにも出品リストや図録には掲載されていない工芸品が数点出品されています。

*** *** ***

まず目に飛び込んでくるのが能阿弥の「四季花鳥図屏風」。マルチな才能に溢れた室町時代の絵師・能阿弥の代表作で、制作年の分かる水墨屏風としては最古だといいます。

右隻には叭々鳥と白鷺と燕、左隻には鴨と鴛鴦と鳩などが描かれ、鳥たちの楽園といった趣き。水墨の妙技と相俟って穏やかで静謐な空間を創り上げています。牧谿作品から多くを引用しているそうで、“牧谿づくし”と解説されていました。

能阿弥 「四季花鳥図屏風」(重要文化財)
応仁3年(1469) 出光美術館蔵

もうね、牧谿、玉澗、能阿弥、等伯へと連なる水墨画の流れが何といっても素晴らしいのです。 牧谿の「平沙落雁図」は京都国立博物館、根津美術館所蔵と同じ「瀟湘八景図」の現存する4幅のうちの一つ。京博、根津のものは過去に拝見していますが、出光所蔵の本作は初見。これが観られるなんて涙ものです。ごくごく薄い墨で夕暮れの大気の微妙な流れを表現していて、群れ立つ雁が得も言われぬ風情を醸し出しています。牧谿では略筆の「叭々鳥図」もいい。

牧谿 「平沙落雁図」(重要文化財)
中国・南宋時代 出光美術館蔵

玉澗もまた味わい深い逸品。墨の濃淡で深山幽谷を表現し、杖を突きつつ山を登る旅人を墨でちょんちょんと加えています。この佇まいが素晴らしい。

ほかに中国画では、徐祚の「漁釣図」がいいですね。細く硬いタッチの線で、大きな葦の下でぼんやりと釣り糸を垂らす漁夫。何を考えてるんだろうと、ついついこちらも想像してしまいます。

玉澗 「山市晴嵐図(重要文化財)
中国・南宋時代末期~元時代初期 出光美術館蔵

等伯は2点あって、「竹鶴図屏風」と「松に鴉・柳に白鷺図屏風」。どちらも牧谿の「観音猿猴図」など牧谿作品を参考にしているといいます。能阿弥の「四季花鳥図屏風」も等伯の「松に鴉・柳に白鷺図屏風」も牧谿に倣ってるからか同じ白鷺を描かれてるのが面白いですね。

奥のスペースには狩野元信の「西湖図屏風」があって、これがまたいい。横へ展開する西湖の風景と垂直の岩山の構図が印象的。近景・中景・遠景を描き分け、まるで真体のお手本のような教科書的な巧さがあります。ほかにも伝周文の詩画軸、雪舟の破墨山水図も見どころ。

長谷川等伯 「松に鴉・柳に白鷺図屏風」
桃山時代 出光美術館蔵

そして本展の目玉である「伴大納言絵巻」。
今回は中巻を展示で、眼目は子どもの喧嘩。一つの場面に、取っ組み合いをする子ども、駆け寄る親、片方の子どもを足蹴りする親、母親に連れてかれる子どもというように喧嘩の様子がまるで4コマ漫画なように描かれています。これは先日観た「信貴山縁起絵巻」の尼公巻にもあった異時同図法という表現方法。活劇のように動きがあって、隅々まで表現にこだわっていて、人々の表情が豊かで素晴らしい。

「伴大納言絵巻(中巻部分)」(国宝)
平安時代 出光美術館蔵

絵巻という括りでは、「北野天神縁起絵巻」の室町時代の模写絵もあるのですが、ここでは同じ天神縁起に由来する「天神縁起尊意参内図屏風」が出色の素晴らしさ。菅原道真の祟りを鎮めるため宮中に向かう僧侶が雷雨で荒れ狂う賀茂川を法力で開いて牛車で急ぎ渡るという場面で、疾走する牛の迫力やスピードを表すため少し楕円に描かれた車輪、荒れ狂う川の様子、人物の的確な線描といった卓越した表現が見られます。2扇に牛車をまとめることで、ダイナミックな動きが生まれて、焦眉の急を要する様子が伝わってきます。

「天神縁起尊意参内図屏風」(重要美術品)
室町時代 出光美術館蔵

南画がまた出光傑作選といった趣き。浦上玉堂の「雙峯挿雲図」や田能村竹田の「梅花書屋図」、富岡鉄斎の扇絵など、これまで出光で観て気に入った作品や印象に残っていた作品も多く、また先日松濤美術館の『頴川美術館の名品』で観て気になっていた山本梅逸や岡田半江の作品もありました。

青木木米は陶磁の茶器がいくつかあって、小振りで品のある白磁の急須や青磁の壺もあれば、海老や蟹、魚などが描かれた赤絵のかわいい煎茶椀もあって、木米の趣味の良さに感心します。「白泥煙霞幽賞涼炉・炉座」は涼炉の中に舞姿の中国の女性がいて、なかなか手の込んだ逸品。

浦上玉堂 「雙峯挿雲図」(重要文化財)
江戸時代 出光美術館蔵

最後には池大雅と与謝蕪村の見事な屏風が並んでいて壮観。大雅の押絵貼の「十二ヵ月離合山水図屏風」は12図それぞれが独立してるようで実は連続した一枚の絵のようになっていて見応えあり。微妙な色合いや濃淡で季節の移り変わりを表しているのも面白い。蕪村の「山水図屏風」はいかにも蕪村らしい勢いと澱みないタッチ、豊かな山々の眺望が愉しめる傑作。

池大雅 「十二ヵ月離合山水図屏風」(右隻)」(重要文化財)
明和6年(1769)頃 出光美術館蔵

与謝蕪村 「山水図屏風(重要文化財)
宝暦13年(1763) 出光美術館蔵

こうした水墨の風情ある作品はあまり混んでる中で観たくないので、日曜日の閉館前の時間に訪問しましたが、今回も幸いに人もまばらで、ほとんど独占状態で観られました。観る方にとっては嬉しいことなのですが、こんな素晴らしい傑作の数々があまり人の目にも触れないのももったいない気がします。


【開館50周年記念 美の祝典 Ⅱ -水墨の壮美】
2016年6月12日(日)まで
出光美術館にて

関連記事:
美の祝典 Ⅰ -やまと絵の四季


池大雅 中国へのあこがれ―文人画入門池大雅 中国へのあこがれ―文人画入門

2016/05/27

團菊祭五月大歌舞伎

『團菊祭五月大歌舞伎』に行って来ました。

去年はちょっと歌舞伎から足が遠のき、歌舞伎座に行くこともあまりなかったのですが、今年に入ってからまたちょろちょろ観てまして、今月は昼も夜も拝見したので、メモ程度に。

昼の部は幕開けて3日目に観劇。
最初は54年ぶりの上演という新歌舞伎の『鵺退治』。すいません、この手の時代狂言はあまり好きでなく…。淡々と物語が進んで、最後に変な化け物が出てきて盛り上がるかと思いきや、どこかゆるく。可でもなく不可でもなく。

つづいて『寺子屋』。期待と不安が入り交じりつつ臨んだ海老蔵の松王丸。先にご覧になった方々の感想を小耳に挟んで、もっと酷いかのと覚悟してたのですが、思ったほど悪くなかったように思います。海老蔵ならこんなものかなと。それより気になったのが松緑の武部源蔵で、なんかテンションが高くて落ち着かない。戸浪役の梅枝も釣られてしまってるように映りました。千代役の菊之助は安定感がハンパない。1人だけ格が違う感じです。

『十六夜清心』は黙阿弥でも有名な話なのに何故かあまりかからないので初めて観ます。清心の役が意外に難しいんだろうかと観ていて思いました。菊之助は芝居が真面目だから、ここが笑っていいところなのかどうか迷ってしまう。そのへん菊五郎や仁左衛門なんて上手かったんでしょうね。まあ観たのが3日目だし、清心は初役なので回を重ねれば、もっと馴染んでくるんでしょう。時蔵の十六夜はいいですね。正に適役。

昼の部最後は『楼門五三桐』。旧・歌舞伎座のさよなら公演と同じ顔合わせ。播磨屋のでっかい五右衛門、音羽屋の清々しい真柴久吉。もう最高です。気持ちよく打ち止め。

そして夜の部。こちらは21日に鑑賞。
まずは菊之助の長男・寺嶋和史くんの初お目見得となる演目『勢獅子音羽花籠』。音羽屋、成田屋の面々以外にも、吉右衛門や彦三郎、左團次、梅玉、時蔵、雀右衛門など豪華。若手も松也と巳之助が獅子舞で華を添え、お祝い気分を盛り上げます。初日の様子をテレビで拝見しましたが、この日も手で顔を隠して、ご挨拶できず。最後に手を振るところは同じで、最早これも芸の内?(笑)

つづいて『三人吉三巴白浪』。菊之助・海老蔵・松緑の花形による大川端。過去に菊之助・愛之助・松緑で通し狂言を観たことがありますが、大川端だけじゃなくて、ちゃんと通しで観たいなと思わせる顔合わせ。きっと見応えあるでしょうね。

『時今也桔梗旗揚』はちょっと苦手な狂言なのですが、「馬盥」がとても良かった。松緑の正にワンマンショー。光秀を思う存分たっぷり演じてて見応えありましたし、ピーンと張り詰めた緊張感が凄かったです。ぐいぐい芝居に引き込まれて、食後の眠気も吹っ飛びました。

最後は海老菊の「男女道成寺」。二人の花子で登場する序盤は、流石に菊之助と海老蔵では踊りのレベルが違うというか、海老蔵が滑稽に見えてしまうのですが、それを逆手に取ったその後の展開。とても楽しめました。なんだかんだいって海老蔵は華がありますし、美しい菊之助との「男女道成寺」は正に眼福でした。

2016/05/20

我が名は鶴亭

神戸市立博物館で開催中の『我が名は鶴亭』展を観てまいりました。

鶴亭の作品は過去にも千葉市美術館の『若冲アナザーワールド』やサントリー美術館の『若冲と蕪村』などで拝見していて、いわゆる南蘋派を広めるきっかけを作った絵師として以前から強い関心を持っていました。今回その鶴亭の初の展覧会があるということで、しかも長崎と神戸でしか開催せず、東京まで来ないというので、ゴールデンウィークにいそいそと出かけてきました。

若冲も憧れた絵師として話題ですが、実は若冲より6つ年下。長崎に生まれ、南蘋風著色絵画や黄檗絵画といった長崎派と呼ばれる中国由来の絵画様式を身につけて大阪に乗り込み、南蘋風の花鳥画を京阪の絵師に初めて知らしめ、唐画ブームのきっかけを作った絵師として先を行きます。

全出品数約120点(展示替えあり)で、約2/3が鶴亭の作品。残りは沈南蘋や鶴亭の弟子、また伊藤若冲や池大雅ら同時代の絵師の作品も展示されています。


第1章 我が名は鶴亭!

まずは導入部として、1階の広いロビーに3作品。空を舞う鶴や地上でやすらぐ鶴を六曲一双の大画面に描いた「群鶴図屏風」がいきなり素晴らしい。背景に薄墨を刷き、鶴の白は塗り残しになっていて、のびやかでこなれた筆遣いが悠然とした鶴の姿にピッタリ。このあとどんな作品に出会えるのかと期待が高まります。

鶴亭という名はもちろん画号ですが、その名に因んで鶴の絵を多く手がけたといいます。「竹鶴図」はバランスよく立つ鶴と勢い良く伸びた竹の取り合わせが印象的。よく見ると嘴が羽毛の中に透けていたり、鶴の何ともいえない表情など細部まで手が込んでいます。

鶴亭 「竹鶴図」
宝暦5年(1755) 個人蔵


第2章 鶴亭のエッセンス

ここでは南蘋派の祖・沈南蘋や、鶴亭の師で沈南蘋から直接教えを受けた唯一の日本人絵師・熊斐、また同時代の黄檗僧による黄檗絵画が紹介されています。

蘭渓若芝 「群仙星祭図」
寛文9年(1669) 神戸市立博物館蔵

黄檗絵画ってそんなに馴染みはなかったのですが、濃厚な表現と色彩の道釈人物画、また奇矯な造形美というのが特徴のようです。蘭渓若芝の「群仙星祭図」を観ていると、曽我蕭白の「群仙図屏風」あたりに影響を与えてるんじゃないかと思ったりします。一方で、黄檗絵画は自由な墨戯にも特色があって、濃薄の墨で巧みに描き分けた「海老蟹図」なんて、若冲の水墨の自由さにも通じる気がします。

熊斐 「鯉跳龍門図」
江戸時代・18世紀 長崎歴史文化博物館蔵

沈南蘋と熊斐の作品がちょっと少なかったのが残念ですが、沈南蘋のユニークな「獅子戯児図」や熊斐の濃密華美な「鯉跳龍門図」といった個性的な作品に出会えたのは嬉しい。


第3章 鮮烈!花鳥画ワールド

鶴亭というと南蘋派という固定観念があったのですが、実は鶴亭の作品の中で南蘋風の著色花鳥画は3割ぐらいしかないのだそうです。そのほとんどが吉祥画的なもの。描かれる花木も蘭や薔薇、柘榴、菊、牡丹、海棠といった中国の吉祥画によく出てくるもので、鳥も鳳凰や綬帯鳥(尾長鳥の一種)、黄鳥(コウライウグイス)など想像上の鳥や日本原産ではないものばかり。その点は日本の伝統的な花鳥図とは大きく異なるところです。

鶴亭 「緗梅黄鳥図」
宝暦6年(1756) 個人蔵

精緻な描写と濃厚な色彩。写生的な表現と繊細な輪郭線による花や鳥、墨の濃淡を活かし動きのある木や岩。甘い花の匂いが漂い、楽しそうな鳥のさえずりが聴こえてくるようです。南蘋派は色彩豊かで濃密な花鳥画というイメージがありますが、若冲やたとえば岡本秋暉のような過剰な華美さはありません。どちらかというと筆致は流麗で、色彩は鮮やかだけど派手さはなく、品を感じます。余白を残し余韻を与え、構図にもまとまりがあって、空間の使い方がとても上手いなと思います。びっしりと執拗に描きこむ若冲の花鳥画のような息苦しさはありません。

鶴亭 「蘭石図」
宝暦9年(1759) 個人蔵

蘭を描いた作品がいくつかあって、いずれも蘭(春蘭)の花独特の形と葉の曲線、ユニークな岩の造形が強い印象を残します。自分の勉強不足かもしれませんが、こういう描き方の蘭の絵ってあまり観たことない気がします。

鳥は小禽が多いものの、鷲鷹を描いた作品もあります。武士の間で勇猛な鷲鷹の絵は人気があったようですが、鶴亭の鷲鷹はどちらかというと美しく凛々しい姿が印象的です。これも一種の吉祥画。

鶴亭 「松に白鷹図」
宝暦後期 神戸市立博物館蔵


第4章 墨戯全開

水墨は充実していて、とても面白味を感じます。多くが四君子(蘭竹菊梅)を描いた水墨花木図で、運筆は自由、表現も大胆。筆の力強さや濃淡のリズム、動きがあって、筆墨の情趣を静かに味わうというより、自在な感覚を愉しむといった面白さがあります。

鶴亭 「墨梅図」
宝暦4~8年(1754-58)頃 個人蔵

背景に薄墨を刷き、塗り残しで雪を表現した「雪竹図」は雪のねっとりした感じが若冲を思わせます。「墨梅図」の梅の花なんかも若冲ぽいですよね。このシンクロ感に興味は尽きません。先の花鳥画のコーナーにも芭蕉の絵や、急降下する叭叭鳥とか、こういうの若冲の作品で観たことあるなというものが多くあります。

絵の真ん中に落款を入れていたり、余白に大胆に印章を捺したりしてるのも鶴亭の特徴。鶴亭の強いこだわりを感じるというか、自信の現れという気がします。

鶴亭 「雪梅図」
宝暦5年(1755) 神戸市立博物館蔵


第5章 鶴亭を語るモノ

ここでは画家・鶴亭のもう一つの顔、黄檗僧・海眼浄光、俳諧師・寿米翁としての史料や書簡、俳画を紹介しています。木村蒹葭堂や池大雅との書簡からは親しい交遊関係が窺えます。


第6章 京阪流行る南蘋風/鶴亭風

鎖国だった江戸時代、長崎は海外の情報や文化の発信基地。言ってみれば鶴亭は最先端アートを京阪に持ち込んだ訳で、当時の持て囃されようが想像できます。ここでは鶴亭の弟子や、交流のあった絵師や文化人などの作品が紹介されています。

書・佚山、画・鶴亭 「菊書画押絵貼屏風」
明和7年(1770) 個人蔵

佚山も過去に若冲の展覧会で観る機会がありましたが、今回は絵以外に書もあり、かなり強く惹かれました。書家であり篆刻家であり画家でもあったという佚山。佚山の篆書と鶴亭の水墨の菊を合わせた「菊書画押絵貼屏風」が最高にカッコいい。詩ごとに篆書と隷書の書体を変えた「篆隷唐詩選書巻」も面白いですね。佚山は絵もうまくて、水墨による端正な孔雀と鶴が印象的な「梅竹に孔雀・松菊に鶴図」が若冲的なところもあってなかなか興味深い。

鶴亭の弟子では鶴洲がいいですね。師譲りの写生的で精緻な描写と色彩感。花鳥画はより華やかに、水墨は味わい深く、センスの良さを感じます。どの鳥も愛嬌があるのが面白い。

鶴亭 「風竹図」
明和後期 長崎歴史文化博物館蔵

伊藤若冲 「風竹図」
宝暦前期 細見美術館蔵

ここでは鶴亭の作品と若冲の類似の作品を並べて、鶴亭の影響や二人のシンクロ関係を探っています。若冲が表立って活動をする頃には鶴亭は大坂で既に有名だったようですし、若冲の画風形成に影響を与えたのは確実ですが、一方で 鶴亭も気鋭の若冲に刺激を受けてたと思われるところがあるのが面白いですね。 鶴亭と若冲に交流があったという記録はないそうですが、大坂でサロンのような役割を果たした木村蒹葭堂や、若冲とも所縁の深い萬福寺など接点はあるので、与謝蕪村じゃないですが、若冲は鶴亭をどんな風に思っていたのかとても気になります。 

伊藤若冲 「群鶏図障壁画」
天明9年(1789) 京都国立博物館蔵

伏見の海宝寺(黄檗宗)伝来の「群鶏図障壁画」が展示されているのですが、これがかなりレベルの高い仕上がり。晩年の群鶏図の基準作とされているようですね。非常に緻密であり、表現が豊かであり、創造的であり、個人的には今まで観た若冲の群鶏図では一番の傑作だと思います。


第7章 鶴亭の花鳥画(かっちょいいが)

最後に鶴亭の“かっちょいい”花鳥画をもう一度。
メインヴィジュアルに使われている色鮮やかな牡丹の花がこの「牡丹綬帯鳥図」。裏彩色を使っていて、若冲ばりの華麗な色合いを魅せる逸品です。「桐に鳳凰図」の鳳凰もまた独特で印象的。

鶴亭 「牡丹綬帯鳥図」
明和6年(1769) 神戸市立博物館蔵

鶴亭 「桐に鳳凰図」
宝暦3年(1753) 個人蔵

こうして観ると、鶴亭は沈南蘋の孫弟子ということもあるし、その遺伝子が濃いというか、あくまでも南蘋風という枠の中で発展させ、さまざまな表現を試しているように思います。その点、若冲はかなり自由に自分なりの演出を加えていて、中国絵画や南蘋派からの脱却を目指していたんだろうなと感じます。

著色花鳥画ではありませんが、銀地の二曲一双の屏風に水墨で竹・菊・蘭・梅を描いた「四君子図押絵貼屏風」、同じく水墨でさまざまな花木を描いた六曲一双の「花木図押絵貼屏風」が出色。巧みな筆捌きと大胆な構図が素晴らしいですし、これは若冲もかなり嫉妬したんじゃないかと思うようなカッコよさ。鶴亭では最大級という金地の墨絵屏風があって、これがまた見応えがありました。

鶴亭 「墨梅菊図屏風」(右隻)
宝暦7年(1757) 個人蔵

鶴亭は自由で奇抜だけど、若冲のような偏執狂的なところはなく、好みの問題ではありますが、この程良い感じがいいですね。これまで若冲に影響を与えた絵師ぐらいの認知度しかありませんでしたが、江戸絵画の大きなムーブメントとなる南蘋派の、言うなればブレイクのきっかけを作った絵師として今後評価は益々高まる気がします。

各作品に付けられたキャプションがどれも丁寧で、ところどころに花や鳥をクローズアップしたパネルがあって、その意味や取り合わせの面白さを分かりやすく解説しています。学芸員の方々の鶴亭に対する思い入れや愛情がそこかしこに溢れていて、観ているこちらも思わずワクワクしてきます。とても素晴らしい展覧会でした。


【我が名は鶴亭】
2016年5月29日(日)まで
神戸市立博物館にて


聚美 Vol.19 (Gakken Mook)聚美 Vol.19 (Gakken Mook) ※鶴亭の特集記事があります。

2016/05/14

国宝 信貴山縁起絵巻

奈良国立博物館で開催中の『国宝 信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天信仰の至宝』展を観てまいりました。

「信貴山縁起絵巻」は平安後期に制作され、奈良・信貴山中興の祖、命蓮上人の奇跡譚を描いた3巻物の絵巻。「源氏物語絵巻」「伴大納言絵巻」「鳥獣人物戯画」と並ぶ日本四大絵巻のひとつで、その中でも最も早く成立したといわれています。

3巻全てが一度に公開されるのは史上初。先日五島美術館で「源氏物語絵巻」のギャラリートークを拝聴した時に学芸員の方もおっしゃってましたが、専門家でも全巻を一気に観る機会はまずないとのことなので、これはほんと凄いことなのです。

ちょうど伺った日はゴールデンウィーク中の平日で、入口には絵巻を最前列で観るのに10分待ちと案内板が出ていたのですが、館内は割と空いていてほとんど待つことなく観られました。列もゆとりがあって、じっくり鑑賞。土日は絵巻を最前列で観るのに結構並んでいる時間帯もあるようなので、行かれる方は要注意ですね。


第1章 「信貴山縁起絵巻」の世界

絵巻は、命蓮が法力で投げた托鉢の鉢が長者の米倉をのせて信貴山まで飛んで行ってしまう「山崎長者巻」、命蓮が延喜の帝(醍醐天皇)の病気平癒の加持祈祷を行うと剣の護法童子が帝のもとに飛来し、たちまち帝の病が快復する「延喜加持巻」、命蓮の姉・尼公が命蓮を尋ねて大和へ旅立ち、命蓮に再会するまでを描く「尼公巻」に分かれています。

「信貴山縁起絵巻 山崎長者巻」(国宝)
平安時代・12世紀 朝護孫子寺蔵

まず驚くのは人物表現がズバ抜けていて、とてもコミカルだし、みんな活き活きと描かれていること。先日拝見した「伴大納言絵巻」も人物表現の豊かさに驚きましたが、「信貴山縁起絵巻」も相当なもの。キャラクターの描き分けや分かりやすい感情表現、デフォルメ的な身体の動きなど現代のマンガに通じるものがあります。「山崎長者巻」は鉢が飛んだり米俵が飛んだり、ほとんどファンタジー。空を飛んでいく米蔵を見て慌てふためく長者や騒然となる村の人々の表情が可笑しい。 『オズの魔法使い』にも竜巻で家が空を飛んでいくシーンがありましたが、1000年も前に既に絵画化されているんですから、ドロシーもビックリです。

もちろんこれはただの摩訶不思議な奇跡譚ではなく、ちゃんとした仏教説話なわけで、たとえば飛鉢法は千手観音の秘法とされ、密教僧が得意としたという話に基づいています。平安時代には観音と毘沙門天を同体とする信仰があったそうで、そういえば鞍馬寺でも毘沙門天と千手観音が一緒に祀られていたことを思い出しました。「延喜加持巻」の護法童子(剣鎧護法)も信貴山に祀られた毘沙門天の眷属という繋がりがあります。

「信貴山縁起絵巻 延喜加持巻」(国宝)
平安時代・12世紀 朝護孫子寺蔵

「尼公巻」では修業のため家を出たまま行方知らずの弟・命蓮を尋ね歩く姉の姿が感動的に描かれているのですが、東大寺の大仏殿で祈る尼公の姿が一つの画面の中にいくつも描かれていて、時間の経過を表すという面白い場面があります。異時同図法という表現方法ですが、「一遍聖絵」でも同じような場面を観たのを覚えています。

「尼公巻」には現存する絵画では一番古いという猫が描かれていたり、犬もまたかわいかったりします。牛や馬なんかも濃墨と淡墨を巧みに使っていてとても上手くて、相当な技量を持った絵師が制作していたことが想像できます。

「信貴山縁起絵巻 尼公巻」(国宝)
平安時代・12世紀 朝護孫子寺蔵

ユニークなストーリーばかりに目が行きがちですが、山容の表現などは実にやまと絵的で初期やまと絵としても大変興味深いものがあります。冷泉為恭の模写絵も展示されていて、線描を中心に丹念に模写してあったのですが、為恭がそこから何か学ぼうとしていた理由が分かる気がします。

絵巻の一番最後には、霧の向こうに山崎から飛んできた米蔵の屋根が覗いてるというオチまでついてて思わず笑ってしまいました。


第2章 縁起の成り立ち

「信貴山縁起絵巻」と同様の内容の説話は他にもあるようで、例として「古本説話集」や「宇治拾遺物語」などが紹介されています。また同時代に制作されたり、後白河院と関わりの深い絵巻が展示されています。後期展示の一番の見ものは元祖怪奇絵巻の「辟邪絵」で、現在は分断され掛軸装になっていますが、現存する5幅全てが公開されています。

「辟邪絵」は陰陽道の鬼神である「天刑星」、八部衆のひとり「栴檀乾闥婆」、蚕の化身で悪鬼を食べるという「神虫」、そしてこれも悪鬼を退治する「鍾馗」と「毘沙門天」 から成り、その成立や由来については謎も多く、六道絵巻の一つと考えられているようです。みんな邪鬼や疫鬼を懲らしめてるわけですが、槍に頭部を突き刺したり、鬼をむしゃむしゃ食べていたり、ほとんどスプラッター。とにかく不気味です。

「辟邪絵 神虫」(国宝)
平安〜鎌倉時代・12世紀 奈良国立博物館蔵

「辟邪絵 栴檀乾闥婆」(国宝)
平安〜鎌倉時代・12世紀 奈良国立博物館蔵

ここではもうひとつ、和歌山・粉河寺の縁起絵巻も面白かったですね。豊臣秀吉の焼き討ちで焼損したそうで、焼けた跡が痛々しいのですが、こなれたしっかりした線で描かれていて、割と色もはっきり残っていて、どこか素朴な感じがあります。

「粉河寺縁起絵巻」(国宝)
平安時代・12世紀 奈良国立博物館蔵


第3章 毘沙門天王の霊山

信貴山は毘沙門天王が日本で初めて出現した霊地とのことで、ここでは毘沙門天にまつわる仏画や仏像を中心に紹介。10世紀頃の古いものから元の珍しいものまで多くの毘沙門天像が展示されているのですが、高さ20cmぐらいの小振りな「毘沙門天立像(将軍自在毘沙門天王)」が細部まで手の込んだ彫りと截金を用いた文様が見られ、なかなかの傑作でした。

毘沙門天を中心に吉祥天と善膩師童子を脇侍に従えた法隆寺蔵の「毘沙門天像」も印象的。朝護孫子寺は毘沙門天を本尊とし、その妃・吉祥天と子・善膩師童子を一緒に祀っているそうですが、なぜここに法隆寺が出てくるかが次の章に繋がります。 


第4章 聖徳太子信仰の興隆

聖徳太子は物部守屋と合戦の際、信貴山の毘沙門天から授けられた矢によって勝利を得たという伝説があって、信貴山では聖徳太子信仰が、法隆寺では毘沙門天信仰があるのだそうです。信貴山の僧・円快の手によるという「聖徳太子童形坐像」が法隆寺に伝わっていて、二つの寺の関係の深さを物語っています。

円快「聖徳太子童形坐像(伝七歳像)」(重要文化財)
平安時代・治暦5年(1069) 法隆寺蔵

ここでは物部氏との合戦の場面が描かれた聖徳太子絵伝が展示されていたり、変わったものでは江戸時代に制作された武者絵巻まがいの「太子軍絵巻」というのもありました。


第6章 武家の尊祟

最後は唐突に戦国時代。信貴山は松永久秀(松永弾正)が織田軍に攻められ自死した城だったんですね。知りませんでした。会場にはその松永久秀にまつわる史料なんかもあるのですが、信貴山が武運の神・毘沙門天を祀ることから武田信玄からの祈祷の礼状や楠木正成が奉納した兜など戦国の世を今に伝える貴重な遺品があって、いろいろと興味深かったです。





奈良博に来たら、4/29にリニューアル・オープンした“なら仏像館”も忘れずに。ただ単に年代順に並べるのではなく、いくつかのテーマでまとめられていて分かりやすいですし、スペースをとって展示されてるのでとても見やすい。照明が割と明るいんですが、ガラスケースの透明度が非常に高くて、全く反射しないし、ガラスがあることを忘れるぐらい。もう感動的です。

もちろん仏像の充実度はハンパありませ。これ、奈良だからできるけど、東京でやったら特別展扱いだし、行列できるレベル。「中国の誕生仏で現存最古」とか凄いことがさりげなく書かれてたいたりして思わず仰け反りました。作品情報が3カ国併記になっていて、解説が英訳されてるのも多く、外国人にも優しいのもいいですね。

『国宝 信貴山縁起絵巻展』だけでも見応え十分ですが、なら仏像館と併せるととても充実した美術体験ができると思います。ほんとこの機会を逃す手はないですよ。みんな奈良博へ急げ!


【国宝 信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天信仰の至宝】
2016年5月22日(日)まで
奈良国立博物館にて


空とぶ鉢―国宝信貴山縁起絵巻より (やまと絵本)空とぶ鉢―国宝信貴山縁起絵巻より (やまと絵本)


中世日本の神話と歴史叙述中世日本の神話と歴史叙述

2016/05/11

ピカソ、天才の秘密

あべのハルカス美術館で開催中の『ピカソ、天才の秘密』を観てまいりました。

ちょうど大阪に出張がありまして、一つ予定が飛んで、たまたま時間ができたものですから、どこかで展覧会観ようかなと思っていたら、名古屋の愛知県美術館で好評だったピカソ展が大阪に来てるというので、ちょっと寄ってみました。

『ピカソ 天才の秘密』というと、フランスの映画監督アンリ・ジョルジュ・クルーゾーが製作したピカソのドキュメンタリーが有名ですが、本展はピカソの青の時代とバラ色の時代を中心に、前半生の作品を紹介しています。

出品数は全91点。内、油彩は24点、残りは水彩や素描、銅版画など。愛知県美術館では79点だったので、少し増えているようですね。前後期で一部展示替えがあります。


第1章 少年時代 1894-1901

まずは少年時代の作品から。ハガキ大の紙に描かれた軍人や騎士の絵や、石膏像の頭部のデッサンなど13~14歳の作品からあって、最初期の自画像や人体デッサンなど観ると、10代半ばにして的確な筆致を身につけていたことが分かります。

パブロ・ピカソ 「自画像」
1896年 バルセロナ・ピカソ美術館

マドリードの美術アカデミーに通うも学校の教育方針に反発して、プラド美術館でベラスケスらの模写をしていたり、あまり個性を感じない花の絵(生活のために売っていたらしい)を描いていたりするわけですが、まだ作風が定まっていないとはいっても、ピカソらしい闘牛の絵や青の時代を予感させる色彩が目に付き始めます。

パブロ・ピカソ 「宿屋の前のスペインの男女」
1900年 DIC川村記念美術館蔵(展示は5/22まで)


第2章 青の時代 1901-194

青の時代は親友カサジェマスの自死がきっかけだったといいます。暗く冷たい青いトーンに包まれた作品は、その色合い故、寂しさや貧しさ、沈んだ心を象徴しているようで、暗い闇ならぬ青い闇に閉ざされた人々の心情を浮き彫りにしています。

パブロ・ピカソ 「スープ」
1902年 アート・ギャラリー・オンタリオ蔵

貧しさの中にも温もりを感じる「スープ」、眼もくぼみ痩せ細った親子を描いた「海辺の人物」が秀逸。作品はどれも沈鬱で哀しみを誘うものがありますが、青の時代になって初めてピカソの個性が現れたわけで、個人的にもこの時代のピカソが一番好きだったりします。

パブロ・ピカソ 「海辺の人物」
1903年 スミス・カレッジ美術館蔵

骨ばった男女が強い印象を残す青の時代を代表する「貧しき食事」をはじめ、青の時代からバラ色の時代にかけて制作されたピカソ初期の傑作版画「サルタンバンクシリーズ」も10点以上展示されています。



第3章 バラ色の時代 1905-1906

パリの安アトリエ“洗濯船”で出会ったフェルナンドとの恋愛がピカソの絵をバラ色に染めます。仏像のようなポーズをとった女性を描いた「扇子を持つ女」は青い時代の作品のように一見見えますが、頬や手は赤みを帯び、かつての物寂しさはありません。

パブロ・ピカソ 「扇子を持つ女」
1905年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

恋人フェルナンドをモデルにしたというバラ色の時代を象徴するような「パンを頭にのせた女」や造形的にも次の時代を感じさせる素朴なタッチの「裸の少年」などが印象的。青の時代とバラ色の時代は色彩や題材が大きく変化しますが、どちらもピカソのナイーブな感情が画面の端々から伝わってきます。

パブロ・ピカソ 「パンを頭にのせた女」
1906年 フィラデルフィア美術館蔵


第4章 キュビスムとその後 1904-1920s

アフリカやオセアニアの彫刻、古代イベリア美術に影響されて制作した「アヴィニョンの娘たち」により幕を開けるキュビスム。キュビスム最初期の作品をはじめ、セザンヌやジュルジュ・ブラックに影響された時期の作品、コラージュ的な技法を取り込んだ作品など、決して展示数は多くありませんが、キュビスム時代の作品が満遍なく網羅されています。


パブロ・ピカソ 「読書するコルセットの女」
1914-17年 トリトン・コレクション財団蔵

最後には新古典主義に回帰した時代の作品があって、中でも印象的だったのが全体をグレーのトーンでまとめた「肘掛け椅子の女」。この時代に多く観られるギリシャ彫刻的な顔つきと量感豊かな安定感のある女性像で、おでこや鼻、胸などに白いハイライトを施し、柔らかな筆致とゆったりと落ち着いた姿がモナリザにも似た優美な雰囲気を醸し出しています。

パブロ・ピカソ 「肘掛け椅子の女」
1923年 富山県立近代美術館蔵

一部ピカソ美術館やワシントン・ナショナル・ギャラリーなど海外の美術館の所蔵作品もありますが、ほとんどが国内美術館の作品で構成されているというのも面白いですね。それでこれだけ濃い内容になるんだから素晴らしいですね。点数は決して多くありませんが、ピカソの活動初期に絞ったなかなかの好企画だと思います。


【ピカソ、天才の秘密】
2016年7月3日(日)まで
あべのハルカス美術館にて


ピカソI: 神童1881-1906ピカソI: 神童1881-1906



ピカソII:キュビストの叛乱 1907-1916ピカソII:キュビストの叛乱 1907-1916